三原色と3日間の殺人

えびえび

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3日間の共同生活

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▼2月18日 P.M.23:30〔1F会議室〕
10人の男女に面識は無い。
それぞれある招待状を手にし、3階建ての山奥の施設に入った。何かの施設で建てられたような、少し古くも立派な建物だ。
先頭を歩くのはこの集いの関係者だろう、スーツを着て黒いマスクで顔の半分を隠している男性2名。
エントランスから入り、少し広めなロビーを通り過ぎる。右に進むと両開きのブラウン色の扉があり、中には広いテーブルと椅子が複数用意されていた。
それぞれ10人が着席すると、ひとつの壁にプロジェクターで映像が映し出された。

『皆様ようこそおいで下さいました。
 ここの管理人、阪東と申します。』

画面に映り話すのは、雰囲気が少し若めの男性だった。彼はマスクをして、サングラスを付けている為中身の判別までは出来ない。

『24時から行われるのは、3日間の共同生活。事前にお伝えさせて頂いた通り目的は、見知らぬ10人の共同生活から見えてくる人間性』

そう、この集いは3日間の共同生活。
ここにいる自分含めた10人は3日間、生活を共にする仲間なのだ。大学生以上で、年齢職業はバラバラだが、皆20代だろう。

『報酬金はひとり50万円から、3日間終了後、この施設から出る際にお渡しさせて頂きます』

3日、衣食住付きの共同生活で50万円。
こんな美味しい話は無い、自分だけでなく全員がそう思って応募したのだろう。
しかも、事前の説明や今の説明にもあったが50万円から……そこから増える可能性があるのだ。生憎そこの説明は無かった。3日間の共同生活だ、きっとイベントか何かが起きるのだろう。

『また全員、携帯等荷物は全て係員に預けるようにお願い致します。責任を持って我々の元で預からせて頂きます。』

そう言うと、複数の職員が荷物を渡すように言って来た。スマホや財布、その他持って来たものは全て渡し、軽い荷物検査も済ませた。

『それでは、全員の会員証を配ります』

首からかける会員証。
名前と年齢、顔写真と部屋番号が書いている。
この顔写真は応募の際に送付したやつだ。

『このあと24時から3日間スタートとなります、皆様の生活より良いデータが取れる事を期待しております』

そこで映像は終わった。

「では、これにて失礼致します」とスーツの方々が浅く頭を下げると、ぞろぞろと会議室から去っていく。

「ああ待って待って」
手を挙げたのは茶髪ボブショートの女性だった。ひとりの職員は止まり振り返った。

「何でしょうか」
「これと言った詳しい説明ないんだけど、ガチで3日間共同生活するだけでお金貰えるのね?」
「左様で御座います」
「っそ」

質問をした女性は安心した様に大袈裟に座り直した。職員は礼をすると、そのまま去って行った。

ボーン、ボーンと館内に奇妙な音が鳴る。
時計を見ると24時を時計の針が指していた。



【登場人物】
~MAN~
【尾村 和哉201】おむら かずや(24)
主人公。正義感が強くリーダー性がある。
【十河 洋平202】とがわ ようへい(26)
高身長で冷静沈着な男
【松宮 武尊203】まつみや たける(25)
金髪でダウン、お気楽な男
【大和 竜太郎204】やまと りゅうたろう(25)
受動経験者で太っている、食べるのが趣味
【山田 春斗205】やまだ はると(21)
少し暗めな黒縁メガネの男子大学生

~WOMAN~
【上郷 玲奈206】かみさと れいな(20)
セミロングで心優しい見た目の女子大生
【結城 瀬那207】ゆうき せな(25)
冷静だが毒のあるOL
【瀬戸内 雪歩208】せとうち ゆきほ(27)
ロングヘアにメガネの落ち着いた女性
【向井 あずさ209】むかい あずさ(23)
茶髪ボブショートの元気でオシャレなOL
【榎沢 由真210】えのさわ ゆま(25)
ふわふわとした性格の女性、美人


---START---

自己紹介は済んだ。
名前と年齢、職業に趣味を添え、それぞれ自己紹介が終わると拍手が響いた。

「さて、どうするか」腕を組みながらにこにことする金髪の男性・松宮。自分・尾村よりも一個年上で自動車整備士として働いているらしい。

「私、眠いかも」そう呟くのは垂れ目で白いモコモコとした暖かそうな服を着ている・榎沢さんだった。

共同生活が始まったとは言え、24時スタートだ。来る時の車の中では寝ていたが、どうせならベッドで夜を過ごしたい。

「関内図。私たちの寝室は2階ね」前髪を分けた少し性格のキツそうな女性・結城さんは壁に貼ってある関内図を眺めた。

「結城さん、良かったら一緒に行きませんか」
「ごめん、私小腹空いたから」
「そうですか、分かりました」

榎沢さんはしょぼんとした表情を見せると、咄嗟に「あ、私行きます」と女子大生・上郷さんが手を挙げた。

「ありがとう」
「はい。皆さん、お先に失礼します」

ふたりはそう、会議室を去った。

「俺も小腹空いたな、食堂あるのか?」結城さんに話しかけたのは大柄な男性・大和さん。自分よりも一個上の男性で柔道経験者との事。

「ふっ、いかにも食べるの好きそ」
「好きだぜ食うの、何が好き?」
「今食べたいのは軽くパン、かな」
「あると良いな、行こう」

結城と大和は去って行く。
その様子を見て「ふ~ん」と金髪の松宮が声を漏らしていた。

「カップル成立?」
「意外とお似合いかもな」松宮にふっと笑ったのは高身長のイケメン・十河だった。

「俺も寝ようかなと思ってて、良かったら誰か行きませんか」と提案すると残ってる5人全員賛成してくれた。

関内図は長方形型だが、左上が若干欠けている微妙なL字型。ホールもあれば食堂、図書館もあり、10人で過ごすには問題ない大きさだ。

個室は2階にあり、5つの部屋が向かい合わせに2列に並んでいた。ドアノブに鍵穴は付いていても中から鍵を閉めることは出来ない。

部屋の中にはベッドにテーブル、タンス。
ミニルームの様な場所には洗面台とトイレ、お風呂がある。ホテルの様な部屋の作りで快適には過ごせそうだった。

「また朝に」とそれぞれ挨拶し部屋に入る。
服を脱いで用意してある3色のパジャマから黒色を選んで着た。ほんのりと柔軟剤の匂いがする、洗濯は済んでいるようだ。

セミダブルサイズのベッドにダイブする。
柔らかさはビジネスホテルのベッドぐらい、普通だった。枕元の小さなテーブルにはランプと目覚まし時計が置いてあり、アラームを7時にセットした。

「はぁぁ~」とわざと声に出してあくびをする。
横を向くと、壁に埋もれていて気づかなかったが、何やら金庫の様なものがあった。

気になり、ベッドから身を乗り出して見てみた。
パスワードは4桁の数字、すると金庫には自分の誕生日が暗証番号だと小さく書いてあった。

0819

自分の誕生日を入力するとカチっと音が鳴り、小さな金庫の扉は開いた。中にはナイフとカードが入っていた。
ナイフの持ち手には青いゴム製のグリップが巻かれている。
カードを開くと説明文が書いてあった。

『青のナイフ』
殺害に用いる道具。
誰かひとりのみを刺し殺す事ができる。
刺し殺した相手の報酬金額を自分の物にできるのに加え、自分が元々持っている金額が4倍になる。
ただし2回目以降の使用、ナイフ以外での殺害はルール違反として処罰の対象とする。

「……え、何これ」

このナイフで人を刺し殺したら、
出る時に貰える50万円が4倍になり、更に相手の持っているお金を自分のものにできる。
200万円+50万円が報酬。
最初の5倍になるのだ。

……もし、殺人が起きて殺人犯が殺されたら?
200万円+250万円になるから、最初の金額の9倍が報酬になると言う事だろうか。

いや、何を考えているんだ。
そんな殺人だなんて、ミステリー小説じゃあるまいし何せ、そんなリスクを負う必要性など無い。
黙って3日間過ごして50万円を貰って帰れば良いのだ、250万円なんて命を張る金額じゃないのは全員分かるだろう。

金庫にナイフとカードをしまい、扉を閉じた。
ベッドに横になり、布団を被った。


▼2月19日 A.M.7:00〔201号室〕

ピピピピっ、ピピピピっ
アラームと共に起きる。

部屋に窓が無いから今が朝なのか夜なのか区別がつかない。廊下は内廊下で、ホールの方へ行かないと陽の光を浴びる事が出来ない。

顔を洗い、廊下へ出ると同時に隣の部屋からも人が出て来た。
高身長のイケメン……名前は十河さんだったと思う。

「おはよう、普段は7時起き?」
「あ、はい」

十河さんは26歳、自分よりも2個上だ。
男性陣は25歳が2人、21歳の大学生の子・山田くんが居て、24歳の自分がいる。
自分は下から2番目と言うことになり、自然と敬語になってしまう。

