9 / 9
最終話 奇跡の一族
しおりを挟む
下げられた頭を、フォスクロスはジッと見つめた。
「王子妃の件かい?」
フォスガイアは答えない。それが肯定であるとわかる。
フォスガイアが王族のままでいれば、またどこかの令嬢を迎えなくてはならなくなる。優和と離れると決めていたから、それを受け入れていた。だが、もう離れる理由はない。そうであれば、他の令嬢を迎えることなど出来ない。王族としての義務を果たせない。無理に誰かと婚約をしても、優和以外を抱き締めることはない。誰も、幸せになれない。
「おまえと優和が幸せになれるのは、とても喜ばしい。だが、出て行かれるのは、淋しいよ、フォスガイア」
顔を上げなさい、と優しく促され、フォスガイアはフォスクロスを見る。嬉しそうな、でも、泣きそうな顔でフォスガイアを見つめていた。
「父上も母上も、気難しい顔をしていたのはね、迷っていたからなんだよ」
フォスガイアは僅かに首を傾げる。
「お二人とも、おまえが優和と共になると言ったら、おまえを手放さなくてはならなくなる。それに、迷っておられたんだ」
健気な優和がいじらしい。けれど、この子と一緒になるなら、フォスガイアは自分たちから離れていってしまう。フォスガイアは器用ではない。王子妃と愛妾を抱えることは出来ないだろうから。
「父上と、母上が」
優和を連れ帰り、二人に事情を説明すると、二人は渋い顔をした。それでも、優和を手元に置くことには何とか頷いてくれた。最初から、こうなる結末が見えていたのかも知れない。自分が王子という立場である以上、優和は王子妃になれない。王子妃に求められるものを、何一つ持つことが出来ないからだ。そうなると、別に王子妃となる者を立てなくてはならなくなる。両親の言う通り、二人を愛することは出来ないし、分けて考えることも出来ない。臣籍降下は当然と言えた。一代限りの公爵家となれば、優和に社交を求めることもない。二人静かに暮らせばいい。面倒ごとは、全部自分がやればいいだけだ。
「父上と母上は、おまえの意志を尊重すると言っておられた」
フォスガイアは目を見開く。
「きっと、おまえがずっと、何に悩んでいたのか、知っていたのだろうね」
奇跡の一族。命を分け与える不思議な一族。愛する人の命を守りたい。フォスガイアも優和も、お互い同じ思いだっただけ。
フォスガイアは、深く頭を下げた。
*~*~*~*~*
~ある男の手記~
神はドラマチックな演出を好むようだ。
後で考えても、なぜその時にそうしたのかわからない、そんな不可解な出来事を引き起こす。よりドラマチックになるように。
それほどまで、奇跡の一族にまつわる話は劇的なものに溢れている。
その命を分け与えるとき、常にドラマチックなのだ。
主と定められた男で普通に寿命を迎えたものは、私の知る限り、調べる限り、いない。必ず何かが起きて、命を散らせようとする。それを奇跡の一族が救う。
この演出は、何なのか。
神が楽しむためだけのものか。そのために奇跡の一族は人の形なのか。それとももっと別の意味があるのか。
神の考えなど、人間如きが推し量れようはずもない。
奇跡の一族。
彼女たちは、本当に、一体…
*~*~*~*~*
フォスクロスは手帳を閉じた。
「奇跡の一族、か」
立ち上がり、窓の外を見る。
フォスガイアが、優和の頭に花冠を載せて微笑んでいる。優和が無邪気に笑っている。幸せな光景に、涙が滲む。
「良かったな、フォスガイア、優和」
フォスガイアはもう直ここを出て行く。二人を見ていられるのも後僅かだ。
フォスクロスは思う。
あの手帳を記した男の考えを否定はしない。男の考え通り、彼女たちが淋しくないよう与えた、彼女たちのための能力なのかもしれない。
けれど。
これは、確かに神からの贈り物かも知れない。ただし、誰よりも淋しがりな男を、独りにしないための、贈り物。そして、誰よりも淋しがりな女性が、愛情深い、奇跡の一族として生まれるのだ。
「そう考えた方が、世界は優しく見えないだろうか」
*おわり*
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
健気な女の子を、ただひたすらに純粋な女の子を書きたくなって出来た作品です。
いろいろ首を捻りたくなる場面もあったかと思いますが、最後に優和が笑えてよかったね、くらいに読んでいただければと思います。
「王子妃の件かい?」
フォスガイアは答えない。それが肯定であるとわかる。
フォスガイアが王族のままでいれば、またどこかの令嬢を迎えなくてはならなくなる。優和と離れると決めていたから、それを受け入れていた。だが、もう離れる理由はない。そうであれば、他の令嬢を迎えることなど出来ない。王族としての義務を果たせない。無理に誰かと婚約をしても、優和以外を抱き締めることはない。誰も、幸せになれない。
「おまえと優和が幸せになれるのは、とても喜ばしい。だが、出て行かれるのは、淋しいよ、フォスガイア」
顔を上げなさい、と優しく促され、フォスガイアはフォスクロスを見る。嬉しそうな、でも、泣きそうな顔でフォスガイアを見つめていた。
「父上も母上も、気難しい顔をしていたのはね、迷っていたからなんだよ」
フォスガイアは僅かに首を傾げる。
「お二人とも、おまえが優和と共になると言ったら、おまえを手放さなくてはならなくなる。それに、迷っておられたんだ」
健気な優和がいじらしい。けれど、この子と一緒になるなら、フォスガイアは自分たちから離れていってしまう。フォスガイアは器用ではない。王子妃と愛妾を抱えることは出来ないだろうから。
「父上と、母上が」
優和を連れ帰り、二人に事情を説明すると、二人は渋い顔をした。それでも、優和を手元に置くことには何とか頷いてくれた。最初から、こうなる結末が見えていたのかも知れない。自分が王子という立場である以上、優和は王子妃になれない。王子妃に求められるものを、何一つ持つことが出来ないからだ。そうなると、別に王子妃となる者を立てなくてはならなくなる。両親の言う通り、二人を愛することは出来ないし、分けて考えることも出来ない。臣籍降下は当然と言えた。一代限りの公爵家となれば、優和に社交を求めることもない。二人静かに暮らせばいい。面倒ごとは、全部自分がやればいいだけだ。
「父上と母上は、おまえの意志を尊重すると言っておられた」
フォスガイアは目を見開く。
「きっと、おまえがずっと、何に悩んでいたのか、知っていたのだろうね」
奇跡の一族。命を分け与える不思議な一族。愛する人の命を守りたい。フォスガイアも優和も、お互い同じ思いだっただけ。
フォスガイアは、深く頭を下げた。
*~*~*~*~*
~ある男の手記~
神はドラマチックな演出を好むようだ。
後で考えても、なぜその時にそうしたのかわからない、そんな不可解な出来事を引き起こす。よりドラマチックになるように。
それほどまで、奇跡の一族にまつわる話は劇的なものに溢れている。
その命を分け与えるとき、常にドラマチックなのだ。
主と定められた男で普通に寿命を迎えたものは、私の知る限り、調べる限り、いない。必ず何かが起きて、命を散らせようとする。それを奇跡の一族が救う。
この演出は、何なのか。
神が楽しむためだけのものか。そのために奇跡の一族は人の形なのか。それとももっと別の意味があるのか。
神の考えなど、人間如きが推し量れようはずもない。
奇跡の一族。
彼女たちは、本当に、一体…
*~*~*~*~*
フォスクロスは手帳を閉じた。
「奇跡の一族、か」
立ち上がり、窓の外を見る。
フォスガイアが、優和の頭に花冠を載せて微笑んでいる。優和が無邪気に笑っている。幸せな光景に、涙が滲む。
「良かったな、フォスガイア、優和」
フォスガイアはもう直ここを出て行く。二人を見ていられるのも後僅かだ。
フォスクロスは思う。
あの手帳を記した男の考えを否定はしない。男の考え通り、彼女たちが淋しくないよう与えた、彼女たちのための能力なのかもしれない。
けれど。
これは、確かに神からの贈り物かも知れない。ただし、誰よりも淋しがりな男を、独りにしないための、贈り物。そして、誰よりも淋しがりな女性が、愛情深い、奇跡の一族として生まれるのだ。
「そう考えた方が、世界は優しく見えないだろうか」
*おわり*
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
健気な女の子を、ただひたすらに純粋な女の子を書きたくなって出来た作品です。
いろいろ首を捻りたくなる場面もあったかと思いますが、最後に優和が笑えてよかったね、くらいに読んでいただければと思います。
21
お気に入りに追加
26
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

