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いろいろどうでもいい
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最近、ひとつの噂が国のあちこちで囁かれる。
どこかの国の貴公子が、深窓の姫君を連れ、お忍びでこの国に外遊に来ている、と。日傘に隠れて姫君を見ることは叶わないが、貴公子は違う。太陽を溶かしたような眩しい金の髪に、優しい森を連想させる、柔らかな新緑の瞳。滑らかな肌は透けるように白く、形の良い唇は、姫君を見る度に柔らかく弧を描く。
特に王都では、この話題で大いに賑わっていた。どこの国の方か、姫君との関係は、爵位はどうだ。
そんな中開かれた、王太子の生誕祭。国中から貴族が祝福に訪れる。国外からも、たくさんの国賓が来る。
もしかしたら、噂の両人に会えるかもしれない。そんな期待も胸に集まった貴族たちに、衝撃が走った。
あの、呪いの伯爵が、令嬢を伴ってやって来たからだ。
噂はあった。
呪いの伯爵に、婚約者が出来たらしいと。
「おい、あれは、誰だ」
「見たことないな。どこのご令嬢だ」
「なんと美しい」
「金で買ったのではないか」
「ああ、そうに違いない。あれ、ベリル伯の娘ではないか」
「ベリル伯か。ならば、間違いないな」
「あれほど美しい娘だったか」
「デビュタントを迎えたばかりだ。知られていなくても当然」
「茶会や社交もままならんだろう、あの経済状況では」
「知っていれば、援助も吝かではなかったのだが」
下卑た話が飛び交う中、ローセントは俯いてルゥルゥにボソリと言った。
「ごめん、ルゥ。挨拶が終わったら、帰ろう」
ルゥルゥが笑った。
「お顔を上げてくださいまし。わからない者たちはわからないままで良いのです。ロー様の良さをわからない下衆の言葉に俯く必要などありません。堂々となさいませ」
そう言って、すぐにルゥルゥはハッとした。
「も、もしや、早く帰って二人きりになりたいというロー様からのお誘いっ?!」
ギラリと肉食獣の目が向けられた。うん。怖い。
「パーティーを楽しもうね、ルゥ」
小悪魔あああああ、と崩れ落ちるルゥルゥに、会場中がざわついた。
そんな二人に近付く一団がいた。そのことにも、ざわめきが広がる。
「いつも噂の絶えない伯爵様が、本日は別の噂で持ちきりですわね。ああ、わたくし、トウトナ伯爵が娘、レゾワと申します。あまりに珍しい光景に、つい好奇心が刺激されて、こうしてわざわざ挨拶に伺いましたの」
見事な赤い髪を美しく結い上げ、面白いオモチャを見つけたと青い瞳に滲ませた子女とその取り巻きが、ルゥルゥたちのところへやって来た。
ニッコリと笑って無礼な挨拶をしてきたレゾワに、ルゥルゥも笑って挨拶をする。
「初めまして、えー、とーとぞわ?様。ベリル伯爵が娘、ルゥルゥにございます」
ルゥルゥの方が無礼だった。
「トウトナ、伯爵が娘、レゾワ、ですわ」
レゾワの頬が引き攣っている。
「ああ、はいはい、失礼いたしました、トナ…令嬢様。何かご用でしょうか」
名前が覚えられず、もしょもしょと適当に誤魔化す。レゾワの額には青筋が浮かんでいる。
「まあ、名前も覚えられないお可哀相なベリル様のお相手が、何かと噂されている伯爵様ですので、憐れに思って声をかけて差し上げただけですのよ」
「それはそれは……令嬢様のお気遣いを無駄に終わらせて申し訳ありません。まったくもってそのようなお気遣いは無用にございます。どうぞ……令嬢様もご自身の社交をなさってくださいませ」
まったく悪びれた様子もなく笑顔で誤魔化しきれない無礼を働くルゥルゥに、周囲は唖然とした。
