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開演
五年前 萌黄の館にて : 琴
しおりを挟む遠くで、お鈴の声が聞こえた。
叫び声のような、怒鳴り声のような。
でもすぐに思い直した。
あの子がわめき散らすほど怒っているところなんて見たことがない。
…と、思っていたのだけれど
「…奥様、」
声の主はお鈴だった。
そしてその矛先は、旦那様だった。
お鈴が泣いている。
懐に手をいれている。
懐刀の、柄が見える。
いけない。
すぐにお鈴のもとに駆けよって、手首を掴む。
お鈴の体が強ばる。
お鈴は傷ついたような顔をしていた。
どうして、そんな顔をしているのか。
なぜこんなことになっているのか、分からない。
それでも…
「お鈴、落ち着きなさい。」
「っ、あ…」
お鈴が、理由もなく旦那様に刀を向けようとするとは思えない。
「…旦那様、これはどういう、」
「なりません!」
旦那様に理由を聞こうとするが、お鈴の言葉がそれを遮る。
「聞いてはなりません、奥様。」
「お鈴、」
「なりません…」
ならぬ、としか言わないお鈴に混乱する。
この状況のなにも分からない。
分からないが、何やらお鈴が旦那様に食って掛かったようではある。
お鈴に非があるのか、旦那様に非があるのかは分からない。
しかし、今、確実にお鈴の首が飛ぶ確率の方が高い。
旦那様は、この館の主人なのだから。
お鈴の手は柄から離れない。
あぁ、どうしたものか。
旦那様の方を振り返ることができない。
なにも言わない旦那様。
とてもお怒りになっているのかもしれない。
背後で、旦那様の息を吸う音が聞こえた。
なにを、おっしゃるつもりなのか。
お鈴が無礼をしたのなら、どうにか許してもらえないだろうか。
主に刃を向けたものを、旦那様は許さないだろうか。
お鈴は、守らなくては。
だってこの子は、一番近くにいて、最も長く仕えてくれている、私の、私の…
「鈴。」
旦那様がお鈴の名前を呼ぶ。
その声は、意外にも柔らかかった。
お鈴の瞳が私を飛び越えて、旦那様を捉える。
私も、ゆっくりと振り返る。
「…鈴、お前の思っているようなことにはならない。」
旦那様は微笑んでいた。
それは、この緊迫した状況の中であまりにも異質であった。
鈴の手が柄から離れ、ずるりと手が滑り落ちた。
「…お琴、」
もう、お鈴は旦那様の言葉を遮ろうとはしない。
「…はい。」
「…お前は素晴らしい侍女を持ったな。」
「…」
「お鈴ほど誠実で、主に尽くす家臣はなかなかいない。」
旦那様がどうしてこんな話を始めたのかは分からないけれど、これはお鈴の言動が不問になるいい機会かもしれない。
「…えぇ。」
お鈴へ向き直る。
「お鈴は幼き頃から一心に私に仕えてくれている、私の…」
「私の、無二の友なのです。」
「っ、お琴様、」
お鈴が泣いている。
お鈴。
大切な友。
「ですから旦那様。
どうかお鈴をお許しください。
何が起きたか存じ上げませぬが…理由もなく主に刃を向けるような者ではありませぬ。」
旦那様のそばに寄り、跪く。
「罰なら私に。
どうか、お鈴をお許しください」
そのまま、両手をついて頭を下げる。
「奥様!!おやめください!」
慌てたお鈴が私にすがり付く。
「旦那様!
罰は私一人に…!
奥様は、奥様には、」
「お鈴、黙っていなさい。」
「嫌です!
奥様、私のためにそのようなことをしてはなりませぬ!」
「黙っていなさい!」
「琴!鈴!」
びくり、と私とお鈴の肩が震える。
声の主である旦那様に目をやると、旦那様は頭を下げていた。
「お琴、お鈴。
すまない。
話を…聞いてくれ。」
部屋が、しん、と静まる。
遠くで鳥が鳴いていた。
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