おしどりの辞世

笹 司

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五年前 萌黄の館にて : 鈴

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手元に届いた書簡に、血の気が引く思いがした。











「旦那様…」

「鈴?どうした。」

「…奥様に、城から書簡が、」

「城…お玲様からか?
何故私の元に…お琴宛ではないのか。」

不思議そうな旦那様の目の前に、書簡を差し出した。
手が、震える。
旦那様が手紙を受け取る。
書簡に目をやり、旦那様が息をのんだ。









「殿から…
藍の城の殿より、奥様に、書簡でございます。」









半年ほど前より、城下町中に噂が流れた。

殿は稀代の色狂い。
女であれば武家の娘も農民も関係なく
独り身も夫のある身も関係なく
何がなんでも手に入れる。
その女一人抱くためならば、何人殺そうとも気に止めぬ。
だが、そうまでして手に入れた女も一、二度抱いたらすぐ捨てる。

平和な町に、緊張感が漂うようになった。
皆、自衛の為に
嫁を、妹を、娘を
不必要に家から出さないようになった。

その為か、一時期そんな噂も鳴りを潜めた。
噂はただの噂であったか。
そう思っていた矢先の、殿からの、書簡。
殿直々に、お琴への書簡。
嫌な予感しかしなかった。
その予感は、旦那様の表情を見て確信に変わった。

「…旦那様。」

「…」

「…」

「…お琴を、呼べ。」





まさか、旦那様はお琴を殿に渡すつもりか。
ぐわっと体が熱くなる。





「…どうなさるおつもりで」

「…鈴?」

「奥様を、殿のもとへ送るおつもりですか。」

「鈴、」

「奥様はモノではないのですよ…!」

涙があふれてくる。
この人はお琴を愛しているのではなかったのか。
子ができずに苦しんで、里に帰ると言ったお琴を愛しているから手放せぬと引き留めたではないか。
それなのに、殿の命なら手放すのか。
お琴の気持ちは、無視するのか。


そんなことは、許さない。

「…里に返してください。
お琴を里に返してください!
お琴は忠義様をお慕いしているのですよ!
殿のもとに行くことなど望んでおりませぬ!
そのような非道なことをなさるつもりなら、お琴を里に返してください!」

「鈴!」

私の声を遮るように忠義様が声を張り上げる。

あぁ、殺されるかもしれない。
しかしここで死んだとしても、私はお琴を守る。
私の主はお琴一人なのだから。

胸元にある懐刀に手を添える。
万が一、お琴の身に危険が迫った際に、お琴を守るために肌身離さず持っている。
これを他でもない、忠義様に向けることになろうとは。

息が荒くなる。
忠義様は静かに私を見ていた。

「…鈴。」

懐刀を、握る。

「…私が死のうと、お琴を連れていかせるわけには参りませぬ。」














長い、一瞬だった。












「…お鈴?
どうしたのですか…?」





…お琴。
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