雪とともに消えた記憶~冬に起きた奇跡~
梅雨の人
恋愛
記憶が戻らないままだったら…そうつぶやく私にあなたは
「忘れるだけ忘れてしまったままでいい。君は私の指のごつごつした指の感触だけは思い出してくれた。それがすべてだ。」
そういって抱きしめてくれた暖かなあなたのぬくもりが好きよ。
雪と共に、私の夫だった人の記憶も、全て溶けて消えてしまった私はあなたと共に生きていく。

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人
白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。
だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。
罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。
そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。
切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》



実在しないのかもしれない
真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・?
※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。
※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。
※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。

王妃の愛
うみの渚
恋愛
王は王妃フローラを愛していた。
一人息子のアルフォンスが無事王太子となり、これからという時に王は病に倒れた。
王の命が尽きようとしたその時、王妃から驚愕の真実を告げられる。
初めての復讐ものです。
拙い文章ですが、お手に取って頂けると幸いです。

[完]僕の前から、君が消えた
小葉石
恋愛
『あなたの残りの時間、全てください』
余命宣告を受けた僕に殊勝にもそんな事を言っていた彼女が突然消えた…それは事故で一瞬で終わってしまったと後から聞いた。
残りの人生彼女とはどう向き合おうかと、悩みに悩んでいた僕にとっては彼女が消えた事実さえ上手く処理出来ないでいる。
そんな彼女が、僕を迎えにくるなんて……
*ホラーではありません。現代が舞台ですが、ファンタジー色強めだと思います。

【完結】伯爵の愛は狂い咲く
白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。
実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。
だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。
仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ!
そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。
両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。
「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、
その渦に巻き込んでいくのだった…
アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。
異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点)
《完結しました》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる