観客席の、わたし

笹 司

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第一章

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「今日もありがとうございました、双木フタツギ先生。」

「せんせぇ、さよーなら。」

「はい、ありがとうございました。
さようなら!和泉イズミ君、また来週ね」



役者を諦めた私は、バイト先にそのまま就職。
家庭教師をしていた。
正直、役者になれないなら、その他のものはもうどうでも良かった。
どうでもいい癖に、意味が見いだせない仕事はしたくないと考える、面倒な人間になった。
結果、掛け持ちしていたバイトの中で一番やりがいのあったものを選んだ。

子供達には夢がある。
私にはないものを持っている彼らは眩しい。
将来その夢が叶わなかったとしても、学生時代に得た知識は何らかの助けになる。
今、私にこの仕事が出来ているように。
だから、その手助けがしたかった。





夢を諦めてしばらくは、芝居など観れなくなった。
特に同世代が出演しているもの。
嫉妬と羨望と、自分も諦めなければ、もっと努力していればという後悔。
そんなものに襲われた。
音楽も聴けなくなった。
巷の失恋ソングはすべて、夢を追っていた日々を連想させた。
夢の喪失感は、失恋と似ているのかもしれない。






何者にも、なれなかった。
それどころか、一番なりたくなかったものになった。
「死んだ目をして歩く人間」になって、数年が経つ。
生徒の家を出てイヤホンをつけ、音楽アプリを開いて曲を再生する。
今日の担当生徒の授業はすべて終わった。
これからまっすぐ帰宅する。
イヤホンからは流行りの失恋ソングが流れていた。
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