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幸せになります
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二人が顔を見合わせた。
「ブランデリアって」
「あの?」
「ええ。それ以外ございませんわ」
二人が顔を押さえた。
「ごめんよ、ごめんよルゥルゥ。父様が不甲斐ないばかりに」
「何故だ、何故なんだ、ルゥルゥ。もっと自分を大切にしてくれないと、兄様は、兄様は」
二人して泣き出す始末だった。ルゥルゥは溜め息を吐く。
「お聞きしますが、なぜお二人は、伯爵様ではダメだと思うのですか」
「「ルゥルゥが幸せになれないからだよ!」」
見事にハモッた。
「あのお顔のせいでしょうか。呪いのせいでしょうか」
無表情にルゥルゥが問う。父も兄も首を振る。
「違うよ、ルゥルゥ。呪いであのようなお顔になってしまっていることは周知の事実。あの方のせいではないことで、反対など出来ようはずもない」
父が痛ましい表情を浮かべた。
「ああ、だけど、確かにあの方のせいではないことなのだが、そのせいで、社交界から爪弾きにされていることもまた事実だ」
兄も、苦しそうに言葉にする。
「つまり、世間が伯爵様に冷たいから、わたくしもそのように扱われてしまう、と、だから、幸せになれない、と、言うことでしょうか」
二人が神妙に頷くと、ルゥルゥは高らかに笑った。
「いいえ、いいえ、お父様、お兄様。誤解なさっておりましてよ。わたくしの幸せを、取り違えては困りますわ」
二人の側に行くと、ルゥルゥはお仕置きと言わんばかりに二人の頬を引っ張った。
「わたくしの幸せは伯爵様。あの方がいるだけで、わたくしは幸せ。わたくしが結婚出来る歳まで独り身でいてくださって、いいえ、独り身でいるしかなかった世間の評価には感謝しかございません」
頬から手を放し、
「ああ、それで言うと、呪い自体に感謝をしなくてはいけませんね」
と、ルゥルゥは、それはそれは嬉しそうに笑った。
*~*~*~*~*
「ローセント様、このような物が」
ブランデリア家家令タキが、困ったようにローセントに差し出した物は、釣書であった。ローセントは左目を細めた。
ローセントは家にいるときは包帯をしていない。瞼の閉じない目を保護するために、右目に眼帯をしているだけだ。
「どこの家かな」
「ベリル伯爵家です」
ローセントは少し考えた後、
「娘、いたの」
そう首を傾げた。
「十八になります」
一回り以上違うではないか。行き遅れどころか、これからの子ではないか。
「余程嫁ぎ先に困っているのかな」
「悪い噂など聞きませんし、釣書を拝見する限りも、とてもそのようには見えません」
所詮は絵姿。どうとでも描ける。あまりにかけ離れていないのであれば、それなりに嫁ぎ先はあるはずだ。
「それなら相当お金に困っているのだろうね」
「現当主が恐ろしく騙されやすいようです。かなり逼迫しているようです」
「よく調べておいて。ああ、返事は“お受けします”でいいよ。本当にここに来たら、その覚悟に免じて援助の用意を頼むね」
タキは一礼すると、部屋を後にした。机に置かれた釣書を、ローセントは手にすることはなかった。
タキは代々ブランデリア家の家令を任されている家柄だ。ブランデリア家に脈々と受け継がれる負の遺産、西の魔女の呪いは、どんな条件で現れるか不明だ。先代と先々代には現れなかった。ローセントが生まれたとき、呪いの証を持っていたことに、両親たちは酷く嘆いた。だが、一番つらいのは、呪いを持って生まれた本人。両親たちは、惜しみない愛情をローセントに注いだ。
ローセントが十一の年に、悲劇が起こる。
両親が馬車の事故で他界してしまった。両親は、幼いローセントを庇うようにして亡くなっていた。ローセントの両親が早世してしまった後、ローセントが当主を継げる十八になるまで、タキの一族がブランデリア家を支えた。
ずっと見守り続けたブランデリア家の嫡子のあらゆる不遇が、タキにはこの上なくつらかった。中でも一番強く思うことは、ローセントの優しさがわからない貴族社会など捨てて、自由に生きてくれたらいいのに、ということだ。
釣書が届いたことに、タキは複雑であった。
お金目当てでも、一緒にいてもいいと望んでくれたことは、悲しくて嬉しい。だが、そっとしておいて欲しい、心を乱さないで欲しい、そう思う気持ちもある。自分ももう年だ。この邸には、ローセント様をよく理解している者しかいない。そのため、極少数で邸を管理していることは大変だが、やりがいがあるからそこはいい。自分がいなくなっても、ローセント様が独りになってしまうことがないことが重要だ。けれど、やはり望んでしまう。本当のローセント様を理解して側にいてくれる存在を。素直で優しいローセント様に、どうか。