「あ、なた、人が、親切にしておりますのに、あ、あまりにも、無礼ではなくてっ?」
「え、すみません。慣れぬ社交故、何が無礼だったのか。どこが無礼でしたか?直します。教えてください、……令嬢様」
「それぇっ!人の名前を覚えられないなど、あり得ませんわよっ」
思わず大きな声が出てしまうレゾワ。
「なるほど。ではもう一度教えてください。覚える価値なしとか思ってちゃんと聞いていなかったわけではないのです。頭が悪くて覚えられないので、わかりやすい名前でお願いいたします」
わかりやすい名前って何だ。覚える価値なしと思っているではないか。そんな周囲の心の声は、もちろんレゾワだって同じ思いだ。ブルブルと体が震えている。呪われた伯爵と迫害され、カースト底辺に位置づけられた者の婚約者。もっと身を縮めて会場の隅で惨めに突っ立っていればいいものを。嗜虐性を持つ者の多い貴族社会で、レゾワもそういう類いの人間だった。だから、まさかこのように返り討ちに遭うなどとは、思ってもいなかったのだ。
その時だ。
「キミさあ、金で買われた分際で、この僕の婚約者によくそこまで無礼になれるよねえ」
サラサラと流れる青い髪に、青い瞳の、甘い顔立ちをした男がレゾワの腰を抱いた。レゾワの頬が赤く染まる。
「ショーン様」
レゾワの婚約者、侯爵家の青年が冷たい笑みを浮かべていた。
「あれ?へえ。金で買われるだけあるね。キミ、僕が買い取ってあげるよ。いくら?」
「ショーン様っ?!」
レゾワの声を無視して、ルゥルゥを上から下まで舐めるように見たショーンは、レゾワから離れてルゥルゥの顎を掴んだ。
「そんな男にキミは勿体ない。キミは僕の隣で輝ける」
「はあ」
気のない返事のルゥルゥに構わず続ける。
「キミ、名前は?見かけない顔だから、デビューしたばかりだろう?僕が手取り足取り教えてあげる。何もかも、すべて」
「あなたでは、わたくしが勿体ないですわ」
「何だって?」
*つづく*
どこかの国の貴公子が、深窓の姫君を連れ、お忍びでこの国に外遊に来ている、と。日傘に隠れて姫君を見ることは叶わないが、貴公子は違う。太陽を溶かしたような眩しい金の髪に、優しい森を連想させる、柔らかな新緑の瞳。滑らかな肌は透けるように白く、形の良い唇は、姫君を見る度に柔らかく弧を描く。
特に王都では、この話題で大いに賑わっていた。どこの国の方か、姫君との関係は、爵位はどうだ。
そんな中開かれた、王太子の生誕祭。国中から貴族が祝福に訪れる。国外からも、たくさんの国賓が来る。
もしかしたら、噂の両人に会えるかもしれない。そんな期待も胸に集まった貴族たちに、衝撃が走った。
あの、呪いの伯爵が、令嬢を伴ってやって来たからだ。
噂はあった。
呪いの伯爵に、婚約者が出来たらしいと。
「おい、あれは、誰だ」
「見たことないな。どこのご令嬢だ」
「なんと美しい」
「金で買ったのではないか」
「ああ、そうに違いない。あれ、ベリル伯の娘ではないか」
「ベリル伯か。ならば、間違いないな」
「あれほど美しい娘だったか」
「デビュタントを迎えたばかりだ。知られていなくても当然」
「茶会や社交もままならんだろう、あの経済状況では」
「知っていれば、援助も吝かではなかったのだが」
下卑た話が飛び交う中、ローセントは俯いてルゥルゥにボソリと言った。
「ごめん、ルゥ。挨拶が終わったら、帰ろう」
ルゥルゥが笑った。
「お顔を上げてくださいまし。わからない者たちはわからないままで良いのです。ロー様の良さをわからない下衆の言葉に俯く必要などありません。堂々となさいませ」
そう言って、すぐにルゥルゥはハッとした。
「も、もしや、早く帰って二人きりになりたいというロー様からのお誘いっ?!」
