美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛

らがまふぃん

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番外編

失えないもの3

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 目覚めるとそこは、真っ白な空間だった。壁も床も天井も、すべてが白い。窓もなく、あるのは扉ひとつ。床に転がされていたエリアストは、起き上がることもせず、虚空を見つめた。手足を縛られ、猿轡さるぐつわを噛まされ、自由のない体を極限まで縮める。
 アリスを、守れなかった。
 何が起きたのかを考えるより、真っ先に頭に浮かんだのはそのことだった。そしてその事実に、ひどく打ちのめされる。
 アリス、を、守れなかったっ。
 アリスがここに、自分の側にいない。
 アリス、が、いない。
 アリスッ。
 どうか、どうか、無事でいてくれ、アリスッ。

………
……


 「目が覚めたかい」
 暫くして扉が開く。
 「手荒な真似をしてすまなかったね」
 あの群れの頭と思われる男が、エリアストを覗き込む。
 「あれ程までに強いとは思わなかった。だいぶ仲間を失った。恐ろしい子どもだ」
 男はエリアストの胸ぐらを掴んで起き上がらせる。
 「キミは頭も良さそうだ。洗脳には骨が折れるだろうけど、充分に価値がある。その容姿だけで、大半の者が平伏すだろう」
 胸ぐらを掴んでいた手を乱暴に放すと、エリアストは再び床に転がる。
 エリアストを連れ去ったのは、ディレイガルドを裏から牛耳ろうとする隣国アーリオーリの者たちだった。ルドワーカ、という組織のようだ。まだ子どもであるエリアストを傀儡にし、世界を手に入れたいらしい。
 男を、エリアストはジッと見た。男が片眉を上げる。
 「何だ。何か言いたそうだな。舌を噛まないなら猿轡さるぐつわ、外してやるぞ」
 その言葉に頷くこともせず見続けるエリアストに、男は肩を竦めて口を自由にした。すると、エリアストは男に言った。
 「洗脳など不要だ。世界が欲しいならくれてやる。その代わり」
 無機質な、ガラス玉のような目は動かない。
 「アーリオーリこの国を消してくれ」
 表情一つ変えることなくそう言ったエリアストに、男は口角を上げた。
 「おーおー、怖いねぇ。何だってこの国を?」
 「貴様らのようなクズがいるからだ」
 男は腹を抱えて笑った。
 「いいね、いいよ、おまえ。下手なヤツより余程信用出来る」
 肩を叩く男に、エリアストは無表情のままだった。
 エリアストを拘束していたものをすべて外し、大層ご機嫌に部屋を出る男の後ろ姿を見る。
 なんてくだらない。
 そんなくだらないことで、自分はアリスを危険な目に遭わせ、離れることになったというのか。
 エリアストは自嘲する。
 くだらないのは自分も同じか。
 一番守りたい人を、守れなかった。何度か攫われたり攫われかけたりした。その度に、自分自身で解決してきたのだ。子どもでありながら、大人と同等、それ以上に渡り合ってきた。それが、慢心へと繋がった。絶対なんて、どこにも存在しないのに。
 肝心なときに、何の役にも立たなかった。
 「ありす」
 喉の奥でポツリと零れた言葉に、涙も零れる。かみ殺しきれない嗚咽が部屋に響く。
 アリス、アリスアリスアリスアリスアリス!!
 自身の体を抱き締め、床にうずくまる。
 心が、叫び続ける。愛しい人の名を。ただ、名だけを。


-三年前-

 エリアストと手を組んで五年、男の野心は崩れ去る。男の仲間たちは、男以外全員死んだ。男は何が起きているのか、理解出来なかった。わからないまま、男は自身のアジトの地下牢で、手足に杭を打たれ、はりつけにされている。
 「生きたままネズミに喰われて死んでいけ」
 「クソガキがあああああっ」
 コイツを、この組織をどうこうしたところで、アリスが見つかるわけではない。自己満足でしかない。
 「アリス」
 涙が一筋、零れた。

