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テンペストの誤算
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紫紺のテンペスト?
…あいつは信用できねぇ。
あの作戦だって、奴のミスが無けりゃ、…犠牲者を出さずに済んだんだ。
厄災除けの名を冠した奴が、いっとう厄災に近いなんて、シャレにもならねぇだろ。
生存者Jhonny.B
機械生命体と人間の生存競争が、苛烈を極め出した時代…。
54機存在する、ナイト・タイプと呼ばれる人型機動兵器において、ダークカラーが割り当てられた機体は、過去には暗殺など、表に出せないウェットワークを専任していたサポートAIを搭載しており、中でもビッグデータの情報処理に長けた紫紺のテンペストは異彩を放つ機体であった。
戦略レベルでは人類と大きな差異をもたない機械生命体達だったが、戦術レベルにおいては、人間以上の連携力と団結力、そして何より、大胆な作戦変更をゼロ時差で行えるのが、その大きな特徴である。
そのような異質な敵性存在を相手取って戦争をするには、非人道的な戦闘記録を膨大に蓄積した、テンペストのようなAIが不可欠だったのだ。
故に、テンペストは、ことさら大規模戦闘地域において、敵の戦術を素早く察知し、次の展開を精確に予測するという、重要な任に就くことが多かった。
しかし、ここで人類軍は、未曾有の問題に直面することになるのである。
当時、磁気や宇宙線、重力渦などが複雑に絡み合う乱流宙域は、機体や艦船が目標に向かって直進する
ことも適わず、戦場として成立する事は無かった。
その為、機械生命体、人類ともに、所謂ハザードとして当該エリアを認識していたのである。
ところが、次元接続炉と並列型量子センサーを併せ持つ、機械生
命体の新型機…いわゆる、科学的特異点の登場で、戦場の様相は一変してしまった。
通称〝アルパ〟と呼ばれるその機体は、接続炉とセンサーの働きで、磁気嵐や宇宙線をモノともせずに進軍が可能であり、それは正に、人類にとって半世紀振りの脅威となった。
そこで、人類は早々に虎の子であるテンペストを戦場に投入したのだが、その結果、誰もが予想していなかった悪夢のような事態へと急転したのである。
木星圏、ガニメデN4エリア。
3機のナイト・タイプに加え、9機の無人スレイヴ・タイプが展開されている。
「こちらハーヴェスト。ピルグリム、ターゲットを確認できない。何かがおかしい」
『こちらもロストした。イェーガー、どうだ?』
『こっちもだ。どうなってる? ヤツら量子テレポートまで実現したんじゃないだろうな?』
「よせよ、悪い冗談だ」
臙脂のハーヴェストの空間監視はナイト・タイプの中でもトップクラスの性能である。
数秒前まで観測できた敵機の熱源を見失うような事態など、戦闘経験値が低かった3世紀前ならともかく、現在ではあり得ないことだ。
『ちっ、テンペストめ、読み間違えたか?』
『まさか。そっちの方があり得ないだろ』
ピルグリムとイェーガーが口々に言うのを、ハーヴェストのパイロットは、やや焦った表情で聞き流した。
テンペストの予測では、重装級の部隊が、ガニメデL3の生産拠点、巣穴から多重侵攻してくるとの事だったが、現れるのは斥候か兵士がせいぜいで、この戦場に控えているらしい本命の戦力はほぼ姿を現さなかった。
そんな彼らが異変に気がついた時、真紅に染まったナイト・タイプが戦場に現れた。
キュロードという搭乗者を乗せた汎用機、テスタメントである。
テスタメントの蒼碧の目が辺りを見回す。
「どうなってる? テンペストの戦術予測と誤差がありすぎる。…テスタ!」
『ハイ』
高音で無機質なマシンヴォイスが応える。
「アルパの出現予測は?」
『不確定バイアスが膨大で、正確な予測までは…』
「構わない。直感で頼む」
『では…。シンギュラリティの出現率は不明。ですが、状況から、作戦指揮に深く関わっている可能性があります』
「アレが新次元戦略を覚えたら、今の俺たちの手に負えなくなるぞ」
キュロードは顔をしかめた。
そこまで思考して、彼は自分とテスタの直感に上がったアルパの存在が、テンペストの戦術予測の範疇にない事に、強い違和感を覚えた。
あのテンペストが、アルパの行動を予測していないなどという事があり得るだろうか…?