*つづく*
「ブランデリアって」
「あの?」
「ええ。それ以外ございませんわ」
二人が顔を押さえた。
「ごめんよ、ごめんよルゥルゥ。父様が不甲斐ないばかりに」
「何故だ、何故なんだ、ルゥルゥ。もっと自分を大切にしてくれないと、兄様は、兄様は」
二人して泣き出す始末だった。ルゥルゥは溜め息を吐く。
「お聞きしますが、なぜお二人は、伯爵様ではダメだと思うのですか」
「「ルゥルゥが幸せになれないからだよ!」」
見事にハモッた。
「あのお顔のせいでしょうか。呪いのせいでしょうか」
無表情にルゥルゥが問う。父も兄も首を振る。
「違うよ、ルゥルゥ。呪いであのようなお顔になってしまっていることは周知の事実。あの方のせいではないことで、反対など出来ようはずもない」
父が痛ましい表情を浮かべた。
「ああ、だけど、確かにあの方のせいではないことなのだが、そのせいで、社交界から爪弾きにされていることもまた事実だ」
兄も、苦しそうに言葉にする。
「つまり、世間が伯爵様に冷たいから、わたくしもそのように扱われてしまう、と、だから、幸せになれない、と、言うことでしょうか」
二人が神妙に頷くと、ルゥルゥは高らかに笑った。
「いいえ、いいえ、お父様、お兄様。誤解なさっておりましてよ。わたくしの幸せを、取り違えては困りますわ」
二人の側に行くと、ルゥルゥはお仕置きと言わんばかりに二人の頬を引っ張った。
「わたくしの幸せは伯爵様。あの方がいるだけで、わたくしは幸せ。わたくしが結婚出来る歳まで独り身でいてくださって、いいえ、独り身でいるしかなかった世間の評価には感謝しかございません」
頬から手を放し、
「ああ、それで言うと、呪い自体に感謝をしなくてはいけませんね」
と、ルゥルゥは、それはそれは嬉しそうに笑った。
*~*~*~*~*
「ローセント様、このような物が」
ブランデリア家家令タキが、困ったようにローセントに差し出した物は、釣書であった。ローセントは左目を細めた。
ローセントは家にいるときは包帯をしていない。瞼の閉じない目を保護するために、右目に眼帯をしているだけだ。
「どこの家かな」
「ベリル伯爵家です」
ローセントは少し考えた後、
「娘、いたの」
そう首を傾げた。
「十八になります」
一回り以上違うではないか。行き遅れどころか、これからの子ではないか。
「余程嫁ぎ先に困っているのかな」
「悪い噂など聞きませんし、釣書を拝見する限りも、とてもそのようには見えません」
所詮は絵姿。どうとでも描ける。あまりにかけ離れていないのであれば、それなりに嫁ぎ先はあるはずだ。
「それなら相当お金に困っているのだろうね」
「現当主が恐ろしく騙されやすいようです。かなり逼迫しているようです」
「よく調べておいて。ああ、返事は“お受けします”でいいよ。本当にここに来たら、その覚悟に免じて援助の用意を頼むね」
タキは一礼すると、部屋を後にした。机に置かれた釣書を、ローセントは手にすることはなかった。
タキは代々ブランデリア家の家令を任されている家柄だ。ブランデリア家に脈々と受け継がれる負の遺産、西の魔女の呪いは、どんな条件で現れるか不明だ。先代と先々代には現れなかった。ローセントが生まれたとき、呪いの証を持っていたことに、両親たちは酷く嘆いた。だが、一番つらいのは、呪いを持って生まれた本人。両親たちは、惜しみない愛情をローセントに注いだ。
ローセントが十一の年に、悲劇が起こる。
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お金目当てでも、一緒にいてもいいと望んでくれたことは、悲しくて嬉しい。だが、そっとしておいて欲しい、心を乱さないで欲しい、そう思う気持ちもある。自分ももう年だ。この邸には、ローセント様をよく理解している者しかいない。そのため、極少数で邸を管理していることは大変だが、やりがいがあるからそこはいい。自分がいなくなっても、ローセント様が独りになってしまうことがないことが重要だ。けれど、やはり望んでしまう。本当のローセント様を理解して側にいてくれる存在を。素直で優しいローセント様に、どうか。
*つづく*
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