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開演
六年前 萌黄の館にて : 忠義
しおりを挟む平和と言えば、平和な世である。
お琴はもう、子ができないことで自分を責めることはしない。
里に帰るとも言い出さない。
私がいればいい、と言ってくれる。
私たちはお互いがいればいいと、想いあう夫婦になれたと感じる。
萌黄の館には、穏やかな時間が流れている。
それに反して、藍の城は息苦しい。
政治を執らぬ女好きの殿。
…いや、もうあれは色狂いと言ってもよい。
絶世の美女を欲し、手に入れ、飽きたと言って捨てた。
そこからは先代の側近の娘だの、侍女だの、町娘だの貴賤を問わず女に手をつけては捨てるを繰り返した。
昼夜問わず殿の部屋からは女の喘ぎ声が聞こえる。
お琴一人を愛している私からすれば、まったく理解できなかった。
毎日女を抱くことしかしていない男がこの国の殿だとしても、世の流れは滞りない。
いや、女にしか興味がないから世の安寧が保たれているのかもしれない。
殿の側近は先代先々代から長く城に仕える家ばかり。
政治についてはどのお家もよく分かっている。
殿が使い物にならずとも、側近が動くことができる。
そして殿も側近の進言は己の害にならないものは聞き入れている。
殿に都合の悪いものは跳ね返しているあたり、この殿もただの色狂いというわけではないようだ。
民の為の政策。
跡継ぎ問題。
城に仕える人間の入れ替わり。
罪人への処罰。
国の守りを固めること。
どれも、殿の興味のないこと。
興味がないから、上手くまわっていること。
「お琴、戻ったのか。」
騒がしくなった玄関先に向かうと、お琴が帰ってきたところだった。
今日はお琴がお玲様にお会いする日だった。
正直、お琴に藍の城へ行って欲しくはない。
あのように澱んだ場所に行って欲しくない。
しかしお玲様を我が館にお呼びするわけにもいかない。
「まぁ旦那様。
お出迎えなど…」
「よい。
お琴が早く帰ってこぬかと気が急いておっただけだ。」
「あら…」
照れたように笑うお琴を見ていると、藍の城どころかもうどこにも行って欲しくないと、この館から出て欲しくないと思ってしまう。
「若君もお玲様もお元気であったか。」
「ええ。
若君様を抱かせていただきました。
とても可愛らしく…」
お琴が楽しそうに若君の話をする。
お琴は家のために子を産むという義務以前に、子が好きなのだろう。
産まねばならないという気持ちの前に、産みたいという気持ちも強かったのだろう。
そんなお琴に子が宿らないのはなんとも哀しい。
だが、私がそんな気持ちを見せてはならない。
子がおらずとも、私たちは幸せになれるのだから。
そんなことを考えていると、お琴がふと思い出したかのように
「ああ…
お玲様が忠義様も息災か、と気にかけてくださいました。」
そう言った。
お玲様が私のことを覚えているとは、意外だった。
お玲様。
若君を連れて殿に会いに行った際、殿にもう飽きた、子に興味もないと言い捨てられたと聞く。
しかし、そのままお琴の話を聞くに、そのような扱いを受けてもお玲様は特にお変わりはない様子。
跡継ぎを産んだという自負からか。
お玲様は今や、この国で一番力を持つ女となった。
「跡継ぎもでき、この国は安泰ですね。」
お琴が嬉しそうに笑う。
お玲様がどのような扱いを受けているのかは知らないようだ。
そう、そうだ。
「…そうだな。」
お琴はそんなことは知らなくていい。
澱んだ場所の、汚れた話など知らなくていい。
萌黄の館には、いつも穏やかな時間が流れている。
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