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7 優和
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「え、な、ん、で」
男は酷く動揺した。自分がナイフを振り下ろした先の人物に、顔色を無くす。
優和の前に立ちはだかるのは。
「おう、さま?」
フォスガイアは優和を振り返る。
「おまえなど大嫌いだ。これでおまえの顔を見なくて済むと思うと清々する」
フォスガイアは地面に膝をつく。
優和を襲おうとした男はガタガタと震えた。違う、違う、と首を振りながら後退る。
こんなはずではなかった。女を殺せと言われただけだ。ただの平民の女。恐ろしく美しかったため、殺す前に楽しもうと思っただけだったのに。あんまりにも騒ぐから。何もわからないから、何をしても大丈夫だと言われていたのに、あんまりにも騒ぐから。
騒ぎを聞きつけた衛兵に、男は取り押さえられる。違う、自分は頼まれただけだと喚く男は連行された。
「おう、しゃま、おうしゃまあ」
ボタボタと涙を落とし、腕に縋ろうとする優和を突き飛ばす。
「何を泣く。笑え。おまえの泣き顔など見られたものではない。笑え」
ナイフには毒が塗られていたのだろう。刺された左胸の上の方、血が止まらない。どんどん体温が奪われていくのがわかる。
「おまえは笑った顔が一番見られる。一番、見られる」
最期に、笑った顔が見たい。そう望むのは、贅沢だろうか。ずっと冷たく、酷く扱ってきた。そんな自分が笑顔を望むのは、虫のいい話か。
膝を着いていることすら難しくて、地面に吸い込まれるように倒れる。
衛兵に囲まれ処置を受けるフォスガイアの顔色は、紙のように白い。優和はさらにボロボロと涙を落とす。
「やあ!置いていかないでくだしゃい!優和を置いていかないで!ひとりにしないでくだしゃい、王様!」
優和は衛兵を突き飛ばし、フォスガイアに覆い被さると、優和の体が白く光った。
衛兵たちは驚き、声を失う。
「やめろ、優和、やめるんだ」
やはり、おまえは。
弱々しいフォスガイアの声に、優和は安心させるように笑った。
「だめ、だ、優和」
ドロ、と優和の左目から血が流れた。優和はやめない。右目と鼻からも血が溢れる。コポ、と音を立てて口からも血が溢れた。それでも優和はやめなかった。
白い光が徐々に小さくなる。やがて完全に消えると、優和は血塗れの顔で笑った。
「半分こ」
「っ」
フォスガイアはくしゃりと顔を歪ませた。
やはりおまえは、奇跡の一族。
「バカがっ。この、バカものがっ」
フォスガイアは優和を抱き締めた。
「ごめんなさい、王様、ごめんなさい」
オロオロと優和は謝る。
「謝るなっ、バカものっ」
フォスガイアは両手で優和の頬を包む。
「これでは、意味がないではないか」
何のために守ったかわからない。たった一度しか使えない魔法。こんな自分なんかに使ってしまうなんて、本当にバカだ。
バカでバカで、
なんて愛おしい。
フォスガイアの舌が、優和の血を舐め取る。優和はキョトンとした後に、くすぐったそうに笑う。
「王様、くすぐったいです」
何もわからない、純粋な優和。どれだけ傷つけても、いつも健気に尽くしてくれた。傷つけることしか出来ない愚かな自分に、いつもいつも、一生懸命尽くしてくれた。死の間際だからこそ、一番突き放したのに。そんな自分に、躊躇いもなく命を差し出す魔法を使った。それをさせないために、今まで頑張って冷たくしてきたのに。離れていくよう、冷たくしたのに。
「何もかも、無駄だったではないか」
フォスガイアはいつだったか、王家の書庫で古ぼけた手帳を見つけた。そこには、誰かの手記があった。それは奇跡の一族のことが記されていた。その名は広く知られていたが、もう存在しない存在。詳細を知る者はない。それが、記された手帳。
そしてフォスガイアは、湖で出会った少女に戦慄した。あまりにも奇跡の一族にあてはまる。違っていて欲しい。そんな存在ではないと。しかし、共にいればいるほどそうとしか思えなくなる。フォスガイアは溜め息をついた。早く自分から離れてもらわなくては。このままでは、あの子は自分のために命を減らしてしまう。
許せなかった。
手帳には、一緒に逝くための能力ではないか、との考察があったが、そんなこと、誰がわかる。幸せに生きて欲しい。そのためなら、鬼でも悪魔にでもなってやる。だから自分から離れるようにしていたのに。
ああ、自分は奇跡の一族を見誤っていたのだ。
たかが人間でしかない自分が、神々の思惑に勝てるはずもない。
