おしどりの辞世

笹 司

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五年前 萌黄の館にて : 琴

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お鈴が何故怒っていたのかがわかった。
私のために。
私を守るために、彼女は怒っていた。

殿からの書簡が、私に

様々な感情に襲われる。

殿のご乱心が自分に向けられたことによる恐怖と嫌悪。
この状況をお玲は知っているのか、お玲はどう思うだろうか。

お鈴が私を守ろうとしたことに対する嬉しさと、自分の身を簡単に捨てようとしたことへの少しの怒り。
旦那様はそんなことをならさないとは思うが、主人への無礼、と切り捨てられてもおかしくなかった。

これからの自身とこの家の未来への不安。
旦那様は私を渡すつもりはないと仰ってくださった。
しかしそれは殿の命に背くと言うこと。
できるのか、そんなことが。
本当に?
そんなことをして無事でいられるのか。

ぐちゃぐちゃと混ざる感情。
…つまるところ、











怖い












「…旦那様。」

旦那様に声をかける。
だが、この先に続ける言葉が見つからない。

「わたし、私は…」

「お琴、落ち着け。」

「旦那様、私…」

声が、震えている。
視線を下げると、手も震えているのが見えた。

一度、恐怖の感情に支配されるともうそれしか考えられなくなっていた。




「お琴。」




旦那様が私の震える手を握る。
顔を上げると、旦那様は微笑んでいた。

…どうして、こんなときに笑えるの。

「大丈夫だ。」

「…なにが、」

「お前を殿のもとにはやらぬと言っているだろう。
今から城に行って殿に断りをいれてくる。
安心してここで待て。」

「…そんなことができるのですか。」

「…」

旦那様も、可能とは思っていない。

「…お琴、お前は逃げろ。」

「…死ぬおつもりですか。」

「そうなったとしても、お前を殿には渡さぬ。
…渡せぬ。」

旦那様の目が怒りで赤く染まっている。

「お鈴、用意を。」

「はい。」

そう言ってお鈴がさっと立ち上がり、部屋を出る。

待って。
二人とも、私一人のために命を投げ捨てようとしている。
二人だけではない。
殿の命に背くことで、この館の使用人たちも…
そんなことは望んでいない。
話を、

「旦那様、」

「お琴。
殿の手の届かぬ場所…
昔、世話になっていた寺にお前を預ける。
殿もさすがに寺にまで踏みいることはなさらぬだろう。」

しかし、旦那様は私の話を聞く気がないようだ。

「旦那様、お待ちください。」

「急げ。
こちらが行かなければ、城が迎えを寄越すだろう。
逃げることが難しくなる。」

そう言って旦那様は握りしめていた殿からの書簡に目を通しはじめた。
その眉間に皺がよる。
…想定していた通りの内容だったようだ。

「旦那様、」

「私も城に向かう支度をする。
お前も部屋へ、」

もう旦那様は私に見向きもしない。
どうすれば、






そのとき、視界の端に
お鈴が落としていった懐刀を見つけた。






「旦那様!!」

その声にやっと旦那様が私を見る。

「…琴!!なにをしておる!!」

先ほどまでお鈴と旦那様が睨みあっていたこの部屋で、今度は私たちが睨みあっていた。
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