「お腹空いたし食堂へ行こうと思っていたんだけど、良かったらどうかな」
「あ、行きます」

食堂には何人かがいた。
男性は山田くん、女性陣は上郷さんと茶髪ボブショートの向井さん、ロングヘアの最年長27歳の瀬戸内さん。

「皆さん、おはようございます」

挨拶をすると全員、声やら会釈やらで返してくれた。厨房の方にはパンやレトルトのもの、冷凍食品やら色々置いてあった。
パンとヨーグルト、飲み物は紙パックの牛乳を取って来てテーブルに着いた。

「健康的だね」と目の前に座った十河さんは笑う。十河さんの手元にはコーヒーのみが置いてある。

大人の男性って感じ。

「十河さん、朝は食べないんですか?」
「あまり食欲が湧かないタイプでね」
「そうなんですね、あ、頂きます」

手を合わせて、パンを袋から出した。
電子レンジでチンすれば良かったかなと少し後悔しながら、寒さで冷えたパンを頬張った。

「尾村くんだっけ?」
「はい」
「普段は何してるんだっけ?」
「営業職です」
「何の?」
「不動産関係です」
「大変そうだね、稼げそうだけど」
「時期によりますね、自分の力じゃ」

十河さんは確かIT企業の総務だったかで働いているって言ってた。

「あ、ねえねえ」

寒いのか厚手のコートを羽織ってる茶髪ボブショートの向井さんは、自分と十河さんのテーブルに手を付いて話し掛けてくる。

「見た?」

何を?それが自分の頭の中に浮かんだ。

「何をですか?」言葉にしたのは十河さん。
ありがとうと感謝の気持ちを心で伝える。

「金庫」
「……あ」
「あ、その反応は見たね?」
「見ました」

自分の反応はバレバレだった。十河さんはそのタイミングでコーヒーを飲んだ。

「で?」一息付くと同時に口を開く十河さん。
その反応は十河さんも金庫の中身はチェック済みだろう。

「いや皆んなに聞いてるんだけどね、一応ここに居る人たちは全員見てるって。もし知らなかったら教えてあげようかな~って」
「朝からは聞きたくない話だったな」
「でも、何かあってからじゃ遅くない?」

「向井さんは、誰かを殺したいって思ってるんですか?」と、ふたりの会話の間に入る。

「いやいや、まさか」
「じゃあ、それで良いんじゃないですか」
「いや、まあね?3日終われば良いなって思ってるよ」
「ナイフを使う人が居ると思ってるんですか?」
「いや違うよ、居たら怖いな~って」

ヘラヘラしている向井さん。
彼女が何を考えているのか理解が出来ない。

「何、面白そうな会話してんじゃん」

入って来たのは、眉を少し上げニヤッと笑った結城さんだった。

「あー金庫の中身の話」
「金庫の中身?」
「あれ、知らない?」
「うん」きょとんとした表情の結城さん。
確かに、向井さんの言葉通り最初から全員が存在を知っていた方が良いのではないか?と思い始めて来た。

そしてその存在に関して、全員で話し合いをするべきでは無いかと思った。
何か起きてからでは遅い……向井さんの言葉だが、見知らぬ10人、3日間でお金を貰って解散する訳だが、正直何が起きてもおかしくはない状況。
絶対に殺人が起きない なんて保証はない。

「一旦、その件で話し合いませんか」

十河さんの真剣な視線が、向井さんと結城さんのヘラヘラとした視線が、山田くん、上郷さん、瀬戸内さんの静かな視線が、一気に自分へ向いた。

ここに居ないのは、松宮さん、大和さん、榎沢さんの3人。彼らも呼んでくるべきだ。

「腹減った~」
「お、みんな居た!起こしてよ~」

そう思っていた直後、やって来たのは男性陣ふたりだった。
「太っちょ、昨日夜いっぱい食べたでしょ」と結城さんは大和さんを揶揄う。

「榎沢さん、呼んでこようか?」と最年長の瀬戸内さんが静かな声で聞いてくる。

「そうですね、お願いして良いですか」
「分かりました」

瀬戸内さんはそう言い、食堂を後にした。
結城さんたち3人が来たことによって、食堂の雰囲気は明るくなりそれぞれの雑談も増えた。


▼2月19日 A.M.8:20〔食堂〕

榎沢さんの様子を見に行った瀬戸内さんが帰って来た。だけどひとりで、榎沢さんの姿は無かった。

「あれ、榎沢さんは?」と声を掛ける。
「どうせ寝てんでしょ」と結城さんは馬鹿にする。

瀬戸内さんは首を横に振り「シャワー浴びてた」と返した。

「ま、昨日の様子から寝てるかシャワーかとは思ってたけどさ」と結城さんは鼻で笑った。

「終わったら食堂来てねとは伝えておいた」
「了解です、ありがとうございます」

瀬戸内さんは席に着く。
自分は立ち上がり、話を始めた。

「皆さん、部屋の中の金庫は見ましたか」
「うちは見てないけど」と結城さん。
「金庫?あったか?」と松宮さん。

大和さんは黙っていた。
恐らくこの空間で見ていないのはふたり。

「え、みんな同じの入ってた系?」と松宮さんは金髪の頭を右手で掻き、笑いながら質問する。

「青のナイフ、ってやつ」向井さんの言葉に、大和さんや十河さん、瀬戸内さんが頷く。

「一回だけ殺人を行える道具らしく、それを使えば自分の報酬金が4倍、そして相手の持ち金も奪う事ができるってやつです、皆さん間違いはありませんか」

誰も否定はせず、静かに頷いている。

「怖いって~」と松宮さんは笑う。
結城さんはさっきまでの余裕の笑みは消えていた。

「決まり事をしましょう、絶対にそのナイフは使わない。お金に目を眩ませず、3日間仲良いまま、ここを出ましょう」

十河さんは挙手をする。

「あと、2人以上で行動するべきだ」
「賛成!」と向井さん。

「夜はどうするんですか、あとシャワーの時」そう質問して来たのは女子大生の上郷さんだった。
「あのベッドのサイズじゃ2人で寝るのは、ちょっと抵抗あるかも」とメガネの男子大学生・山田くんがぼそっと呟く。

「シャワータイムを作りましょう、今から浴びるので部屋で待ってて下さいって。寝る時は……極力ひとりは避けて欲しいです」

「ねえ、なんで殺人が起きる前提なの?」と眉を顰めた結城さん。
「いえそう言う訳じゃないんです、最悪の……万が一の状況の為に」

すっと向井さんに視線を合わせる。
すると彼女は立ち上がり説明を続けてくれた。

「万が一、何かあってからでは遅いでしょう?そうなる前に、みんなが安心安全に暮らせるようにルールを設けましょうって話をしているのよ、誰かを疑うとかそう言うのは無い。ただでさえここにはルールがないのだから、決まり事は作っていて損は無いでしょう?」

その言葉に結城さんは「まあ」と口を閉じた。

「グループはどうするんです?」と山田くん。
「男女は分けておくべきだと思います」と瀬戸内さん。

【男性】尾村・十河・松宮・大和・山田
【女性】上郷・結城・瀬戸内・向井・榎沢

この10人をどう分けるか。

「私は瀬戸内さんと榎沢さんと組むわ、これで女性陣は3人と2人ね」結城さんは腕を組みながら強引にグループを分けた。特別異論がある訳でもないし、寧ろその行動力に感謝するべきなのだろう。

「有難う御座います、結城さん、助かります」
「アイス」と、結城さんは立ち上がり厨房の冷蔵庫に向かった。
「あ、私も」と瀬戸内さんもついていく。

「尾村、組むか」と十河さん。
「俺も良いか?」と大和さん。

松宮さんと山田くんは互いを向き合い、頷いた。
これで男性陣もグループが出来た。

「ただ、榎沢さんが来ていないのがどうも勝手に話し合いで決めてしまった感があるな」
「榎沢には私から説明しておく」とアイスを片手に厨房から出て来た結城さんが言う。

「私もシャワー浴びたいかも」と向井さん。上郷さんも頷き、ふたりは席を立った。

「んじゃ、また何かあったら会議室でもここでも」
「了解です、朝から有難う御座います、そして助かりました」
「いいのいいの、それに元は私の提案だしね」
「有難う御座います」
「んじゃ」