しかし、その違和感の糸を手繰る前に、戦況が変化する。
『真紅! 来たぞ、本命だ!』
イェーガーの悲鳴じみた声で、戦場に緊張が走った。
テンペストの予測に反して、三方からの一斉攻撃が始まる。
「なんだこの数…! 想定外だ、クソッ!」
彼らは、慌ててデコイと弾幕でスクリーンを張りつつ、戦力的に厚みのない宙域へと移動していった。
本来なら、黄金のヴァジュラを中核とした遊撃部隊が敵の後方へ回り、挟撃を行う予定だったのだ。
ピルグリムは先程まで感じていた不安を払拭するように、大袈裟な立ち回りで敵機や敵艦を引き付けているが、ハーヴェストはキュロードと同様に、アルパの影が見えない事を気にしていた。
彼らの立ち回りを、遙か後方で眺める、白い機体の存在に気付いている者は、まだいなかった。
『現れました』
少年型のホロヴィジョンが、無機質に呟く。
テンペストの搭乗者サイアは、鎮痛な面持ちだった。
「エスト、ヴァジュラの位置は?」
『予定通りに』
慇懃に応えるAIに、サイアは覚悟を決めた。
「この戦いに、〝今後の百年〟が掛かっている…」
『その通りです』
エストは優秀なAIだ。
テンペスト、という不穏で縁起の悪い名前から、〝最上の〟という意味合いでエストと名付けたのは、サイアである。
事実、テンペスト…いや、エストは今まで沢山の仲間を救ってきた。
彼女にとって、エストの提案は支配層の人間たちの、もっともらしい言葉の羅列よりも、ずっと信用できるものだった。
そんな彼女の身の振りを見、他の搭乗者の言葉を借りて〝操り人間〟と称してきた者がいたとしても、彼女は意に介さないでいられたし、自分たちの戦果には満足さえしていた。
しかし、シンギュラリティ・アルパの出現が、彼らの関係を壊してしまった。
今までの予測が通用しない行動を繰り返すアルパは、たった1機で戦況を変えてしまう可能性を孕んでいた。
そして、アルパの出現を期に、テンペストの戦いは、より一層周囲から理解を得られないモノへと変貌していったのである。
〝アルパの有用性を、機械達に悟られてはならない。〟
…それこそが、今日までのテンペストの至上任務になったのだ。
それでもサイアは、漠然とした不安を抱えながら、信頼するサポートAIの提唱した作戦を推し続いてきた。
だが、ついに今回、エストはサイアに一線を越えさせる作戦を打ち立てたのだ。
今作戦には、テンペストから仲間達に明かされない情報が多数存在した。
その一つが、仲間に犠牲者を出す、というものだった。
(必要な、犠牲…)
サイアは、胸に痛みをもたらす、その言葉を、何度も何度も咀嚼し、嚥下するように復唱した。
ガニメデN4の戦場は、見る間に激化していった。
その場にいる誰もが、テンペストの情報が正しく無いと痛感していたが、それでもそこに留まっていたのは、テンペストが大きなミスを犯した前例が無いからだった。
今は厳しい状況だが、最終的には収まるべき結果になる…。
そんな漠然とした、信頼とも呼べないような責任転嫁の念が、テンペストの作戦の内にあり、見事に利用されている事に気付ける者はいなかった。
『キュロード』
「どうした⁉︎」
膠着状態に陥っている最中に呼び止められ、キュロードは声を荒げた。
眼前に迫ったズィーロットをフォトンライフルで撃ち落とし、彼はテスタメントを反転させる。
『我々は囮にされている可能性があります』
「どういうことだ? いったい、誰に?」
『テンペストです』
テスタの一言に、キュロードは一瞬混乱した。
しかし、その言葉の真意を問いただす暇は無い。
「確証は⁉︎」
『ありません』
「テスタ! 冗談ならやめろ‼︎」
『いいえ、キュロード。ですが、私ならそうします』
ギュバババッ‼︎
敵機を仕留め損ない、反撃の銃弾を受けた。
「ッ‼︎」
キュロードは舌打ちすると、機体を捻ってフォトンブレードを起動し、距離を詰めてズィーロットを切り裂いた。
「テスタ、続けろ」
『………』
「…おい、テスタ?」
