リンゴカン

四季人

文字の大きさ
上 下
5 / 5

リンゴカン ソノゴ

しおりを挟む
 娘が生まれて、人生が変わるなんて事はなく。
 僕は、心に欠陥があるのかと、ずっと不安だった。

 娘を抱く妻の自然な笑顔を見ては、僕にはその顔の作り方が判らないと悩んでいた。
 ただ、経験と想像で顔の筋肉をニコリとした形を作る事しか出来ない。
 それが、父親として不慣れな、戸惑った顔だと周囲に思われていた事に、僅かな罪悪感を覚えていた。

 娘が五ヶ月を迎えた頃、晩酌している父親にその不安を打ち明けると、ニヤリとして、頭の上に手を乗せられた。
「久しぶりに坊主に戻った」
 それはそれは嬉しそうに言われ、僕は悩める自分を少しだけ許せた気がした。

 翌週、母親から荷物が送られてきた。実家にいた頃食べていた、契約果樹園のふじが一箱。
 添えられた手紙には『折角だから、離乳食に使って欲しい』と書かれていた。
 手紙をチラと見た妻は、
「パパに作ってもらおっか」
 娘を抱っこしたまま、ソファに向かう。
 残された僕は困惑した。料理など殆ど出来ない。
 改めて手紙に目を通す。台所の収納を手当たり次第に開け、必要な道具を探して回った。

 林檎にピーラーを当て、慎重に皮を剥いていく。
 つるりとした皮も、汁気を含んだ果肉の表面も、ふとした拍子に滑ってしまいそうで、怖い。
 しゅ、しゃり、しゅり……。
 軽い手応え、音まで震えて、僕の心境を物語っているみたいだ。
 実の色が少し変わってしまった林檎を、小さな包丁でストンと切って、種と芯を除く。
 後はひたすら、おろし金で擦りおろす。
 身が砕けると粒が荒くなってしまうので、力を加減しながら、丁寧に。
 おろした林檎を小鍋に入れて極弱火にかける。
 全体に満遍なく火が通るようにして、ヘラの手応えが柔らかくなったら、器に少しだけ盛り、後は冷ますだけだ。

 匙に一掬いしたおろし林檎を、妻が抱っこする娘の唇に、ちょんと当てた。
 一瞬だけ眉間に皺を寄せた娘が口を開け、その上顎で漉し取るように、林檎を含ませる。
 両頬に埋もれた唇がもごもご動き、たん、と舌鼓を打った瞬間、僕はえもいわれぬ感情に包まれた。

『僕と、同じ物が食べられている』

 その僅かな手応えが、僕を一歩、父親に近づかせてくれた気がした。

 胸が一杯になるのを感じながら、僕はもう一匙、娘に林檎を振る舞った。
                             了
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

おねしょゆうれい

ケンタシノリ
児童書・童話
べんじょの中にいるゆうれいは、ぼうやをこわがらせておねしょをさせるのが大すきです。今日も、夜中にやってきたのは……。 ※この作品で使用する漢字は、小学2年生までに習う漢字を使用しています。

湖の民

影燈
児童書・童話
 沼無国(ぬまぬこ)の統治下にある、儺楼湖(なろこ)の里。  そこに暮らす令は寺子屋に通う12歳の男の子。  優しい先生や友だちに囲まれ、楽しい日々を送っていた。  だがそんなある日。  里に、伝染病が発生、里は封鎖されてしまい、母も病にかかってしまう。  母を助けるため、幻の薬草を探しにいく令だったが――

【総集編】日本昔話 パロディ短編集

Grisly
児童書・童話
⭐︎登録お願いします。  今まで発表した 日本昔ばなしの短編集を、再放送致します。 朝ドラの総集編のような物です笑 読みやすくなっているので、 ⭐︎登録して、何度もお読み下さい。 読んだ方も、読んでない方も、 新しい発見があるはず! 是非お楽しみ下さい😄 ⭐︎登録、コメント待ってます。

ひみつを食べる子ども・チャック

山口かずなり
児童書・童話
チャックくんは、ひみつが だいすきな ぽっちゃりとした子ども きょうも おとなたちのひみつを りようして やりたいほうだい だけど、ちょうしにのってると  おとなに こらしめられるかも… さぁ チャックくんの運命は いかに! ー (不幸でしあわせな子どもたちシリーズでは、他の子どもたちのストーリーが楽しめます。 短編集なので気軽にお読みください) 下記は物語を読み終わってから、お読みください。 ↓ 彼のラストは、読者さまの読み方次第で変化します。 あなたの読んだチャックは、しあわせでしたか? それとも不幸? 本当のあなたに会えるかもしれませんね。

【総集編】童話パロディ短編集

Grisly
児童書・童話
⭐︎登録お願いします。童話パロディ短編集

おっとりドンの童歌

花田 一劫
児童書・童話
いつもおっとりしているドン(道明寺僚) が、通学途中で暴走車に引かれてしまった。 意識を失い気が付くと、この世では見たことのない奇妙な部屋の中。 「どこ。どこ。ここはどこ?」と自問していたら、こっちに雀が近づいて来た。 なんと、その雀は歌をうたい狂ったように踊って(跳ねて)いた。 「チュン。チュン。はあ~。らっせーら。らっせいら。らせらせ、らせーら。」と。 その雀が言うことには、ドンが死んだことを(津軽弁や古いギャグを交えて)伝えに来た者だという。 道明寺が下の世界を覗くと、テレビのドラマで観た昔話の風景のようだった。 その中には、自分と瓜二つのドン助や同級生の瓜二つのハナちゃん、ヤーミ、イート、ヨウカイ、カトッぺがいた。 みんながいる村では、ヌエという妖怪がいた。 ヌエとは、顔は鬼、身体は熊、虎の手や足をもち、何とシッポの先に大蛇の頭がついてあり、人を食べる恐ろしい妖怪のことだった。 ある時、ハナちゃんがヌエに攫われて、ドン助とヤーミがヌエを退治に行くことになるが、天界からドラマを観るように楽しんで鑑賞していた道明寺だったが、道明寺の体は消え、意識はドン助の体と同化していった。 ドン助とヤーミは、ハナちゃんを救出できたのか?恐ろしいヌエは退治できたのか?

はっぱのないき

幻中六花
児童書・童話
ぼくが友達を作らない理由を教えてあげる。 公園でいつも子供達を見守っている大きな木と、ぼくだけの秘密。 この作品は、『カクヨム』『小説家になろう』にも掲載しています。

エプロンパンダのおめがね屋

ヒノモト テルヲ
児童書・童話
目黒山の中ほどにできた「おめがね屋」というメガネ屋さんのお話。エプロン姿のパンダ店主と子供パンダのコパンの二人が、手作りでちょっと変わったメガネを売っています。店主がエプロンのポケットに手を入れてパンダネを作り、それをオーブンに入れて三分立てばお客様のご希望に合わせた、おめがねにかなったメガネの出来上がりです。

処理中です...