向井さんと上郷さんはそのまま去って行った。
松宮さんは「探検がしたい」と山田くんを連れて行った。

「ま、流石にシャワー終わってるっしょ」と結城さん。
「行きましょうか」と瀬戸内さんも立ち上がり、行ってしまった。

「ちょっと肉うどん茹でて来る」
「……へ?!」
「ん、まだ何も食ってねえよ」
「ああ、もう食べてたと思ってました……」

自分と大和さんのやりとりを見て、十河さんは小さく笑った。


▼2月19日 A.M.8:43〔210号室〕

ノックをしたが反応は無かった。
結城と瀬戸内は部屋の中へ入る。

奥からはシャワーの音が聞こえてくる。

「まだシャワー浴びてんの?」
「榎沢さん?」
「ねえ、みんな食堂にいるって話はしたんだよね?」
「ええ」
「返事はあったの?」
「返事……?」

結城はズカズカと歩いて行き、洗面所の扉を開けた。
トイレと洗面台は綺麗なままで、使われた形跡はない。

「榎沢さん、入るよ?」

浴室の扉を開けた。

「……!?」
「ひっ!!」

瀬戸内は小さな悲鳴を漏らした。
結城はその場で黙っていた。

浴室の中に居たのは、服のまま浴槽の中に横たわる榎沢の姿だった。
シャワーヘッドは浴槽に向けられていて、血を排水溝に流していた。
浴増の壁、一面だけには首から噴き出したであろう血が付着していた。

「ねえ、みんな呼ぼう」
「……」瀬戸内は腰を抜かしていた。

「ちっ」結城は舌打ちをしてその場から立ち去って行った。
上郷と向井がお風呂に入りたいと言っていたのを思い出して、206号室・上郷の部屋に行った。だが誰の気配もない、続いて209号室・向井の部屋に行くとドライヤーの音が聞こえてくる。

がちゃっとドアを開けると、向井が驚いた様子で咄嗟に後ろを振り替えった。
シャワーの音は聞こえる、恐らく上郷が入っているのだろう。

「結城さん?!」
「……榎沢が死んでる」
「へ?」と向井さんはドライヤーを止めた。

「榎沢が殺されてるって言ってんの」
「ちょっと待って、え、なに」
「瀬戸内の奴、完全に腰を抜かして動かない、皆を集めるの手伝って」


▼2月19日 A.M.8:58〔210号室〕

全員が集まった。
食堂で雑談していると結城さんが来て、話を聞くと全員で急いで榎沢さんの部屋へ向かった。

9人が、今同じ部屋にいる。

「……凶器のナイフは?」十河さんが質問するも、結城さんは首を横に振る。
「残されていなかった」

「誰だよ、誰が?」松宮は全員の顔を見る。

「そうだ、全員ナイフを見せよう、そしたら何か分かるかも!」
「バカなの?風呂場なんだから血は完全に洗い流されているに決まってるでしょう?」
「んじゃ、どうしたら、どうしたら良いんだよ!?こん中に殺人者か居るんだぞ!?」
「集めておいて言うのはアレだけど、犯人捜しはしない。ただ彼女が殺されたという事実を全員知っておかなければならない、それだけ」
「なんで、なんで犯人探さないんだよ?」

「いたちごっこ」と自分は口を挟んだ。

「犯人はこれ以上殺人を犯す事は出来ない、それがナイフのルールだ。そして犯人は8人より5倍の報酬金額を持っている事になる、抵抗出来ない殺人犯が発覚したら今度はそいつを狙う次期殺人犯が現れる、疑心暗鬼の中、金に目が眩んで次々に殺人が起きる」

「私も、凶器や犯人についてはこれ以上触れるべきじゃないと思います」と上郷さん。
全員の視線が上郷さんに向く。

「犯行時間って恐らく、ここに来て解散して、朝食堂で集合するまでの時間に起きたと思うんです、それは尾村さんが提案したグループ決めの前。だからグループが決まったこれから、これ以上殺人は起きないと思うんです」

「……え、ちょっと待って?」と向井さんは鼻で笑う。

「これから終わるまで、殺人者がいる中で生活しろっていうんですか?」
「んな事言ったって仕方無いじゃないですか」と山田くん。

「じゃあ、向井さんはどうしたらいいと思うんですか?犯人探します?仮に見つけてどうするんですか?」
「気持ち悪い……気持ち悪い、気持ち悪い」

向井さんは山田くんを睨み、立ち上がった。

「なんでそんな平気な思考で出来るわけ?分かった、今犯人捜しをしないって提案した中に、榎沢さんを殺害した犯人がいるんだ、気持ち悪い、気持ち悪い……無理、無理無理」
「んじゃ、ペアを変えましょうか?」結城さんは睨みながら立ち上がった。

「私と上郷さんが犯人捜さない派のペア、瀬戸内さんと貴女は組んで勝手にしてればいいんじゃない?」
「おい、この雰囲気やめろ、まだ始まったばっかりだぞ」と十河さん。

確かに十河さんが言った通り、この空気は最悪だ。
完全に怯えている松宮さん、瀬戸内さん、向井さん。犯人どうこうのやり取りも割れ、最悪な状態。

「一旦解散しよう」と大和さん。

「このまま話し合っても意味が無いだろう、行こう」

大和さんは、自分と十河さんに声をかけて部屋を出た。
向かったのは204号室、大和さんの部屋だった。

大和さんはノートを開き、ボールペンで名前を書いていく。

【グループ分け】
①大和・尾村・十河
②松宮・山田
③結城・上郷
④向井・瀬戸内

「因みに昨日、俺は1時半まで結城と食堂にいた。4時間もあれば流石にアリバイなんて言えないが、食った後に殺人はしないんじゃないかと考えてる」
「ちょっと待ってください、犯人探しはしないんじゃ」
「いや、俺はお前たちを信用している、だからこそ、自分が昨日何をしていたか話しておきたい。これは俺の勝手にしている事だ」
「……なるほど」

自分は昨日、金庫を見たあとすぐに寝てしまった。
寝ているだけなんてアリバイにならない。

「あの、やっぱり今日、三人で寝ませんか」
「やっぱり?」と十河さんは眉をぴくっと動かす。

「最初からその流れじゃないのか?」と大和さんは隣に立ち、肩を組んだ。

「え、なに大和さんそっち系ですか?」
「ん?襲うぞ?」十河さんの冗談に、大和さんはにやっと笑いながら向かって行った。

「来ないでくださいよ」
「無理無理」

どこか微笑ましい仲、全員がこんな感じで3日間終わると思っていたのに、榎沢さんの件で全てが水の泡。犯人誰だよと捜したい気持ちを抑えながら、ふたりに混じって笑ってみた。


②松宮・山田

ふたりは屋上に居た。
松宮はひたすら助けを呼べそうな道具を捜していた。

辺りは田舎、道路すら遠く通る車も無いだろう。

「いつまでそんな事をするんですか」飽き飽きとした様子で山田は聞く。
「何言ってんだよ、殺人犯が居るんだぞ?」
「だからそいつはもう、人を殺せないって」
「けど、また殺人が起こる可能性だって十分にある!」
「はぁ……」

自分より4つも年上なのに、何とも落ち着きがない。
言うて、女子大生の子以外、自分以外全員年上のはず。騒いで口論して、愚かな人たちなんだな。

「松宮さんは、どう思っているんですか」
「何が?」
「殺人犯、誰だと思うんですか」

松宮は手を止め、山田を見つめた。
その表情はかなり頭を抱えているようだった。

「あの前髪を分けた、性格キツめの女」
「……結城さん?」
「そう、それだ」
「なんで?」
「昨日会議室でも、榎沢さんは結城さんに突っかかってフラれてたし、元から知り合いで険悪な雰囲気だったから殺したってことも」
「ただお金が欲しかったってのは考えないんですか?ナイフの事、聞きましたよね。あんなのがあったら動機なんていらない、金が欲しいから人を殺したって言えますよ」

その言葉で松宮は頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「それに、昨日榎沢さんと行動を共にしていたのは上郷って子。そして結城さんと大和さんが一緒に食堂へ向かった、それぞれの初動はそんな感じだと思う。部屋に入ってからの行動は分からないけど」
「その中に犯人がいる!」
「それで、犯人を仮に見つけたとしてどうするんですか?探偵ドラマのように全員の前で告発するんですか?もしそれを行って、新犯人がそいつを殺したら、松宮さん、貴方は殺人教唆になりますよ」
「いや、今お前が犯人は誰だと思う?って言ったから」