再度呼びかけるも、テスタからの返事は無い。
『キュロード』
「なんだ、どうした?」
『先程の発言は、その、ただのエラーです。忘れてください』
なに、と口走りそうになって、キュロードは唇を結んだ。
そして、その言葉を吟味するように半眼でホロヴィジョンを睨むと、短く「わかった」と答え、スロットルレバーを握りなおした。
その後の戦闘は機械生命体部隊の絶え間ない波状攻撃を一方的に凌ぐだけの状態が続いた。
アルパが仕掛けた消耗戦は、人間達の部隊を効果的に混乱させ、不落であったナイト・タイプ3機を沈めるまでの戦果を挙げた。
人類に対して意図的に裏をかいた作戦を展開し、それが有用であったと実証されたのだ。
アルパと随伴する機体とで情報収集してる間に、テンペストは次の作戦を展開していた。
すなわち、シンギュラリティの捕獲作戦である。
戦場を舞う真紅の機体が掌の上であるとアルパに誤解させ、その間に火力の高いヴァジュラを後方に回す。
アルパが油断し、波状攻撃が緩んだタイミングを見計らって、テンペストは信号を送った。
サブジェネレータ7基を切り離し、簡易クロークを解除しながら、ヴァジュラはアルパの防衛部隊と随伴機を一斉に撃ち抜いた。
反応の遅れたアルパは反転し、敵わない戦力差である事を知ると、早々にガニメデの裏側へ進路を取り、後退しようとしたが、その先にはテンペストが待ち構えていた。
アルパの動きが鈍る。
すかさず、戦場から真紅の機体が飛来した。
機械生命体達が直面したことのない包囲網であった。
アルパは、ほぼ抵抗と呼べるような行動をとる間も無く、テンペストの捕縛ネットに絡め取られ、テスタメントの針のように細く伸びた最小出力のフォトンブレードで動力部を貫かれて、機能を停止した。
白い機体が行動不能になった事を確認し、キュロードはガニメデを背に浮かび上がるテンペストを見やった。
その姿は、正に不吉の象徴のようであった。
帰還後、テンペスト班は厳正な処分を受けた。
敵側の戦力を見誤った事。
シンギュラリティが作戦に関与する可能性を見落とした事。
そして、ナイト・タイプの機体を3機失った事…。
生還者であるピルグリムの搭乗者、ジョニー・ブロックの証言もあったが、彼の納得するような事態にはならずに終わった。
支配層が多くを占める軍上層部はテンペストのフェイク・オペレーションの実態を事前に把握していた上、想定よりも軽微な損傷でシンギュラリティ・アルパを捕獲できた事に、非常に満足していたからである。
とはいえ、彼らも軍内部の心象操作は行わなければならず、表面上は〝厳正な処分〟を下しておいた、という体裁をとっただけに終わった、というのが実態であった。
サイアもエストも、拘束や謹慎を受けずに済んでしまった事については不服を申し立てたが、彼らが作戦を提案した折に使った『今
後の百年の為』という言葉を引用され、現場に戻された事についても上告のしようもなく、形だけの処分に終わった事と併せて、軍内部にテンペストの悪評が広く根深く伝播してしまう結果となった。
作戦前から覚悟はしていたサイアだったが、
〝犠牲者を出したのに〟
〝作戦ミスだ〟
〝新型を捕獲したから、お咎め無しか〟
〝むしろ、判っていてやったんじゃないか?〟
〝まさか、わざと犠牲を…?〟
彼女の責める声はいつまで経っても止まず、処分後5つ目の戦場で、彼女の乗るテンペストは撃墜された。
彼女とエストに同情するものは無く、その大きな功績と裏腹に、彼らは後世まで〝味方殺し〟の汚名を被り続ける事になったのであ
る。
「テスタ」
『はい』
「知っていたのか?」
『いいえ』
「…途中で気づいていたんじゃないか?」
『………いいえ』
「………」
キュロードは、無言で視線を落とした。
いつもと変わらないホロヴィジョンが、こちらを見ている。
「そうか……」
彼は自分を納得させるように一言呟くと、真紅の機体を飛翔させた。
了
…あいつは信用できねぇ。
あの作戦だって、奴のミスが無けりゃ、…犠牲者を出さずに済んだんだ。