ギラリと肉食獣の目が向けられた。うん。怖い。
「パーティーを楽しもうね、ルゥ」
小悪魔あああああ、と崩れ落ちるルゥルゥに、会場中がざわついた。
そんな二人に近付く一団がいた。そのことにも、ざわめきが広がる。
「いつも噂の絶えない伯爵様が、本日は別の噂で持ちきりですわね。ああ、わたくし、トウトナ伯爵が娘、レゾワと申します。あまりに珍しい光景に、つい好奇心が刺激されて、こうしてわざわざ挨拶に伺いましたの」
見事な赤い髪を美しく結い上げ、面白いオモチャを見つけたと青い瞳に滲ませた子女とその取り巻きが、ルゥルゥたちのところへやって来た。
ニッコリと笑って無礼な挨拶をしてきたレゾワに、ルゥルゥも笑って挨拶をする。
「初めまして、えー、とーとぞわ?様。ベリル伯爵が娘、ルゥルゥにございます」
ルゥルゥの方が無礼だった。
「トウトナ、伯爵が娘、レゾワ、ですわ」
レゾワの頬が引き攣っている。
「ああ、はいはい、失礼いたしました、トナ…令嬢様。何かご用でしょうか」
名前が覚えられず、もしょもしょと適当に誤魔化す。レゾワの額には青筋が浮かんでいる。
「まあ、名前も覚えられないお可哀相なベリル様のお相手が、何かと噂されている伯爵様ですので、憐れに思って声をかけて差し上げただけですのよ」
「それはそれは……令嬢様のお気遣いを無駄に終わらせて申し訳ありません。まったくもってそのようなお気遣いは無用にございます。どうぞ……令嬢様もご自身の社交をなさってくださいませ」
まったく悪びれた様子もなく笑顔で誤魔化しきれない無礼を働くルゥルゥに、周囲は唖然とした。
「あ、なた、人が、親切にしておりますのに、あ、あまりにも、無礼ではなくてっ?」
「え、すみません。慣れぬ社交故、何が無礼だったのか。どこが無礼でしたか?直します。教えてください、……令嬢様」
「それぇっ!人の名前を覚えられないなど、あり得ませんわよっ」
思わず大きな声が出てしまうレゾワ。
「なるほど。ではもう一度教えてください。覚える価値なしとか思ってちゃんと聞いていなかったわけではないのです。頭が悪くて覚えられないので、わかりやすい名前でお願いいたします」
わかりやすい名前って何だ。覚える価値なしと思っているではないか。そんな周囲の心の声は、もちろんレゾワだって同じ思いだ。ブルブルと体が震えている。呪われた伯爵と迫害され、カースト底辺に位置づけられた者の婚約者。もっと身を縮めて会場の隅で惨めに突っ立っていればいいものを。嗜虐性を持つ者の多い貴族社会で、レゾワもそういう類いの人間だった。だから、まさかこのように返り討ちに遭うなどとは、思ってもいなかったのだ。
その時だ。
「キミさあ、金で買われた分際で、この僕の婚約者によくそこまで無礼になれるよねえ」
サラサラと流れる青い髪に、青い瞳の、甘い顔立ちをした男がレゾワの腰を抱いた。レゾワの頬が赤く染まる。
「ショーン様」
レゾワの婚約者、侯爵家の青年が冷たい笑みを浮かべていた。
「あれ?へえ。金で買われるだけあるね。キミ、僕が買い取ってあげるよ。いくら?」
「ショーン様っ?!」
レゾワの声を無視して、ルゥルゥを上から下まで舐めるように見たショーンは、レゾワから離れてルゥルゥの顎を掴んだ。
「そんな男にキミは勿体ない。キミは僕の隣で輝ける」
「はあ」
気のない返事のルゥルゥに構わず続ける。
「キミ、名前は?見かけない顔だから、デビューしたばかりだろう?僕が手取り足取り教えてあげる。何もかも、すべて」
「あなたでは、わたくしが勿体ないですわ」
「何だって?」
*つづく*
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