ため息をついた。

「貴方がさっきしようとしていた事はそう言う事です、これ以上なにも起きて欲しくないなら黙って3日間過ごす事、それが一番だと思います。無駄に助けを試みたり、全員の不安を煽る行為は無意味です」

脱出を試みるのは最初に止めていた。
近くには職員がいるはず、平気で人を殺すようなイベントを考える奴らが、脱走なんてしたら殺しに来るだろう。だから松宮は助けを呼ぼうとしていたのだ。

「山田、お前は殺してないんだよな?信用して良いんだな?」
「良いですが、僕的には貴方が榎沢さんを殺していて欲しいですね」
「は?やってねえし」
「もしもの話です、もし貴方が殺していたらこれ以上人を殺せない……つまり僕の事は殺せませんから」


③結城・上郷

「みんなヒステリックになりすぎ」と結城は苦笑交えにそう言った。
207号室の部屋の中、ドアの前に立つ上郷は黙って後ろ姿を見ていた。

「はぁ、ほんと見てるだけでストレス」と結城は椅子に座り、食堂から持ってきた飴の袋を開けた。
ただ立っているだけの私に「食べな」とブドウ味の飴を投げてくれた。

「有難う御座います」
「警戒しないでいいよ、あたしゃ何も無く3日間過ごして、金受け取って帰りたいだけ」
「……はい」

結城は上郷の顔を見ず、質問を投げかけた。

「やっぱ金が欲しくてこの話に乗ったの?」
「はい」
「だよね、大学生なんて遊びたい時期だもん、そりゃ金欲しいよね」
「結城さんは、どうして?」
「あたしも金、正直働くのが馬鹿らしくなっちゃってて。夜の店にでも就職しようかなって思ってたところにこの話を見つけてさ。3日で50万円貰えるならやってみようかなって」
「私、大学転校したいって思ってて」
「ふぅん、なんで?」
「人間関係が上手くいってなくて」

結城はふっと顔だけを上郷の方に向けた。

「50万円で何が出来るんだって話ですけど、でも、それでも大きな金額がまとまって入るならチャレンジしてみようかなって」
「それで、殺人は考えてないの?」
「え」
「あたしを殺せば、あんたは250万円貰って、ここから出れるんだよ?」
「……人を殺してまで、お金、欲しいとは思わないです」
「そうだよね、あたしもこれから結婚するかもしれないのに、この手を非人道的な行為で汚したくないな」

結城はふと笑った。

「犯人捜ししない者同士で勝手にペア変えちゃったけど、案外良いペアかもしれない、あたしはそう思うよ」
「……有難う御座います」
「おいおい、あんたはそう思わんのかい」
「いえ、有難う御座います」
「……うん」


④向井・瀬戸内

ふたりは209号室、向井の部屋にいた。

「ねえ、瀬戸内さん」

青のナイフを持った向井は、震えた声で瀬戸内に話しかける。

「私を殺しに来るの、誰だと思う?」
「……それ、は」
「無理、無理無理無理無理無理、私はまだ、殺される訳にはいかないの、痛いのやだ、嫌だ」
「向井さん」
「うるさい!うるさい、うるさい……」

自分が残り8人に殺されるのではないか、そんな恐怖が向井を襲っていた。

「考えた事は無い?自分が殺されるかもって……」
「……」
「私、お父さんが凄い怖い人でさ、お母さんが沢山傷つけられてて、怖くて怖くて、私に飛んでくるんじゃないかって怯えてて、大学で家を出れたけどお母さんが心配で……お母さん、自殺しちゃったんだ、お父さんが殺しに来る、そんな、そんな、そん……あああああああああああああ!!」

向井は急に叫びだした。

「嫌だ、嫌だ嫌だあああああ!!」
「向井さん、大丈夫ですから、私は」
「うるさい!」

向井は急に怒鳴り、睨むと瀬戸内に向けてナイフを向けた。
瀬戸内は心の中で、この人と一緒にいるとヤバい……そう思っていた。

でも、あのナイフを取り上げてしまえば。

「ごめんなさい、私ちょっと喉乾いちゃって、ちょっと出て来るね」
「待って」
「なに……?」
「私を殺すためにナイフを持ってくるんじゃないよね」
「そんな事しません!」
「……すぐ戻ってきて」

瀬戸内さんは咄嗟に部屋を出た。
そして204号室を開け、誰も居ないのを確認すると閉め、202号室のドアを開けた。

そこには、尾村・十河・大和の3人が居た。

「お願いがあるんです……」


▼2月19日 P.M.4:32〔209号室〕

外が優日で赤くなった頃、209号室のドアが開いた。
ずっとベッドから動かない向井と、ドア付近で固まる瀬戸内。

そしてそこへ、大和が入って来た。

「何……」
「向井さん、それを置きなさい」
「なんで」
「瀬戸内さんが怖がっている、それに僕たちはそれを使わないって決めたじゃないか」
「嘘だよ、あたしを殺したいんだろう!?」

部屋の外では、尾村と十河も待機していた。
それを見つけた結城と上郷は事情を聴き、一緒に廊下で待機をする。

「あたしを殺しに来たんだろう!?」
「落ち着け!」
「お前も、どうせ金が欲しいんだろ!?」
「殺したいとは思っていない、俺は50万円で良いんだ!」
「なんでそんな、お父さんみたいな体型の男を連れて来たの……やっぱり、企んでるんだ!?」

瀬戸内さんは急に何を言われたのか分からず、咄嗟に頭を横に振った。

「……向井、すまん」

大和は急に駆け出し、向井に襲い掛かった。
咄嗟に腕にあるナイフを奪おうとするも中々放さない。

「離せ!来るな!やめろおおお!」

廊下では、松宮と山田も合流する。

「何があったんですか?!」と松宮は驚きの声をあげる。
「全員集合だね」と結城はにやっと笑った。

「離せ!!」
「ぐっ、向井!それを放せ!」
「てめえが!暴力野郎!放せ!」
「……っ!」
「お母さん!お母さん!あああああああ!」

「ぶふぁっ!」

野太く苦しそうな声が聞こえ、ドアを開けた。
すると床に蹲っている大和の姿、血のついたナイフを持ち動揺する向井の姿。

「大和さん!」と尾村は声を掛ける。
「あんたが、あんたが悪いんだから!」

その時、突如立ち上がった大和は再び向井に襲い掛かる。
刺してしまったという恐怖からか、向井の力は完全に抜けていた。

大和は腕で向井の手を薙ぎ払うと、ナイフは宙を舞い床に落ちた。
そのまま壁に向かってタックルをかます。

「そのナイフを早く!」

尾村は咄嗟に部屋に入り、ナイフを拾い上げた。

「てめ!てめええ!」
「救急箱です!」と上郷さんが中から包帯やガーゼを出した。

「はぁ……」とため息を吐き前へ出たのは十河だった。

「大和さん、離れて、治療を。俺に任せて下さい」
「助かる!」

大和は腹を押さえながら上郷、瀬戸内さんと共に部屋を出た。
長時間の説得の元、向井さんは疲れたのか意識を失った。


▼2月19日 P.M.7:56〔ロビーホール〕

大和さんは腹部に包帯を巻き、上着を着ていた。
ソファで座り「夜飯食えねえな」と笑った。

「こんな時に何言ってるんですか」と自分は笑った。
「……素晴らしい行動でした」と十河さんは大和さんを褒めた。

「いや、お前らもな、お互いよくやったよ」

自分は缶ジュースを飲みながら「1日って早いんですね」と呑気なセリフを吐いた。
「そうだな」と十河さんも笑ってくれる。

「ここに来てから20時間が経過……あと2日と4時間。長いのか短いのか」
「問題起こす奴らさえ居なければ、短く感じるのかもしれないな」と大和さんは腹部を押さえて小さく笑った。

「俺はほんと、小遣い稼ぎで来てるからよ、殺人なんて起こす気も微塵もねえ」
「自分もです」と答える。

「俺は、弟の入院費を少しでも稼ごうとして来ています。別に自分の稼ぎ以外の場所からお金を出せればって考えていたので、特にこれ以上必要だなとは思っていません」

全員、お金を増やす為に殺したいなんて思考は無い。
寧ろ、これが普通なのだろう。

「さて、今日は俺の部屋でパーティしようか」と大和さんは立ちあがる。
「その傷さえ無ければ、いっぱい食べながら語れたんですけどね」
「ほんとだぜ……ここから出たら絶対治療費請求してやる」
「あはは」

