踏切、踏み切れ。

四季人

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踏切、踏み切れ。

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 「あ、なんか飲む? 奢るよ」
 僕は自販機の前でスマホを取り出す。
 デキる男は現金をチャラチャラさせないものだ。
 ……とか、なんとか。…何かに書いてあった。
 だからこんな時のために、親に頼んで、交通系電子マネーに現金チャージして貰っていたのだ。
「いらない」
 それを彼女は、そっけなくスルーする。
「あ、そ………」
 ジュース一本で好感度を上げようなんて、甘い考えだったか。……ジュースだけに。
 そんな僕を、
「………」
 彼女のキレイな目が、真っ直ぐ見つめる。
「……なに?」
「買うんでしょ? ジュース。待ってるの」
「あ、そ………」
 えー……、自分の分だけ買ったってしょうがないだろ……。
 そう思いながら、でも、いまさら買おうとした姿勢ごと引っ込める事は出来ず。
 ……ピッ………ゴトン。
 僕は仕方なく、自分の分だけジュースを買った。

 缶ジュースをちびちび飲みながら、彼女と歩く。
 彼女といっても、そういう意味の“彼女”じゃない。
 ……いや、そういう“彼女”に、将来的にはなって欲しいんだけど……まぁ、それは、いいや。
 滅多に喋らない彼女が気になったのは、一ヶ月前。
 怪我で部活を辞めちゃって、少しヤケになってた僕は、学校からの帰り道で彼女を見つけた。
 ショートカットの髪は乱れなく、制服の着こなしは生徒手帳の手本の通り。
 切れ長の目は、まるで獲物を狙う鷹のよう。
 その隙のなさにズキンときて、僕は何度か話しかけ、ついに一緒に下校出来るまでになれたのだ。


 ……そして、今日。
 下校時間の、いつもの通学路。
 二人の帰り道が二手に分かれる踏切までの、徒歩17分。
 ……そいつをとにかく長引かせたくて、僕はこれまで、あの手この手で時間を稼ごうと努力した。
 プランAの“ゆっくり歩く”は、すぐ失敗。
 なにしろ、彼女はシンプルに歩くペースを変えないのだ。
 プランBは“寄り道”だったが、そもそも踏切までの道には飲食店もコンビニもない事を忘れていた。
 プランCは、踏切を越えた先で一言、“あ! 道間違えちゃった! テヘ⭐︎”だったけど、凄く冷たい目で見られたので、もうしたく無い。
 プランD~Eは、もう何だったか覚えてないが、どれもこれも、そもそもはじめから期待できないほど、成功率の低そうなものだった。
 プランFは、さっき失敗したてホヤホヤ。
 …と言う具合で、鉄壁の彼女は、まったくブレずに、僕との距離を保ったまま、毎日淡々と帰って行く。

 踏切が見えてきた。
 僕の家は、この踏切を渡らずに左。
 彼女の家は、この踏切を渡って右だ。
 つまり、僕にとっては、忌まわしい黄と黒のゴールテープ。
 アイツの前で、僕は何度も何度も彼女との距離を縮められなかった事実に挫折感を味わってきたのだった。
 悪あがきは、まだ続く。
「あ! …あー、忘れもんしたわ。ちょっと学校戻るから付いてきてくんない?」
「お一人でどうぞ」
「え⁉︎ あ、いや! …ちょっと待てよ? ……あぁ、うん、大丈夫? だったかも」
「そう……」
 くっ……強い。
「そういや、踏切のそっち側に、新しくカフェ出来たんだよね。コーヒーが美味しいらしくてさぁ。…一緒にどう?」
「私、コーヒー苦手」
「……あぁ、そう」
 むうう………。

 カンカンカンカンカン………。

 タイミングよく、バーが降りる。
 僕らは足を止めて、踏切の前で電車が通るのを待った。

「あの」
 珍しく、彼女から口を開く。
「………ん?」
「どうして、毎日話しかけてくるの?」
「え⁉︎ えぇ……と」
 僕は動揺しながら、目を泳がせる。

 カンカンカンカンカン………。

「……気になる、から?」
「どういう意味?」
「え、えぇ……?」
 どう、って言われても。
「……な、仲良く、なりたいんだよ」
 恥ずかしさを抑えて、僕は線路の向こうを見ながら言った。
 電車が近づく。
「どうして?」
 ジ……と見つめてくるのが判る。
 とはいえ、真っ赤になった顔で、そっちの方は見られない。
 目の前を、ゴォォオ、と大きな音をたてて、電車が通過していく。
「ど、どうしてでしょうねぇ……?」
 僕、何故か敬語。

 カンカンカ………。

 踏切のバーが上がる。
 すると、彼女は僕を置いて、スタスタと歩き出した。
 僕はその場で立ちすくみ、いつものように彼女をただただ見送っている。
 彼女は渡って右、僕は渡らずに左。
 ここから先は、別々の帰り道だ。
 躊躇う事なく、振り返りもせずに去っていく彼女を見て、僕は口をぱくぱくさせる。
 喉の奥で、彼女にかけたい言葉が、いくつも溢れてくるのに、どれも形にならない。
 そして、遠ざかっていく彼女の背中に、
「じゃあ、また明日……!」
 とだけ、投げかけた。
 彼女の足が、ピタリと止まる。
 そしてキレイに振り返り、僕の方を見ると、
「あの……行かないの? カフェ」
 怪訝な顔で、そう言った。

 ………………へ?

「カフェ……?」
 僕は思わず聞き返す。
「一緒に行こうって、さっき言ってなかった?」
「いやでも、コーヒー苦手って」
「スイーツは好き。何があるか、気になる」
「………………」
 ……あ。
 あー………。
 ……ヤバいヤバい。
 ニヤける………。
「うん、わかった。行こう!」
 僕は急いで踏切を渡って、彼女を追った。
「……凄い笑顔。そんなにコーヒーが楽しみなの?」
 彼女は不思議そうにこちらを見上げて訊く。
「ん……まぁ、ね」
 僕は、フワフワした気持ちで、そう答えた。

                            了
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