おしどりの辞世

双子のたまご

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三年半前 萌黄の館にて : 琴

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世界が、暗い。

私が部屋を出なくなり、陽の光を見なくなったから?
そもそも今が梅雨の時期で、陽が雲に隠されてしまっているから?
そんな、物理的なことだけではない。

館から、町から、城から。
人々の笑顔が消えているから。

誰も彼もが殿を恐れ、書簡がいつ来るかと怯えている。
逆らえば命が危うい、というこの状況。

あの殿は、自分の欲のためならば赤子だろうと殺すのだ。









「お琴、逃げよう。」







旦那様が固い声でそう言う。
後ろでお鈴が息を飲んだ。


…にげる。


「我らにもお声がかかるのは時間の問題だ。
その前に先手を打とう。
療養のためと言ってここを離れよう。」

私が病に伏せたという嘘をつく、と提案したときはまだ少しは殿へ嘘をつくことに後ろめたさを感じていた旦那様は、もう嘘をつくことになんの抵抗も無くなったようだった。
それが、無性に悲しくなった。

…あなたは、本当は嘘などつきたくない人だろうに。

「旦那様はどうなさるつもりですか。」

「私は…側近を辞そうと思う。
お前と共に逃げる。」

「え、」

驚いた。
旦那様はまた、一人残ると言うかと思った。

「…一緒に、逃げてくださるのですか」

「…お琴の側を離れたりはせぬ。」

旦那様が疲れたように笑う。

「…この国にいては、お琴を幸せにできぬ。
それに、このような形で館に閉じ込めておくようなことはしたくない。
…新たな地で、二人穏やかに過ごしたい。」

長年仕え続けた、そのお役目を旦那様の代で手放す。

「…よろしいのですか」

地位を失うこと
この土地を離れること
殿に背くこと





「よい。
私は私の一番大事なものを守りたい。」




旦那様は狼狽えることなく、そう言った。

ここで私が「私のために…」等と言うのは烏滸がましいと思った。
旦那様は守る覚悟を決めたのだ。

「…生きましょう。旦那様。」

私も、旦那様と共に生きる覚悟を決める。











そこからは、何もかもがよく分からぬうちに進んだ。
旦那様はこの館を殿に明け渡して側近を辞した。
特に引き留めることもしなかったという。
何代にもわたって仕え続けてきたのに、終わりはこんなものかと
殿はつくづく女以外に興味がないのだと怒りがこみ上げる。
でも旦那様は安堵したような、すっきりしたようなお顔で帰っていらっしゃった。
思い残すことは何もなくなった。





「奥様。
…お玲様より、書簡が」

残り数日で館を出るという日に、お玲から便りがあった。

「…ありがとう」

内容は、病に伏せた私を気遣うものであった。
館を出る前に一目会いたい。
城に来るのが辛ければ館まで来てくれるという。

…お玲。

共にこの地に来た、昔馴染み。
私の友。
彼女にすら嘘をつくことは忍びない。
だが、

「…お玲様に病が移ってはならぬので、と、お断り致しましょう。」











…ごめんなさい。
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