「待ってください」と急に真面目なトーンで呼び止める十河さん。

「どこに行くんですか?」との問いに自分らふたりはきょとんとした顔を浮かべる。
「食堂でお菓子とジュース、調達しなくて良いんですか?」とにこっと笑った。

「そうだった!」


▼2月20日 A.M.0:18〔廊下〕

「じゃあ、見張りよろしく」

山田は、部屋の中に入った。
そこには、ベッドに眠る向井の姿があった。

『…は、榎沢を殺した、…を殺すより無抵抗な向井を殺したら報酬金が上がる。見張りはしててやる、だから殺ってこい』

正直、榎沢殺しの奴を殺した方が報酬金が上がるが、一番リスクが少ないのはペアが消え、ナイフを没収された向井だ。

「……っ!」

山田は勢いよくナイフを振り下ろした。
服装は事前に盗んでいた向井の部屋のグレーのパジャマだった。
自分の部屋からグレーのパジャマが出てこなかったら更に怪しまれる、そう榎沢殺しの奴が教えてくれた。

何度も、何度もナイフを振り下ろした。
これで、俺の50万円は4倍になり、向井の貰える50万円は自分のものだ。

俺はここから出る時、250万円を持って出ることが出来る。
こんなナイフ、要らない。

あとは元々向井が持っていた青のナイフを回収するだけ、場所は尾村の部屋にあるはずだ。

「くっくっくっく……」

声を殺し、笑った。
その時だった、左首筋にナイフを突き刺され、そのまま身体の右側から床へ叩きつけられた。

ナイフを抜かれ、どんどんと血の気が引いていく。
痛い、寒い……

誰に、殺られた……?

あぁ、悔しい。
嵌められたのか?

殺人教唆は本当は榎沢を殺していなく、
200万円+250万円を奪い去る為に、嘘をつき、先に殺しを行わせた。

見張りと言って、俺が殺すのを待っていたのだ。

=====
【生存者】
・尾村 ・十河 ・松宮 ・大和
・上郷 ・結城 ・瀬戸内
【死亡者】
・山田
・向井 ・榎沢
=====

▼2月20日 A.M.7:11〔204号室〕

2日目になった。
昨日は結局、24時前には眠りについた。

「腹減った……」

寝起きの大和さんは、自分の傷を忘れているのか呑気に空腹感に襲われていた。
結局自分は布団を持ってきて床で寝て、十河さんと大和さんはベッドで寝た。

「大和さん、いびきうるさいです」と十河さんからダメ出しを受ける。
「え、そんな?!」
「はい」

「じゃあ、顔を洗ってきますね」

と自分が行こうとしたところ、ドアが急に開いた。

「山田が、殺されている!」
「!?」

すぐに廊下に出て、209号室に向かった。
ここは向井さんの部屋のはず と思ったが、中を見るとふたりが死んでいた。

「向井さんと山田くんが、ふたりで死んでいる……?」

整理が付かない。
ふたりの犯人から殺されたというのは第一に否定するべきだ。
先に山田くんが殺されて、次に……その線もない。
向井さんのナイフは自分の部屋で保管している、絶対に取られる事はない。

山田くんが向井さんを殺して、その後、山田くんは殺された……?

女性陣3人も廊下に出て来る。
この自分以外の6人の中に、山田くんと榎沢さん殺しの犯人が居る。

「あんたのペアでしょ?何してんの?」
「いや、それが昨日あいつ、ちょっと話してくるから寝ててって言って出て行ったから俺も知らなくて」
「一緒に行動して ってルール決めたよね」と結城さんは松宮さんを責める。

「なに、もしかしてあんたが犯人?」
「違う!」と松宮さんはすぐに否定した。

犯人捜しはしないんじゃなかったのか、そんな言葉を掛ける人は居なかった。
この中に2人、殺人犯がいるのだ。

「女性陣は昨日、3人で?」
「ええ、でも私は分からないわ、最初に寝たもの」と結城さん。

「そうですね、結城さんは一番早く寝ました、私と瀬戸内さんはほぼ同時だったと思います」

自分らの部屋も、昨日は全員同じぐらいの時間帯に寝たはずだ。
だから外に出る事なんて出来ない。

とすると、やはり一番怪しくなるのは松宮さん。
でも彼がそんな、殺人なんて犯すだろうか。

「いや、ガチで俺じゃないんだって、ほんとに!」

全員にアリバイを証明できるものがない。
眠った後にひとりで出て、山田くんを殺した……そう言う事もできる。

「事前に犯人は、山田くんと話していたのかも」
「どういう事だ?」と十河さんは眉を潜める。

「そんな、山田くんが向井さんを殺した現場にぴったり鉢合わせて、山田くんを殺すなんて出来るのかな」
「向井を殺そうとしたらたまたま、そこに山田が居たってケースもある」

確かに、可能性は複数出て来る。
・事前に打ち合わせしていたケース
・たまたま居合わせたケース

「たまたま居合わせたケースに、1票」と十河さん。
「協力すると言っても、協力する側にメリットがないし、仮にそうだとしてもどうやって山田を説得したのかが分からない。そんなの、向井を殺したあとにお前を殺すって言ってるようなもんだ」

全員が黙り込む。

「……正直に言ってくれないか」と大和さん。

「俺と尾村、十河さんの3人は誰も殺す気は無い、だからもう、言ってもらってスッキリしよう。互いに何も危害を加えず、あと2日間を過ごすんだよ」

すると、ひとりが手を挙げた。
結城さんだった。

「私、榎沢を殺した」

全身の血の気が一気に引いた。
結城さんは自分の部屋に入ってすぐ出てくると、少しだけ血の付着した青のナイフを持ってきた。

「風呂場で殺したから、少ししか血、付いてないけど」
「なんで……?」と自分は声を漏らしていた。

「なんで、お前が最初に殺してなきゃ、全員が何事も無く3日間過ごせてたかもしれないのに!」と松宮さんは結城さんに向かって怒鳴った。

「事故だったんだよ、食堂からの帰りバッタリと会ってちょっと口論になって、ナイフの誘惑に負けて、そのまま殺したんだよ」
「んだよ、それ、おかしいだろ!」
「私以外のもうひとりにも言うべきじゃない?私はしっかり言ったわ、あとは隠れてるむっつり殺人犯さん、私より金額大きいんだから、余程の屑よね」と結城さんはナイフを自分の部屋に放り投げると、ひとりで去って行く。

「待って結城さん」と呼び止めた。
「なに」
「貴方が一番、殺されるリスクは高い」
「え、全員もう殺しはしない人たちなんでしょ?じゃあ良いじゃない、終わり、解散」

結城さんはそう言い、るんるんと去って行く。
松宮さんは「んだよそれ……」とギラギラとした目で睨んでいた。

「松宮さん、無いとは思うけど、殺意を覚えちゃダメです」
「……分かってる」
「皆さん、一旦ここから離れましょう」

「俺は少し、残る」と十河さんは209号室へ入って行った。
「……?」

自分は、すぐにあとを追った。

「やっぱり」
「何がですか?」
「凶器が無いんだ、青のナイフ」

榎沢さんを殺したナイフは、結城さんが持っていて部屋に投げた。
向井さんを殺した山田くんのナイフと、山田くんを殺した犯人のナイフ……殺害に使われた青のナイフは全部で3本あるはず。もう1本は黙っている殺人犯が持っているとして、山田くんのナイフは何処に消えた?

はっと、咄嗟に自分の部屋に向かう。
自分の部屋に隠していた、向井さんの青のナイフはそのままだった。

次に210号室・榎沢さんの部屋を見に行った。
殺害現場を良く見るも、ナイフは見つからない、結城さんの投げたナイフで間違いないだろう。

「山田くんのナイフは、何処へ行ったんだ……?」
「犯人が捨てたんじゃないですか」と瀬戸内さんは恐る恐る発言をする。

死体があれば凶器があるはず……同じ人が2回目にナイフを使う行為、青のナイフ以外での殺人行為は禁止。
ナイフを持ち去る理由も隠す理由もないのだ。

「……」上郷さんはずっと黙ったままだった。
でも、一切目を合わせない、何か隠していそうな雰囲気を出していた。


▼2月20日 A.M.9:09〔2階ホール〕

「……ナイフ、どうして無いんだろう」
「どう言う事だ?」と大和さん。

「殺人は3回起きてる、でも見つかっているナイフは結城さんが持っていた物のみ」
「それぞれ持ち帰ってるんじゃないのか?」
「その人にはナイフは1回までしか使えないのがルールだけど、山田くんが使用したナイフを持ち帰る理由が分からないんだ」

「確かに」とソファに座る十河さんも納得する。

「本当に結城さんは、榎沢さんを殺したのかな」
「どう言う事だ?」と十河さん。

榎沢←結城(持っていた)
向井←山田(ナイフは何処?)
山田←??(犯人が持ち帰ってる?)

