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開演
六年前 藍の城にて : 玲
しおりを挟む「なんて愛らしい…!
お玲様に似ていらっしゃいますね。
凛々しいお顔つきをされていらっしゃる。」
若君を抱く琴が声をあげて破顔した。
若君は静かに琴を見つめている。
「もっと早くお会いしたかったですが…
お呼びするのが遅くなりましたね。」
「とんでもないことでございます!
お玲様も若君様もお元気そうで何よりでございます。
…あぁ、可愛らしい。」
琴は飽きることもなく若君を眺めている。
…思えば昔から子の扱いが上手かった。
里で子が産まれれば抱きに行き、里の子供たちには書物を読み聞かせる。
琴は子が好きだった。
でも、琴には子がいない。
私も琴も、嫁いで四年。
一年前、未だに琴に子ができないことを聞いたときは、近いうちに琴は里に帰ってしまうと思っていたのに。
琴は離縁されることもなく忠義殿のもとにいる。
思い詰めているだろうかと考えていたが、そのようなことはなさそうで安心する。
安心する、と共に、どうして離縁しないのだろうかという思いもある。
もしや、帰ることができぬ理由があるのだろうか。忠義殿に何か強要されていることがあるのだろうか。
聞けば、忠義殿は側室も取らないという。
なにか、おかしな人間なのでは。
「…時に、琴。」
「なんでございましょう?」
琴の腕の中で、若君が眠りにつこうとしている。
「忠義殿はお元気ですか?」
何か困っていることがあるのであれば手を貸したい。
だって私達はたった二人、遠く蘇芳の里から知らぬ土地に嫁ぎにきた。
幼い頃から共に育ち、ここまで同じような境遇の琴のことを唯一の味方だと思っている。
そんな琴が苦しんでいるのなら、何か力になりたい。
…私はここに嫁いで、権力は手に入れたのだから。
琴は、どんな反応を…
「えぇ。息災でございます。
旦那様のことまでお気遣い痛み入ります。」
琴はそう答えて、頬を赤らめた。
思っていた反応と違って、混乱した。
「…忠義殿のもとで、肩身の狭い思いをしてはいませんか。」
そう訊ねてやっと、琴は私の問いかけの意味が分かったようだった。
「…三年過ぎても子ができず、世間では白い目で見られることもございますが…」
琴が眠りについた若君に目をやる。
「忠義様が、私がいればよいと…
そう言ってくださるので、何も辛いことはございませぬ。」
そう、幸せそうに笑った。
裏切られた、と思った。
私達、嫁ぐまで同じ境遇であったのに。
殿は私以外の女も手に入れたいと言う。
忠義殿は琴がいればよいと言っている。
私は子を産んだのに。
琴には子がいないのに。
私は世継ぎを産み、役に立ったのに。
琴は妻としての役目を果たしていないのに。
私は捨てられて、琴は愛されている。
「…殿」
「…なんじゃ、お前か。」
また、違う女が、殿の側に。
「…殿のお顔が見たいと思いまして」
「…珍しいことを言うのぅ。」
自分がとても惨めだ。
琴とはまったく違う、私の伴侶。
これまで感じたことのない黒い感情が、他でもない琴に向けられる。
「今日は久方振りに友に会いまして、とても気分が良くなりましたので、殿にもお会いしたくなったのです。」
「友…
…あぁ、同郷のものか。
誰の嫁だったか、貞光か…?」
「忠義殿でございます。
友は、琴、と申します。」
殿が、琴の存在を覚えていた。
だから…少し、困らせたいと思った。
「琴は子がいないのですが、忠義様は離縁されぬようで…
何故だろうかと思っていたのですが、今日琴と会いまして合点がいきました。
…とても綺麗になっていて。
あれでは忠義様が手放したくない理由も納得できまする。」
侍女だろうが、町娘だろうが、見境のないこの男に、
「…ほぅ」
琴に興味を持たせて
「…あぁ、つい、長話を…
殿、お顔が見れて嬉しゅうございました。
それでは失礼いたしまする。」
琴を、少し困らせてやろうと、思った。
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