美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛

らがまふぃん

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番外編

生贄の娘と氷の皇帝

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なかなか残酷ですのでご注意ください。


*∽*∽*∽*∽*


 「自分たちが助かるために、この娘を差し出す、と」
 「こ、これでも、たた、た、足りぬようでしたら、ほ、ほ、他にも」
 謁見の間。
 玉座に座る、温度のない目が謁見に訪れた者たちを睥睨している。
 「娘。顔を上げろ」
 温度のない声に、微かに震える娘は、それでも真っ直ぐに玉座に座る男を見つめた。
 「娘。こちらへ来い」
 ほんの、気のせいかと思うほどに、ほんの少し、男は口の端を上げているように感じた。
 娘は玉座の側に来ると、膝をついた。
 「名は」
 「あ、アリス、と、申します」
 男、エリアストは、確かに口の端を上げた。そして。
 「全員顔を上げろ」
 場の者たちが従うと、恐ろしいまでに整った顔が、酷く不機嫌そうにしている。
 「おい、そこの騎士」
 エリアストが視線を向けた騎士は、大きく体を震わせた。
 「それから、そこの騎士」
 また別の騎士を向く。
 「殺し合え」
 騎士たちは間抜けな顔をした。何を言われているのか、頭が理解したくなかった。
 「聞こえなかったか。私に同じことを二度言わせるな」
 エリアストは、自身が座る椅子に立てかけた剣に手を伸ばす。騎士たちは焦る。
 そこへ。
 「く、口を開く無礼をお赦し下さい。なぜ、そのような」
 アリスが震えながら、エリアストを止めようとする。
 「黙れ」
 エリアストは片手でアリスの両頬を掴むように、口を塞ぐ。容赦のない力に、アリスは痛みから目を閉じると、涙が薄く滲む。
 その涙を、エリアストは舐め取った。
 ヌルリとした感触に、アリスは驚いて目を開く。目の前には、人外の美貌。それが、口を開き、もう片方の目を舐めた。
 アリスは自分が何をされたのかを理解し、混乱した。

 情など持ち合わせていない、氷の皇帝。

 ディレイガルド帝国は、強大な国だ。一度ひとたび怒らせると、原因を根絶やしにするまで治まらない。
 現皇帝エリアスト・カーサ・ディレイガルドは、それが顕著だった。
 エリアストが皇帝の座に就いてから、僅か三年。六の国が隷属し、二つの国が滅びた。あまりの容赦のなさに、全世界がエリアストに怯えていた。
 今回この謁見の間にいる者たちは、ディレイガルド帝国にある、とある都市を任されている者たちだった。その都市にエリアストが訪れたときに、粗相があった。その非礼を詫びるために、数多の詫びの品を持って訪れた次第だ。
 その中のひとつに、アリスという娘が入っていた。
 アリスは、見た目も美しいが、その声が、何よりも称賛された。天上の歌声と言われるほど、美しい旋律を奏でているような声に、誰もが陶酔した。もしかしたら、氷の皇帝さえも溶かしてくれるのではないか、と淡い期待も込めて、泣く泣くアリスを差し出したのだが。
 「どうした。早くしろ」
 アリスの口を塞ぎ、変わらず温度のない目で謁見者たちを睥睨する。
 「お、お、おまえたち、皇帝陛下が、ぶ、武闘を、ご所望だ。は、早く、しないかっ」
 訪れた代表者は、道程自分たちを守ってくれた騎士たちに、死ねと命じるしかなかった。
 エリアストの強さは世界に知れ渡っている。この部屋にいる、詫びに訪れた二十名ほどの他に、この城に仕えている者たち五十名ほどがいるが、全員が束になってエリアストに襲いかかっても、瞬殺されるだろう。
 助かるためには、エリアストに満足してもらうしかない。