榎沢←??(犯人が持ち帰ってる?)
向井←山田(結城さんが持ち帰った?)
山田←結城(持っていた)

「こう言う図も考えられる」と自分は、さっき部屋から持ってきたノートに書いて見せた。

「本当に結城が持ち帰ったのか。そして山田の使ったナイフが何処に行ったのか分からないだろ」
「まあどっちにせよ、7人の中の結城を含めた2人は殺人を犯す事が出来ない、自然と何も起きないと思うのだが?」

十河さんと大和さんはそれぞれ意見を述べる。
確かに、現在の生存者を見るとこれ以上殺人が起きるリスクは低いし、ナイフが何処へ行ってしまったのか、誰が殺したのかは終了時に分かる事だ。

「因みにグループ分けの件だが、もう既にひとり行動の枠が出来てるんじゃないか?」と大和さん。

自分は「確かに」と声を漏らす。

①尾村・十河・大和
②松宮
③上郷
④結城
⑤瀬戸内

自分たち違いは恐らく、ひとり行動しているだろう。少なくとも結城と松宮はひとりだ。

「殺人を既に犯してそうな人って誰だと思う」と十河さんは聞いてきた。
思い浮かべても松宮、上郷、瀬戸内さんが殺人を犯しているシーンは頭に浮かばない。

「瀬戸内雪歩じゃないか?」と大和さんは瀬戸内さんの名前を口にする。
確かにあの臆病な松宮さんが殺人を犯しているとは思えないし、大学生の上郷さんが殺人を犯すとも考えられない。

「ま、結城はやってそうだとは思ったがな」と大和さんは呆れた表情で苦笑いした。


▼2月20日 P.M.4:16〔遊戯室〕

遊戯室には今日の昼過ぎ、食堂で昼食を済ませた後にやって来た。
カードゲームやボードゲームが多く並べられており、3人は退屈凌ぎに遊んでいた。

遊戯室の壁の上の方には小さな窓があり、外はオレンジ色の夕日に包まれているのが見えた。

その時だった。
ガラッと遊戯室の扉が勢いよく開いた。

「松宮が!」と結城さんの一言で嫌な予感が一気に頭の中を巡った。
3人は同時に立ち上がり「自分行きます」とふたりに言うと結城さんと一緒に走って行った。
十河さんは腹部を負傷している大和さんに肩を貸した。

結城さんが向かったのは1階のロビーだった。


▼2月20日 P.M.4:19〔ロビー〕

「松宮さん!」

ロビーにうつ伏せになる松宮さん。
頸には青のナイフが刺さっていた。

「凶器がある……」
「あんたら3人はずっと一緒?」
「はい」
「じゃあ上郷か瀬戸内のどっちかか……」

ふと頭の中でひとつの可能性が過った。
結城さんの榎沢殺しの発言が正しいなら、女性陣はこれで2人ともナイフの使用が終わった。

榎沢←結城(仮確定)
向井←山田(確定)
山田←上郷or瀬戸内
松宮←上郷or瀬戸内

グループを作ってから3人は一緒にいたけど、最初の犯行は誰にでも行う事は出来たはず。

榎沢←十河or大和
向井←山田(確定)
山田←結城?
松宮←上郷or瀬戸内

何故、結城さんが榎沢を殺したと嘘をついたのか。

「結城さん、どうして嘘をついたの」

死体に背を向け、結城さんに問いかけた。

「何が?」と結城さんは小さく笑う。
「山田くんを殺したのは、貴方ですよね」
「いや、私は榎沢を」
「流石に、山田くんと松宮さんを上郷さんと瀬戸内さんがそれぞれ殺したとは考えきれないんですよ」
「偏見にも程があるわ」

「金額……」とぼそりと呟く。
頭の中で整理がついた気がする。

榎沢殺しの犯人←250万円
山田殺しの犯人←450万円
松宮殺しの犯人←250万円

山田殺しの犯人だけが金額が多い。
もしも山田殺しの犯人を殺したら、650万円になる。しかも山田殺しの犯人はもう抵抗できない。

結城さんの「全員もう殺しはしない人たちなんでしょ?」という言葉が脳裏に浮かぶ。
自分が狙われることを恐れて嘘をついた。

「金額が大きいから。だから嘘をついたんですよね」と言い放つ。

そこへ十河さんと大和さんも合流する。

「ちょっと君、終わるまで黙っててくれるかな」
「……」当たってた。

「後さ、ひとつ聞きたいんだけど」と結城さんは向かって来て小声でノートを指差す。

「なんで初日ふたり限定な訳?全員に可能性はあるでしょ。向井の狂いようは除いて」

榎沢←十河or松宮or大和or上郷or瀬戸内
向井←山田(確定)
山田←結城(確定)
松宮←上郷or瀬戸内

松宮さんの怯える様子が嘘だとしたら?
最初から十河さんと大和さん、上郷さんと瀬戸内さんの誰かが犯行を行なっていて、平然とした様子を装っていたら?

結城さんが殺人の自白をした後、松宮さんはギラギラとした目で睨んでいた。
もしあの時「嘘つき」と分かっていて睨んでいたら?

ダメだ、全員の初日のアリバイが無さすぎる。
もしかしたら松宮を殺した犯人も結城さんと同じ額・450万円を持っている可能性だってある。

「この死体、どうする?」と結城さん。
「運んだ方が良いかもしれない」と十河さんは近づき、冷静に判断する。

ダメだ、何も信じる事が出来ない。

「ねえ、ほら運んで?」と肩を叩かれ我に返る。
十河さんとふたりで運ぶことになったらしい。自分は足の方を持ってとの事だった。

運んでいる途中に上郷さんとすれ違った。

「……え」

完全に青ざめた様子だった。
本当に人を殺してない……そんな表情。

部屋に運び終わると、十河さんはすぐ手を洗いに行って、大和さんは廊下で上郷さんと並んで立っていた。

ふと思い浮かんだ事。
自分はすぐに結城さんのところへ行く。

「ちょっと良いですか」
「なに」

ふたりは結城さんの部屋に入った。

「今朝投げたナイフで、山田くんを殺したんですよね」
「ええ」
「なら、山田くんが使ったナイフは何処にあるんですか?」
「どう言う事?」
「山田くんが向井さんを殺したナイフ、結城さんが山田くんを殺したナイフ、ナイフはふたつあるはずなんです。でもあの部屋にはひとつしか無かった」
「知らないわよ」と結城さんは鼻で笑った。

「榎沢殺しの犯人が持ち帰るのは分かりますが、死んだ山田くんの使用済みのナイフをも持ち帰るのが分からないんです」
「だから知らないって」
「……」

結城さんは半ギレ状態だった。
本当に分からないのか?

いや、自分が人を信用し過ぎているだけなのか?
何かを見落としているのか?

「そもそもそれ、そんな重要?」
「……」
「誰が殺したか、じゃないの」
「……何か引っ掛かるんです、持ち帰る理由がどうしても分からなくて」
「そ、勝手に推理ごっこしてなさい」

結城さんはそう言うと行ってしまった。
部屋から出ると、上郷さんが去って行くのが見えた。思えばここに来てから上郷さんと話していないと思った。

彼女の白を潔白したら何か見えるのか。
瀬戸内さんに吹っ掛けると何か見えるのか。

このまま大人しくしているのが一番なのか。
ここで出会って1日と半日以上の時間が過ぎた。それぞれを殺す動機なんて探しても見えるはずがない。必ず青のナイフのルールが背景にあるから。