厄災除けの名を冠した奴が、いっとう厄災に近いなんて、シャレにもならねぇだろ。
生存者Jhonny.B
機械生命体と人間の生存競争が、苛烈を極め出した時代…。
54機存在する、ナイト・タイプと呼ばれる人型機動兵器において、ダークカラーが割り当てられた機体は、過去には暗殺など、表に出せないウェットワークを専任していたサポートAIを搭載しており、中でもビッグデータの情報処理に長けた紫紺のテンペストは異彩を放つ機体であった。
戦略レベルでは人類と大きな差異をもたない機械生命体達だったが、戦術レベルにおいては、人間以上の連携力と団結力、そして何より、大胆な作戦変更をゼロ時差で行えるのが、その大きな特徴である。
そのような異質な敵性存在を相手取って戦争をするには、非人道的な戦闘記録を膨大に蓄積した、テンペストのようなAIが不可欠だったのだ。
故に、テンペストは、ことさら大規模戦闘地域において、敵の戦術を素早く察知し、次の展開を精確に予測するという、重要な任に就くことが多かった。
しかし、ここで人類軍は、未曾有の問題に直面することになるのである。
当時、磁気や宇宙線、重力渦などが複雑に絡み合う乱流宙域は、機体や艦船が目標に向かって直進する
ことも適わず、戦場として成立する事は無かった。
その為、機械生命体、人類ともに、所謂ハザードとして当該エリアを認識していたのである。
ところが、次元接続炉と並列型量子センサーを併せ持つ、機械生
命体の新型機…いわゆる、科学的特異点の登場で、戦場の様相は一変してしまった。
通称〝アルパ〟と呼ばれるその機体は、接続炉とセンサーの働きで、磁気嵐や宇宙線をモノともせずに進軍が可能であり、それは正に、人類にとって半世紀振りの脅威となった。
そこで、人類は早々に虎の子であるテンペストを戦場に投入したのだが、その結果、誰もが予想していなかった悪夢のような事態へと急転したのである。
木星圏、ガニメデN4エリア。
3機のナイト・タイプに加え、9機の無人スレイヴ・タイプが展開されている。
「こちらハーヴェスト。ピルグリム、ターゲットを確認できない。何かがおかしい」
『こちらもロストした。イェーガー、どうだ?』
『こっちもだ。どうなってる? ヤツら量子テレポートまで実現したんじゃないだろうな?』
「よせよ、悪い冗談だ」
臙脂のハーヴェストの空間監視はナイト・タイプの中でもトップクラスの性能である。
数秒前まで観測できた敵機の熱源を見失うような事態など、戦闘経験値が低かった3世紀前ならともかく、現在ではあり得ないことだ。
『ちっ、テンペストめ、読み間違えたか?』
『まさか。そっちの方があり得ないだろ』
ピルグリムとイェーガーが口々に言うのを、ハーヴェストのパイロットは、やや焦った表情で聞き流した。
テンペストの予測では、重装級の部隊が、ガニメデL3の生産拠点、巣穴から多重侵攻してくるとの事だったが、現れるのは斥候か兵士がせいぜいで、この戦場に控えているらしい本命の戦力はほぼ姿を現さなかった。
そんな彼らが異変に気がついた時、真紅に染まったナイト・タイプが戦場に現れた。
キュロードという搭乗者を乗せた汎用機、テスタメントである。
テスタメントの蒼碧の目が辺りを見回す。
「どうなってる? テンペストの戦術予測と誤差がありすぎる。…テスタ!」
『ハイ』
高音で無機質なマシンヴォイスが応える。
「アルパの出現予測は?」
『不確定バイアスが膨大で、正確な予測までは…』
「構わない。直感で頼む」
『では…。シンギュラリティの出現率は不明。ですが、状況から、作戦指揮に深く関わっている可能性があります』
「アレが新次元戦略を覚えたら、今の俺たちの手に負えなくなるぞ」
キュロードは顔をしかめた。
そこまで思考して、彼は自分とテスタの直感に上がったアルパの存在が、テンペストの戦術予測の範疇にない事に、強い違和感を覚えた。
あのテンペストが、アルパの行動を予測していないなどという事があり得るだろうか…?