フォスクロスの言う通り、離れることなど、最初から無理だったのだ。
*つづく*
男は酷く動揺した。自分がナイフを振り下ろした先の人物に、顔色を無くす。
優和の前に立ちはだかるのは。
「おう、さま?」
フォスガイアは優和を振り返る。
「おまえなど大嫌いだ。これでおまえの顔を見なくて済むと思うと清々する」
フォスガイアは地面に膝をつく。
優和を襲おうとした男はガタガタと震えた。違う、違う、と首を振りながら後退る。
こんなはずではなかった。女を殺せと言われただけだ。ただの平民の女。恐ろしく美しかったため、殺す前に楽しもうと思っただけだったのに。あんまりにも騒ぐから。何もわからないから、何をしても大丈夫だと言われていたのに、あんまりにも騒ぐから。
騒ぎを聞きつけた衛兵に、男は取り押さえられる。違う、自分は頼まれただけだと喚く男は連行された。
「おう、しゃま、おうしゃまあ」
ボタボタと涙を落とし、腕に縋ろうとする優和を突き飛ばす。
「何を泣く。笑え。おまえの泣き顔など見られたものではない。笑え」
ナイフには毒が塗られていたのだろう。刺された左胸の上の方、血が止まらない。どんどん体温が奪われていくのがわかる。
「おまえは笑った顔が一番見られる。一番、見られる」
最期に、笑った顔が見たい。そう望むのは、贅沢だろうか。ずっと冷たく、酷く扱ってきた。そんな自分が笑顔を望むのは、虫のいい話か。
膝を着いていることすら難しくて、地面に吸い込まれるように倒れる。
衛兵に囲まれ処置を受けるフォスガイアの顔色は、紙のように白い。優和はさらにボロボロと涙を落とす。
「やあ!置いていかないでくだしゃい!優和を置いていかないで!ひとりにしないでくだしゃい、王様!」
優和は衛兵を突き飛ばし、フォスガイアに覆い被さると、優和の体が白く光った。
衛兵たちは驚き、声を失う。
「やめろ、優和、やめるんだ」
やはり、おまえは。
弱々しいフォスガイアの声に、優和は安心させるように笑った。
「だめ、だ、優和」
ドロ、と優和の左目から血が流れた。優和はやめない。右目と鼻からも血が溢れる。コポ、と音を立てて口からも血が溢れた。それでも優和はやめなかった。
白い光が徐々に小さくなる。やがて完全に消えると、優和は血塗れの顔で笑った。
「半分こ」
「っ」
フォスガイアはくしゃりと顔を歪ませた。
やはりおまえは、奇跡の一族。
「バカがっ。この、バカものがっ」
フォスガイアは優和を抱き締めた。
「ごめんなさい、王様、ごめんなさい」
オロオロと優和は謝る。
「謝るなっ、バカものっ」
フォスガイアは両手で優和の頬を包む。
「これでは、意味がないではないか」
何のために守ったかわからない。たった一度しか使えない魔法。こんな自分なんかに使ってしまうなんて、本当にバカだ。
バカでバカで、
なんて愛おしい。
フォスガイアの舌が、優和の血を舐め取る。優和はキョトンとした後に、くすぐったそうに笑う。
「王様、くすぐったいです」
何もわからない、純粋な優和。どれだけ傷つけても、いつも健気に尽くしてくれた。傷つけることしか出来ない愚かな自分に、いつもいつも、一生懸命尽くしてくれた。死の間際だからこそ、一番突き放したのに。そんな自分に、躊躇いもなく命を差し出す魔法を使った。それをさせないために、今まで頑張って冷たくしてきたのに。離れていくよう、冷たくしたのに。
「何もかも、無駄だったではないか」
フォスガイアはいつだったか、王家の書庫で古ぼけた手帳を見つけた。そこには、誰かの手記があった。それは奇跡の一族のことが記されていた。その名は広く知られていたが、もう存在しない存在。詳細を知る者はない。それが、記された手帳。
そしてフォスガイアは、湖で出会った少女に戦慄した。あまりにも奇跡の一族にあてはまる。違っていて欲しい。そんな存在ではないと。しかし、共にいればいるほどそうとしか思えなくなる。フォスガイアは溜め息をついた。早く自分から離れてもらわなくては。このままでは、あの子は自分のために命を減らしてしまう。
許せなかった。
手帳には、一緒に逝くための能力ではないか、との考察があったが、そんなこと、誰がわかる。幸せに生きて欲しい。そのためなら、鬼でも悪魔にでもなってやる。だから自分から離れるようにしていたのに。
ああ、自分は奇跡の一族を見誤っていたのだ。
たかが人間でしかない自分が、神々の思惑に勝てるはずもない。
フォスクロスの言う通り、離れることなど、最初から無理だったのだ。
*つづく*
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