これは、推理不可能な殺人事件。
榎沢殺しの犯人なんて可能性は広いし、そこから線を結んでも更に多くの可能性に行ってしまう。

自白が無い限り、終わるまで分からない迷宮。
すると去って行く上郷さんの足がぴたっと止まって背後を振り返った。

目が合った。
上郷さんは一瞬逸らし、また目を合わせて来た。

するとそのまま向こうへ行ってしまった。
向こうは階段、屋上に行ったのだろうか。

「ごめんなさい、ちょっと行ってくる」と十河さんと大和さんに伝え、その後ろ姿を追いかける。


▼2月20日 P.M.5:21〔屋上〕

「上郷さん」
「……」上郷さんは無言で振り向いた。

「尾村さん、でしたっけ」
「ちゃんと話すのは初めて、ですよね」
「そうですね」

上郷さんは目を合わせて黙っている。
その大きな真剣な瞳に吸い寄せられそうだった。

「尾村さんは誰か、殺しましたか?」
「え、いや全く」
「本当にですか?」
「うん、絶対!神に誓って!」
「……」上郷さんは視線を逸らして下を見る。

「尾村さん、推理に必死なようだったから人は殺してないんじゃないかなって思ってたんです」
「そ、そう?それなら良かった」
「殺す予定、ありますか」
「いや全く!」

この子は何を言ってるんだろう。

「そんな君は、榎沢さんか松宮さんを殺してないよね」
「榎沢さんは結城さんでは?」
「金額の事恐れて、嘘をついてたんだ。結城さんは山田くんを殺している」

そんなことを今、言ってしまって良いのだろうか。
彼女が結城さんを殺しに行く可能性だってある。

「ナイフがどこ行ったのか、でしたっけ」
「へ?」
「ナイフ、数が足りないんですよね」
「……うん」
「……真実を恐らく見られたくないからだと思います。」

上郷さんは歩き始め、自分を通り過ぎて行く。

「待って、どう言うこと?」

上郷さんの足がピタッと止まる。
彼女は振り向き「誰も信用してないからこれ以上私の思考は言えない」と言い、去って行った。

真実を見られたくない?
言葉の意味が理解が出来ない。


▼2月20日 P.M.5:18〔202号室〕

十河はノートを眺めていた。
すると、ドアが開く。

「……?」

誰も居ない?
立ち上がり、確かめに行く。

「……っ!?」

腹部にナイフが突き刺さる。

「がはっ!」

黒パジャマの犯人は部屋の中に入りドアを閉める。
ズカズカと進み、十河の腹部を刺した。

「っ!ど、どうし、て……!」
「……」

そのまま、意識を失った。


▼2月20日 P.M.5:26〔廊下〕

屋上から戻って来た尾村は、そのまま自分の部屋へと入る。ノートを置き、そのまま部屋を出る。

十河さんと大和さん、何処にいるのかな。
204号室のドアをこんこんとノックし開けると、中には白パジャマを着てベッドに仰向けになっている大和さんが居た。

「おう、上郷ちゃんとは話、できたのか?」
「はい、だけどよく分からない事言ってて」
「よく分からない事?」
「真実を見られたくないから、ナイフの数が違うみたいな事言ってて」
「真実……?」

自分は椅子に座り、ベッドに寝転がる大和さんを見ながら話した。

「お腹、大丈夫ですか?」
「ん……何とかな」
「良かったです」
「腹減ったけど、下手に食えねえしな」
「確かに、そうですよね」

お腹を刺された時、何を食べたら良いんだろう。
スマホが無いから調べようが無い。
大和さんは水しか飲んでいない、それでは流石に可哀想になってしまう。

早く医者に診せてあげないと。

「美味いもん、食いたいな」
「そうですね」
「ここから出たら食いに行くか」
「大和さんは病院飯の方が先ですよ」
「治ったらだよ、何処住み?」
「都内の……」
「若干遠いなぁ~」

そんな雑談を交えていると、気づけば18時を過ぎていた。そろそろお腹も空いて来た頃だしと思い、十河さんを呼びに行く事にした。

「十河さーん、ご飯行きましょ」

ドアを開けると、そこには血を流して床にうつ伏せになっている、十河さんの姿があった。

「十河さん!?」

完全に冷たくなっている。
殺されている。

ナイフは……無い。
これも持ち帰られている。

「……十河!?」

大和さんも驚いた様子。
自分と上郷さんは屋上にいて、確実に殺す事は出来ない。
殺す事が出来るのは、自分が屋上に居た時の大和さんと瀬戸内さん。

「大和さん……じゃ、ないですよね」
「ああ、勿論だ……!」
「瀬戸内さん……?」

部屋から出て、瀬戸内さんの部屋に入った。
瀬戸内さんは部屋には居なかった。

「探して来ます」

自分は施設内を走った。
去った後、大和さんの元へ上郷さんが来た。

「来るな、死んでる」
「……貴方が?」
「違う、絶対に人は殺してない!」
「……犯人は、誰だと思いますか?」
「は……?」

図書室に行くと、本を読む瀬戸内さんがいた。

「瀬戸内さん!」
「なに?」
「正直に話して下さい、誰を殺しましたか」
「なに」
「分かってるんです!」

瀬戸内さんはきっと、十河さんを殺した。
それしか考えられる犯人は居ない。

「どうして……」
「だから何が」
「どうして、十河さんを殺したんですか!」

少しの沈黙が流れる。
目の前の瀬戸内さんは、訳がわからない……そんな表情を向けていた。

何処かで騙されている自分が居る。
今まで見ず知らずの方々を信用しすぎたんだ。
もう少し、疑心暗鬼になるべきだった。

大和さんが殺しているのかもしれない。
目の前の瀬戸内さんが殺しているのかも。

アリバイが無い以上、ふたりは容疑者だ。

「何言ってるの、人を人殺し呼ばわりなんて!」
「……っ!」

瀬戸内さんは本を持ったまま立ち上がり、大きな声をあげた。静かな施設内の図書室に、瀬戸内さんの声が響く。

「信じられない」と瀬戸内さんはその場から去っていく。
自分の瞳からは涙が溢れていた。

人を信じることが出来ない自分が悔しい。


▼2月20日 P.M.8:49〔201号室〕

自分が許せなかった。
大和さんとも話せず、ひとりで部屋に籠ってしまった。

食堂から持って来たパンを頬張り、ひとりで机に向いていた。小さなランプが顔と手、ノートを照らしている。

「……」

あと1日、どうしたら良いのだろうか。
最初10人で始まった生活が、気づけば半分が殺されている。
自分の知らないところで、金を巡っての殺し合いが起きているのだ。

あんなナイフなんて無ければ。
今頃10人で笑っていられたのかもしれない。

3日間で50万円の貰える共同生活。
共同生活から見える人間性を見たいと、最初の管理人は言っていた。

「人間性って……」

金に目をくらませ、殺しあう。
これが、彼らが50万円を自分たちに支払って見たかった光景だと言うのか。

今思い返せばそうだよな。
何もしないで3日間拘束するだけで50万円だなんて、都合の良すぎる話だよな。

昨日の死体によって、今日の松宮さんと十河さんの死体への恐怖が薄れている。

いや、死体が怖いんじゃない。
死体を見て、次自分が殺されるかもしれないと言う感情が怖いのかもしれない。

警戒すれば良い対象は絞れている。
上郷さんと結城さんは殺しはしない、大和さんと瀬戸内さんのどちらかが殺しに来る可能性がある。
十河さんが松宮さんを殺した可能性だってあるから両者の可能性を消す訳にはいかない。

……このまま寝ても良いのだろうか。
夜中、誰かが自分を殺しに来るのではないか。

金庫を開け、自分のナイフを出した。
隠していた向井さんのナイフ……あれ?

無い。
隠していたはずの、向井さんから奪ったナイフが無くなっている。

取られた?
でも、何のために??

見つからない殺害に使われたナイフ。
隠していたはずが消えたナイフ。

「真実を知られたくない」と上郷さんの言葉を思い出す。

真実とは何なのか。

=====
【生存者】
・尾村 ・大和
・上郷 ・結城
【死亡者】
・山田 ・十河 ・松宮
・向井 ・瀬戸内 ・榎沢
=====

▼2月21日 A.M.5:38〔201号室〕

最終日の朝だ。
全く眠る事が出来なかった。

廊下を出ると、外は薄く明るくなっていた。
204号室に向かい、ゆっくりとドアを開ける。

大和さんは寝ていた。
そっと、静かにドアを閉めた。

208号室を少しだけ開けると、ベッドには瀬戸内さんの姿は無かった。
トイレに居るか、もう既に起きていて部屋の外にいるのか。

続いて207号室。
ドアを開けようとすると、開かない。

「……?」

何度やっても開かない。
鍵穴はあっても、中からは鍵を閉める事は出来ないはず。

何故?
また、謎が生まれた。

206号室は開く。
上郷さんも寝ていた。

結城さんの部屋だけが開かない。
大和さんを起こす訳にもいかないと自分の部屋に戻った。

この施設から途中棄権した……いや、まずそんな事が出来るのだろうか?出来るならば殺される前に向井さんや松宮さんは棄権していたはず。

2人目以降を殺したルール違反?
ルール違反したら部屋に閉じ込められるのか?
だがこの施設内で鍵をかけるとしたら……部屋は電子ロックでは無いし、やはり鍵が必要。
運営側の人間が入って来て鍵を掛けた?