しかし、その違和感の糸を手繰る前に、戦況が変化する。
『真紅! 来たぞ、本命だ!』
イェーガーの悲鳴じみた声で、戦場に緊張が走った。
テンペストの予測に反して、三方からの一斉攻撃が始まる。
「なんだこの数…! 想定外だ、クソッ!」
彼らは、慌ててデコイと弾幕でスクリーンを張りつつ、戦力的に厚みのない宙域へと移動していった。
本来なら、黄金のヴァジュラを中核とした遊撃部隊が敵の後方へ回り、挟撃を行う予定だったのだ。
ピルグリムは先程まで感じていた不安を払拭するように、大袈裟な立ち回りで敵機や敵艦を引き付けているが、ハーヴェストはキュロードと同様に、アルパの影が見えない事を気にしていた。
彼らの立ち回りを、遙か後方で眺める、白い機体の存在に気付いている者は、まだいなかった。
『現れました』
少年型のホロヴィジョンが、無機質に呟く。
テンペストの搭乗者サイアは、鎮痛な面持ちだった。
「エスト、ヴァジュラの位置は?」
『予定通りに』
慇懃に応えるAIに、サイアは覚悟を決めた。
「この戦いに、〝今後の百年〟が掛かっている…」
『その通りです』
エストは優秀なAIだ。
テンペスト、という不穏で縁起の悪い名前から、〝最上の〟という意味合いでエストと名付けたのは、サイアである。
事実、テンペスト…いや、エストは今まで沢山の仲間を救ってきた。
彼女にとって、エストの提案は支配層の人間たちの、もっともらしい言葉の羅列よりも、ずっと信用できるものだった。
そんな彼女の身の振りを見、他の搭乗者の言葉を借りて〝操り人間〟と称してきた者がいたとしても、彼女は意に介さないでいられたし、自分たちの戦果には満足さえしていた。
しかし、シンギュラリティ・アルパの出現が、彼らの関係を壊してしまった。
今までの予測が通用しない行動を繰り返すアルパは、たった1機で戦況を変えてしまう可能性を孕んでいた。
そして、アルパの出現を期に、テンペストの戦いは、より一層周囲から理解を得られないモノへと変貌していったのである。
〝アルパの有用性を、機械達に悟られてはならない。〟
…それこそが、今日までのテンペストの至上任務になったのだ。
それでもサイアは、漠然とした不安を抱えながら、信頼するサポートAIの提唱した作戦を推し続いてきた。
だが、ついに今回、エストはサイアに一線を越えさせる作戦を打ち立てたのだ。
今作戦には、テンペストから仲間達に明かされない情報が多数存在した。
その一つが、仲間に犠牲者を出す、というものだった。
(必要な、犠牲…)
サイアは、胸に痛みをもたらす、その言葉を、何度も何度も咀嚼し、嚥下するように復唱した。
ガニメデN4の戦場は、見る間に激化していった。
その場にいる誰もが、テンペストの情報が正しく無いと痛感していたが、それでもそこに留まっていたのは、テンペストが大きなミスを犯した前例が無いからだった。
今は厳しい状況だが、最終的には収まるべき結果になる…。
そんな漠然とした、信頼とも呼べないような責任転嫁の念が、テンペストの作戦の内にあり、見事に利用されている事に気付ける者はいなかった。
『キュロード』
「どうした⁉︎」
膠着状態に陥っている最中に呼び止められ、キュロードは声を荒げた。
眼前に迫ったズィーロットをフォトンライフルで撃ち落とし、彼はテスタメントを反転させる。
『我々は囮にされている可能性があります』
「どういうことだ? いったい、誰に?」
『テンペストです』
テスタの一言に、キュロードは一瞬混乱した。
しかし、その言葉の真意を問いただす暇は無い。
「確証は⁉︎」
『ありません』
「テスタ! 冗談ならやめろ‼︎」
『いいえ、キュロード。ですが、私ならそうします』
ギュバババッ‼︎
敵機を仕留め損ない、反撃の銃弾を受けた。
「ッ‼︎」
キュロードは舌打ちすると、機体を捻ってフォトンブレードを起動し、距離を詰めてズィーロットを切り裂いた。
「テスタ、続けろ」
『………』
「…おい、テスタ?」
再度呼びかけるも、テスタからの返事は無い。
『キュロード』
「なんだ、どうした?」
『先程の発言は、その、ただのエラーです。忘れてください』
なに、と口走りそうになって、キュロードは唇を結んだ。
そして、その言葉を吟味するように半眼でホロヴィジョンを睨むと、短く「わかった」と答え、スロットルレバーを握りなおした。
その後の戦闘は機械生命体部隊の絶え間ない波状攻撃を一方的に凌ぐだけの状態が続いた。
アルパが仕掛けた消耗戦は、人間達の部隊を効果的に混乱させ、不落であったナイト・タイプ3機を沈めるまでの戦果を挙げた。
人類に対して意図的に裏をかいた作戦を展開し、それが有用であったと実証されたのだ。
アルパと随伴する機体とで情報収集してる間に、テンペストは次の作戦を展開していた。
すなわち、シンギュラリティの捕獲作戦である。
戦場を舞う真紅の機体が掌の上であるとアルパに誤解させ、その間に火力の高いヴァジュラを後方に回す。
アルパが油断し、波状攻撃が緩んだタイミングを見計らって、テンペストは信号を送った。
サブジェネレータ7基を切り離し、簡易クロークを解除しながら、ヴァジュラはアルパの防衛部隊と随伴機を一斉に撃ち抜いた。
反応の遅れたアルパは反転し、敵わない戦力差である事を知ると、早々にガニメデの裏側へ進路を取り、後退しようとしたが、その先にはテンペストが待ち構えていた。
アルパの動きが鈍る。
すかさず、戦場から真紅の機体が飛来した。
機械生命体達が直面したことのない包囲網であった。
アルパは、ほぼ抵抗と呼べるような行動をとる間も無く、テンペストの捕縛ネットに絡め取られ、テスタメントの針のように細く伸びた最小出力のフォトンブレードで動力部を貫かれて、機能を停止した。
白い機体が行動不能になった事を確認し、キュロードはガニメデを背に浮かび上がるテンペストを見やった。
その姿は、正に不吉の象徴のようであった。
帰還後、テンペスト班は厳正な処分を受けた。
敵側の戦力を見誤った事。
シンギュラリティが作戦に関与する可能性を見落とした事。
そして、ナイト・タイプの機体を3機失った事…。
生還者であるピルグリムの搭乗者、ジョニー・ブロックの証言もあったが、彼の納得するような事態にはならずに終わった。
支配層が多くを占める軍上層部はテンペストのフェイク・オペレーションの実態を事前に把握していた上、想定よりも軽微な損傷でシンギュラリティ・アルパを捕獲できた事に、非常に満足していたからである。
とはいえ、彼らも軍内部の心象操作は行わなければならず、表面上は〝厳正な処分〟を下しておいた、という体裁をとっただけに終わった、というのが実態であった。
サイアもエストも、拘束や謹慎を受けずに済んでしまった事については不服を申し立てたが、彼らが作戦を提案した折に使った『今
後の百年の為』という言葉を引用され、現場に戻された事についても上告のしようもなく、形だけの処分に終わった事と併せて、軍内部にテンペストの悪評が広く根深く伝播してしまう結果となった。
作戦前から覚悟はしていたサイアだったが、
〝犠牲者を出したのに〟
〝作戦ミスだ〟
〝新型を捕獲したから、お咎め無しか〟
〝むしろ、判っていてやったんじゃないか?〟
〝まさか、わざと犠牲を…?〟
彼女の責める声はいつまで経っても止まず、処分後5つ目の戦場で、彼女の乗るテンペストは撃墜された。
彼女とエストに同情するものは無く、その大きな功績と裏腹に、彼らは後世まで〝味方殺し〟の汚名を被り続ける事になったのであ
る。
「テスタ」
『はい』
「知っていたのか?」
『いいえ』
「…途中で気づいていたんじゃないか?」
『………いいえ』
「………」
キュロードは、無言で視線を落とした。
いつもと変わらないホロヴィジョンが、こちらを見ている。
「そうか……」
彼は自分を納得させるように一言呟くと、真紅の機体を飛翔させた。
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かつてメタバースと呼ばれた仮想空間がリアルワールドとなった西暦2923年の地球。人類はエルクラウドと呼ばれる電脳空間にすべての社会活動を移していた。肉体が存在する現実世界と精神が存在する電脳空間のふたつの世界に疑問を持っていたアイコは、秘密を知る人物、ヒデオに出会う。
理想郷と呼ばれた電脳空間からの脱出劇が始まる……!
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*小説家になろう
*note(別名義)
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蒼穹のファスナー
junhon
SF
友人・遠見マリカと遊園地アルヴィスランドを訪れた真壁マコト。
アルヴィスランドのオリジナルヒーロー・マクガインショーを楽しんだ後、突如空に巨大なファスナーが出現する。
そこから現れたのは炭素知性体を滅ぼさんとする〈オーバースキン〉。
――西暦2146年3月24日。その日、人類とナノマシン生命体〈オーバースキン〉との戦いが幕を開けた。
前中後編の三話となります。
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