観客席の、わたし

双子のたまご

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第一章

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役者になりたかった。
理由は三つ。

一つ。私は一人が怖いから。
誰にも必要とされないことが怖い。
オーディションで選ばれるということは、必要とされるということ。
必要とされる人間になりたかった。

二つ。誰かの記憶に残り続けたいから。
芸術は残り続けるものだと思う。
作品だけでなく、携わった人の名は残り続けている。
私が死んだあとも、私の名前が残る。
なんて魅力的なんだと思った。

三つ。生の実感が欲しかったから。
役者達の何かを伝えよう、表現しようとする姿は、
演じているもののはずなのに、確かにそこに生きている。
「何のために生きているのか」と死んだ目で歩く人間が多いこの社会から切り離された劇場内に、彼らは生きていた。
…生きている。
私もそれを感じたいと思った。

最後の一つが、一番大きな動機だった。



親には反対された。よくある話だ。
自力でどうにかするしかない。
そうはいっても高校生に出来ることなど限られている。
何か経験を積もうにも、そもそも高校には演劇部はなかった。
外部で探そうとするも、田舎には劇団もなかった。
まずは上京しよう。
一般的な学生同様、受験し、大学進学を機に上京。
大学進学に関しては親の反対はなかった。



東京には縁もゆかりもない。
芸能の業界に知人もいない。
それでもあちこちで夢について語れば、芸事を生業にしている人に紹介してもらえる機会を得ることが出来た。
役者になりたいという夢などありふれているということ。
何もなかった私はこのチャンスを逃さなかった。
都会には悪意をもって騙してやろうという人間が多い。
だがありがたいことに、そんな人間は私の周りにはいなかった。
人に恵まれていたと感じる。

芝居・発声・歌唱指導のレッスン、オーディション・ワークショップ、小劇団から有名演出家迄、様々な舞台の鑑賞。
何から始めればいいのかも分からなかったが、バイト代はすべて演劇につぎ込んだ。
なんとしても役者になる。
そう信じて疑わなかった。
それでも大学から芝居を始めるような人間がやっていけるほど、甘くはない。
夢を見れたのは二十歳まで。
二十歳まではまだ、自分の可能性を信じることが出来た。
しかし二十歳を過ぎ、大学生活というモラトリアム期間も折り返しが来たとき、見て見ぬふりをしてきたことが眼前に迫ってきた。

……私には演劇に関する欠片ほどの才能もないのではないか。
少なくともこの四年間で何か先に繋げる程度のものすらも。

そう考えるようになってからはもう駄目だった。
将来が見えない不安、恐怖。
毎晩考えが纏まらぬまま、泣いて、泣いて、
ふと、もう辞めよう、と思った時
驚くほど心が軽くなった。
本当はもっと早く、辞めたかったのではないだろうかとも思った。

心は軽くなったが、それもそう。
心にぽっかり穴が空いたのだから。

楽になった。
でも、何もかも失った気分だった。
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