ダメだ……夜寝てないせいか、急に眠気が襲って来た。もし寝てる時に殺され……


▼2月21日 A.M.8:19〔201号室〕

気がついた。
生きてる。

部屋を出て大和さんの部屋に向かった。
だがそこには誰もいない。

食堂に向かうと、大和さんと上郷さんがいた。

「おはようございます」
「尾村くん、おはよう。机で寝てたから起こさないでおいたよ」と大和さんはウインクした。

「ありがとうございます……寝れてなくて」
「そうか」

「尾村さん、ホールで瀬戸内さんが亡くなっていたんです」
「……へ?」
「私、朝早く起きちゃってひとりで歩いてたら、偶然見つけてしまって」
「……」

上郷さんは真剣な目を向けた。

「言って下さい、皆さんが誰を殺したのか」

自分と大和さんは黙っていた。

「……殺してない」と大和さん。
「自分も」と口を開く。

「そうだ、結城さんの部屋が」
「知ってます」と食い気味に上郷さん。

「みんなで行きましょう、結城さんの部屋の前に、真実を知りに」


▼2月21日 A.M.8:30〔207号室前〕

「結城さん、起きてますか」
「ねえ、何で開かないの」
「それより答えて下さい。結城さんは山田さんを殺したんですよね」
「だから?」
「何故昨日の夜中、瀬戸内さんを殺したんですか?」

その言葉に、息を呑んだ。
どう言う事だ?

「私、見たんです」
「……」
「結城さんが瀬戸内さんと一緒に歩いていくのを。そして殺したところを」
「……」
「ルール違反を犯してまで、人を殺したい理由を教えて下さい」

やはり、結城さんはルール違反を犯して閉じ込められているのか。

「結城さんにしか分からない理由が、あるんですよね?」
「……」
「結城さんもきっと、私と同じですよね。鍵を掛けたの、私なんですから」

同じ?

「私もナイフの本数が足りないのはおかしいなって思っていたんです。それは真実を見られたくないからって思って、黙ってました。私と同じ、皆さんと配られたアイテムが違うって真実」

「ちょっと待って」と口を挟む。

「どう言う事?」と聞くと、上郷さんは黄色い鍵を取り出した。
「これは私の金庫の中にあったアイテムです、皆さんが青のナイフを持っていたのは知っていました」

ポケットから、説明文の紙を見せてくれた。

『黄色の鍵』
誰かひとりを閉じ込める道具。
1回のみ使用可能、誰かひとりを1日中部屋に閉じ込める事が出来る。
何時に閉じ込めても24時になったら開けて下さい。5分過ぎるとルール違反になります。
※ただし、万が一の使用不可の状態の場合は、運営が開けに行きます。
ただし、他の参加者は『青のナイフ』と言う一度だけ使用可能な殺害用ナイフを持っています。


「何のために閉じ込める必要があったのか……それはきっと推理に役立たせる為。それか特定の人を守る為。黄色と青があるなら赤もあるはずじゃないかなって睨んでました」

赤……?

「もしかして、何人でも殺害可能とか……?」
「お金が欲しいって言ってたのに、自分からルール違反の行為を犯すなんておかしいなって思ってたんです、だから部屋に戻った後、鍵を掛けました。今日が最終日、ゲーム終了まで結城さんの部屋は開きません」

そうか。
もし赤の武器があるなら、何回でも使用可能なのだとしたら、殺害現場に置いておくのは無理。

「お手上げ、降参よ」

降参……?

「向井以外、全員私が殺した」


【結城の自白】

最初、大和と食堂に行ってから部屋に入った。
金庫を見つけて、誕生日を入力して開けた。

『赤のナイフ』
殺害に用いる道具。
何度でも使用可能のナイフ。
3日目終了迄に全員を殺して下さい。ひとりでも生存者が居た場合、処罰の対象となります。
※報酬金額は1000万円を用意しております。
他の参加者は『青のナイフ』と言う一度だけ使用可能な殺害用ナイフを持っています。


全員を殺せば、自分の命と1000万円が貰える道具を渡された。
殺さないと、自分が死ぬ。
まず最初に部屋を出て、鈍感そうな榎沢を殺す事にした。部屋の中で全て脱ぎ捨て、全裸で浴室に行く。風呂に押し倒して、ナイフで榎沢の首を切った。シャワーを出しっぱなしにして、浴室から出る。
脱いだ服を着て、誰も居ないのを見て急いで自分の部屋に戻った。

次の日、向井は頭がおかしくなっていた。
大和は刺され、他の参加者も恐怖していた。
そんな時に強気だった山田を見て、話を持ちかけた。

「私は、榎沢を殺した、私を殺すより無抵抗な向井を殺したら報酬金が上がる。見張りはしててやる、だから殺ってこい」

「命令口調なのが腹立ちますね」
「うるさい、お前の金額を増やしてやるって言ってんの」
「……ふっ、良いでしょう」

山田は私が見張ってる目の前で向井を殺した。
その背後から首にナイフを刺し、殺した。

翌日「私が榎沢をこれで殺した」と、山田の使用したナイフを見せ、自分の部屋に投げ入れた。
山田を刺したナイフと、榎沢を刺したナイフが見つからないのは当然だった。
赤のナイフで殺しているんだから。

翌日、ひとりで居た松宮を背後から襲った。
これには尾村の隠し持っていた向井のナイフを使わせてもらった。

刺し殺した後、盗んだ向井のナイフを傷口に刺した。
あの3人の誰かを殺そうと思ったがずっと一緒に居る為殺せなかった。
そしたら尾村と上郷が離れて行くのが見えた。

十河と大和も別れ、それぞれ自室に入って行く。
すぐに榎沢の部屋にあった黒のパジャマに着替え、十河の部屋に行き殺害をした。

そして夜中、瀬戸内を呼び出した。
彼女は私が既に人を殺しているからと警戒せずに散歩に付き合ってくれた。
そして、同じように刺し殺した。

そこを見られ、部屋に戻った隙に鍵を掛けられてしまった。


▼2月21日 A.M.9:11〔207号室前〕

結城の自白が終わった。
全ての力が抜けてしまった。

誰が殺したかなんて無かった。
全ては結城の犯行だったのだ。

山田以外、誰も手を汚していない。
それぞれが疑心暗鬼になってしまい、赤のナイフを渡された結城の、いや、運営の思う壺になってしまったのだ。

「赤のナイフを使えない以上、私はもう処罰を待つだけの抜け殻」とドアの向こうで結城は笑った。

「ねえ、尾村さん、大和さん」
「なに」
「どちらか、結城さんを殺す事は考えない?」
「……は?」
「目の前に出たら1000万円がいるんです、殺したボーナスで自分の金額が4倍になるなら、1200万円を持って帰れるんです」
「いや、そんな事しない」と自分は断った。

だが、大和さんは揺れていた。

「大和さん、ダメですよ、自分に勝ってください。」
「……分かってる、金額のせいでどうも、頭がおかしくなりそうだ」

大和さんは頭を押さえ、ひとり歩いて行った。

「流石ですね、私が青のナイフを持っていたら確実に殺していました。こんな大仕事をしても、50万円しか貰えないんですから」と、上郷さんは鍵を空中に投げてキャッチし、そのまま行ってしまった。

時間は経つのはあっという間だった。
結城さんは23時に声を掛けても返事をしなかった。

24時をまわった。
3人はロビーに居た。

運営の男が複数やって来て、リュックと最初の荷物を渡した。リュックには報酬金が入ってるのだと。

青のナイフと黄色の鍵は回収された。
そのまま、車に案内される。

あっという間の3日間だった。
もしも鍵が最終日より前に使われていたら、いや2日目に使われていたら、生存者は増え、最終日に戦いが起きていたのかもしれない。

自白、そして丸く収まったから、結果的に最終日の使用で正解だったのかもしれない。

「尾村、連絡先を交換しないか」と大和さん。
「……是非」
「良かった」

自分と大和さんは連絡先を交換した。
アイコンは犬だった。

「犬、飼ってるんですか?」
「おう、可愛いだろ」
「ですね」

最初に降りるのは自分だった。
車から降りて、ドアが閉まる前、ふたりの顔を見てお辞儀をする。

「ありがとうございました」
「またな」

10分ほど歩くとマンションがあった。
50万円を手に、帰るのだった。



「じゃあ、お願い」
「……ああ」

大和はリュックを開けた。
札束を取り出し、上郷に渡した。

「500万円の束だ、受け取れ」
「ありがとう」

大和は真顔で前を見た。

「素敵な判断でした」
「……うるせえ、黙ってろ」

=====
【生存者】
・尾村 ・大和
・上郷
【死亡者】
・山田 ・十河 ・松宮
・向井 ・結城 ・瀬戸内 ・榎沢

【報酬金額】
・尾村 50万円
・大和 1200万円
・上郷 50万円
=====


---END---
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