おしどりの辞世

笹 司

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七年前 萌黄の館にて : 琴

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当たり前のことだと思っていた。
いつかどこかの家に嫁ぎ、子を産み育てる。
それが世の中の女の存在意義。
私も当たり前に、その役目を果たすものだと思っていた。
当たり前にできることだと、思っていた。

心を通わせずとも夫婦関係は成り立つ。
結婚は家と家との結びつき。
正室だけでなく側室も娶り、家の存続を確実なものとしていく。
そういうもの。

しかし、忠義様は変わったお考えの方だった。

側室は取らず、正室一人を愛すると言う。

愛する。

…愛していようと、子のいない女と婚姻関係を続けていくべきではない。

それなのに、

「…お前がこの館中の書物を破り捨てようと、
今後十年子ができずとも、離縁するつもりはない。」

…どうして

「私は、正室一人を生涯愛すると言ったはずだ。」

「その“正室”は私でなくても良いでしょう。」

「お前以外には考えられぬ。」

「どうしてそんなにも私にこだわっていらっしゃるのかも分かりませぬ。」

「お前を愛しているからだ。」

「子も産めぬのに?」

「子を産んでもらうためにお前を娶ったわけではない。」

このお方が言っていることは、すべて本心なのだと思う。
この三年、いつも私に心を砕いてくださった。
まっすぐな人。

「しかし…お前が、
お前が…もう私の顔も見たくないと申すのならば…」

やさしい、人。
そう、この優しい人の足枷になっているかもしれないことが辛いのだ、私は。

「お前はもう、私と離縁したいか。」

旦那様が問いかける。

そんなわけはない。
私も、あなたを愛している。
でも今、ここで是と言えば忠義様はまた新たに嫁を迎えいれ、今度こそ…










「いいえ。」








いやだ。

忠義様と離縁したい、など

「いいえ…
私も旦那様の側に居りとうございます。」

そんな思ってもいないことは、口が裂けても言えぬ。

「…お琴。」

旦那様が近づく。

「…おいで。」

手を引かれて部屋を出る。
行く先は分かっている。











おしどりの間。

何度も二人、並んでこの襖絵を眺めている。

「…お琴。」

「…はい。」

「子がいなくては、私たちは夫婦でいられぬのか。」

「…」

「私はお前を愛している。
お前も私を、憎からず思ってくれていると…思っている。
それで十分ではないかと思う。」

「…」

「このおしどりのように、私たち二人、寄り添って生きていきたい。」

「…」

「それだけでは、駄目なのだろうか…」

もう、分からない。
分からないけれど、

「旦那様は、本当に良いのですか。
子が欲しくはないのですか。」

「お前を失ってまで、欲しくはない。」

「っ、」

また涙が溢れる。

「この家にいる理由がない女を、置いてくださるのですか。」

「私の愛した女であることが、この館にお前が居る理由だ。」

私には価値がないことを何度伝えようと、この人の返答は変わらない。
繰り返し愛を伝えてくれる。
この人は、何もなくとも私を愛している。

「…旦那様」

「…なんだ。」

「お慕いしております。」

「…そうか。」

握られた手に、ぐっと力が入った。
この人の妻になってよかったと思った。
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