………
……


 「アリス、見ろ」
 自身の膝の間に座らせ、背後から抱き締めるようにアリスを抱えていたエリアスト。手は相変わらずアリスの口を覆ったままだ。
 アリスは、たくさんの涙を零していた。
 謁見の間は、血に濡れていた。
 敷かれた赤い絨毯は、血を吸って黒く変色し、絨毯のない場所は赤黒く、水たまりのようになった場所には、何人もの人が倒れていた。
 アリスと共にこの城にやって来た者たちで、立っているのは、たった一人。その一人も、剣を支えにようやく立っていた。だが、それも少しして、剣が手から離れる。膝をつくと、それ以上何も吸いきれない絨毯が、ビチャリと音を立てた。そのまま前のめりに倒れると、最後の一人も動かなくなった。
 アリスの呼吸は荒い。エリアストの手の隙間から、熱い呼気が漏れる。エリアストが手を離すと、アリスはエリアストを向いた。
 「なぜ、なぜ、このような、酷いことを」
 「黙れ」
 凍りつくような声音に、それでもアリスは睨むように真っ直ぐ見つめる。
 「わたくしも殺すのですか?構いません。このようなむごいことを」
 「おい、そこのおまえ」
 アリスの言葉を遮るように、一番近くにいた男に、エリアストは自身の腰に差していた短剣を投げた。
 「短剣それで右耳を落とせ」
 近くにいた男は目を見開くと、諦めたように短剣を拾うと、躊躇いもなく言われたことを行動に移した。
 「やめて、やめてくださいませ!なぜ、なぜこんな」
 「黙れ、と言った。他の者の耳も欲しいのか」
 アリスは咄嗟に自身の口を両手で塞いだ。
 「それでいい。おまえの声を聞いた者を一人残らず殺してやりたいが、まあ今日は気分がいい。赦してやろう」
 アリスは震えた。自分のせいで、あの人は耳を失ったのか、と。
 「おまえを犠牲にして自分たちだけ助かろうとした者たちだ。当然の末路。だが」
 ベロリとアリスの涙を舐めとる。
 「おまえと出会わせてくれたことの礼として、あの都市はこれで赦すとしよう」
 血の海に倒れた犠牲者たちを見てエリアストはそう言うと、アリスを抱えたまま立ち上がった。
 「アリス。おまえは私のものだ。いいな。忘れるな」
 アリスは両手で口を押さえたまま、コクコクと頷いた。流れる涙は止まらない。


 「エル様は、なぜ、あれ程までに無体をなさるのですか」
 あまりの容赦のなさに、アリスは尋ねた。
 自分の何を気に入ったのか、初めて顔を合わせてから、三日三晩、寝室でられ、四日目の夕方に、ようやく話をすることが出来た。あれほど求められたのに、まだ足りないというように、エリアストはベッドの上でアリスをずっと抱き締めながら、体の至る所にくちづけを落としていた。何とか話を聞いてもらおうと、エリアストの両頬を両手で包み、視線を合わせるとそう言った。
 「おまえは私を真っ直ぐに見つめる。その黎明の瞳が美しい」
 アリスの頬を掴む手を掴んで、ベッドに縫い付ける。覆い被さってアリスを見下ろす。
 「私を呼ぶ声が、美しい」
 ゆっくりとアリスに近付き、耳をねぶると、アリスが息を詰めた。
 「ねやでの声も、堪らない、アリス」
 「あ、あ、こ、こたえに、なって、おりません」
 吐息と共に、耳に直接注ぎ込まれる言葉に、アリスは震える。
 「無体、ね。わからないな」
 エリアストは喉の奥で笑う。
 「死にたくないなら私の言うことを聞けば良い。それだけだ」
 至って単純。本当に、それだけのこと。粗相や失敗になど、何とも思わない。勝手に怒らせたと怯え、勝手に謝罪に来て去って行く。そういう者たちばかり。
 エリアストを怒らせるのは、言うことを聞かなかった場合のみ。
 実行しようとして間違えたり失敗したりで、怒ることはないのだ。皆、勘違いをしているだけ。
 ああ、とエリアストは言った。
 「おまえに関しては、違うな」
 スルリと頬を撫でると、その目に険呑な光が宿る。
 はっきり言って、今回アリスを連れて来た都市の者たちの謝罪だって、何に対しての謝罪だかわからない。粗相があったらしいが、そんなもの知らないし、興味もない。
 はずだった。
 「おまえは私のものだ。そんなおまえを犠牲にして生き残ろうなど」
 順番が違う、とアリスは思った。アリスがここに来て、エリアストのものになった。エリアストのものが、ここに来たのではない。
 だが、エリアストの中で、それは些末なことだった。今、自分のものであることが重要なのだ。
 自分のものを、蔑ろにされた。
 「なあ、アリス」
 抱き締め、首筋に舌を這わせる。
 「私の側にいろ」
 きつく吸い上げると、赤い花が咲いた。
 「エル、さま」
 「離れることは許さん」
 アリスが震えた。
 「私の、私だけのものだ、アリス」

 さあ。
 どうやって、世界に知らしめようか。



*おしまい*

最後までお付き合いくださり、ありがとうございます。
美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 と続いて参りましたエル様とアリスの物語は、これにて終わりとなります。
まだハッキリと形になってはおりませんが、二人の子ども、ノアリアストとダリアの話が書けたらいいなあ、とは思っております。
物語に出来るかどうかわかりませんが、いつか形になったら、またお会い出来ると嬉しいです。
何かの記念に、また番外編で投稿するかもしれませんが、その前に時々思い出してお読みいただけると、作者冥利につきます。
お読みくださったすべての方々に、感謝いたします。
本当にありがとうございました。
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