*~*~*~*~*

 ルドワーカの男が地下牢に磔にされる少し前。
 不穏な噂が流れ始める。
 隣国ブロウガンと、戦争になるのではないか。
 少しずつ濃くなる戦争色に、国民たちは不安を隠せない。いつ開戦の号令がかかるのだろう。そんな国民の不安と緊張が高まる。
 そんな噂が流れ出して数ヶ月後。一人の少年の拘束が報じられた。
 名も絵姿も公表はされなかったが、その罪名に、国中が震撼する。
 外患誘致罪がいかんゆうちざい
 他国と共謀して自国に対し武力を行使させるという罪。今回未遂ではあったが、行使させたことと同等と見做された。
 一人の少年が行うには、あまりにも規模が大きい話のため、国民は懐疑的であった。ただ、拘束の報道をきっかけに、戦争の気運が収まったことは事実。
 ”実際は何人もの犯行グループがいるのではないか。そのグループに怒りをぶつけられたら反乱などが起きてしまい、今回の件の真相がわからなくなってしまう。それらを危惧した中枢が、少年の犯行ということにすれば、国民も振り上げた拳を収めるしかないのではとの判断をしたのではないか。”
 そんな憶測が、国中を飛び交った。
 真実を公表しても、国民は信じなかったのだ。それこそが、国の狙いであったのかも知れない。
 ただ、公表はされていない、いや、出来なかったことがある。それは、拘束された少年が、他国の少年であったことだ。それが問題視された。今回戦争になりかけたブロウガンと反対隣、レイガード国出身、それも、五年程前に誘拐された、ディレイガルドの令息だったのだ。
 複雑に絡み合うこの事件、とりあえずアーリオーリで取り調べをしている。折を見てレイガードに強制送還させるが、罪状の確認後どうするのかを、レイガード、アーリオーリ、ブロウガンの三国は長期間に渡って話し合いの席を設けることとなった。そうして二年がかりで、外患誘致罪は通常死刑以外あり得ないのだが、レイガード国で刑期付きの服役、と決定したのだった。

*~*~*~*~*

 「何故、こんなことを」
 美しい少年エリアストは、両手を拘束する手錠を見つめたまま答えた。
 「アーリオーリこんな国など、滅びればいい」
 弱冠十五歳の少年は、何に絶望したのか。
 「ルドワーカ」
 唐突にエリアストはそう口にした。その名前に、取調官は目を見開く。
 「少し前に潰してやった」
 「は?」
 アーリオーリが手を出しあぐねていた裏組織。どこまで触手を伸ばしているのかわからない、全体像が掴みきれない組織だった。潜入、囮、買収など、あらゆる手段を講じても、拘束出来るのはトカゲの尻尾ばかり。この騒動、実はその組織が黒だと思っていたのだが。
 「キミは、いや、それは、本当か」
 狼狽える取調官に、エリアストは変わらず手錠を見つめたまま、淡々と答える。
 「さあ。アイツらがそう名乗っていただけだ」
 取調官は額の汗を拭う。
 「では、トップは。トップの名前は」
 「知らん」
 心底興味がなさそうにそう言った。
 「場所を教えてやる。自分で調べろ」
 詳細に語られた地理に、取調官が側のもう一人と情報を擦り合わせる。
 「地下牢にがその男だ。逃げ出していなければそこにはずだ」
 そこにあるとしたら、もう判別などつかないだろうがな。
 取調官が扉の外に声をかけ、入ってきた者に、慌ただしく指示を出す。
 「次はこの国だと思ったんだけどな」
 それを見ながら、エリアストはそう自嘲する。
 「あんなやからを放置しているこんな国など滅んでしまえ」
 その呟きを聞いた取調官は、痛ましいものを見るような目を向けた。
 「何が、キミをそこまで」
 エリアストはそれ以上何も答えなかった。



*つづく*
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