美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛

らがまふぃん

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番外編

失えないもの1

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貴族ではない、エル様とアリスの物語。


*∽*∽*∽*∽*


 「ディーゼロ。出ろ」
 檻の鍵が解かれ、鉄格子の扉が開く。
 男が読んでいた本から顔を上げて二人の看守を見た。その目は酷く面倒だと言うように、細められた。
 「面会だ」
 若い看守のその言葉に、男は再び本に視線を落とした。
 「おい、聞いているのか!」
 男が首を右に倒し、若い看守を睨んだ。看守はたじろぐ。
 「面会。私に。誰が。何の用で」
 男から抑揚のない声が発せられる。
 「行けばわかる。我々には何の情報もない。聞いても無駄だ」
 壮年の看守が答えると、男はまた本に視線を戻す。
 「貴様!」
 若い看守が男に近付こうとすると、男が椅子から立ち上がった。壮年の看守が、急ぎ若い看守を後ろに下げようと手を伸ばすが、一歩遅かった。若い看守は、男の入る牢に引きずり込まれ、壁に叩きつけられた。突然のことに受け身すら取れなかった若い看守は、ズルリと崩れ落ちた。
 「うるさい」
 舌打ちと共に吐き出された言葉に、壮年の看守は溜め息をいた。
 「刑期が延びるぞ、Dゼロ」
 「四百十三年の刑期が一年延びようが百年延びようが変わらん」
 のびた若い看守を壮年の看守に放り投げると、壮年の看守は慌てて受け止め、後ろにたたらを踏んだ。
 「違いないな。ところで年寄りは大事に扱え。腰がやられるところだ」
 「面会人を知っているな。何を期待している」
 壮年の看守はニヤリと笑った。
 「おまえがここから出たいと思うか試したいだけさ」
 「私はここの生活が気に入っている」
 「わかっている。だから、試したいって言っているんだ」
 「必要ない」
 囚人は、犯した罪によって入れられる棟が違う。
 A棟には比較的軽度の犯罪者が収監される。B棟は中度、C棟は重度となっている。囚人は番号で呼ばれ、収監された棟のアルファベットが頭につく。A棟に収監され、百番の番号を与えられたら、A100、と言った具合だ。
 あまり知られていないが、C棟には地下がある。この地下は厳重に管理され、看守さえ自由に出入りが出来ない。この地下も収監所である。ただし、C棟には収められない程の罪を犯した者が収監される。アルファベットはD。もう何十年もここに収監される者はいなかった。
 現在、ここには一人、住人がいる。
 Dには番号がないため、皆、Dゼロと呼んだ。
 「おまえ、何の罪を犯したんだった」
 冷たく睨まれ、壮年の看守は肩を竦めて見せた。
 「そう睨むな。何故わざわざこんな話をしたと思う」
 男はまさか、と言うように目を見開いた。
 「行ってみろ、面会」

………
……


 「終わったら扉の外に声をかけろ。いいな、Dゼロ」
 そう言って、壮年の看守は面会室の扉を閉めた。男の姿を確認した面会人が、立ち上がってガラスの向こうで泣きそうな顔をした。
 「ああ、お久しぶりです。お久しぶりです、エリアスト様」
 面会人は、ガラスに両手を付ける。
 「あなた様が攫われたと聞き、方々手を尽くしていたのですが所在が掴めず、申し訳ありませんでした」
 ガラスに付けた両手が握り締められ、額がガラスにぶつかる。
 「まさか五年も経って、エリアスト様の拘束を聞く羽目になろうとは、自分の不甲斐なさに会わせる顔がないとも思いました」
 面会人の目から、ボタボタと涙が落ちる。
 「ですが、どうしても、どうしても一目、お姿を見たくて、あなた様の拘束を聞いて、すぐに面会の依頼を出していたのです、エリアスト様」
 「ファナトラタ」
 エリアストは、ファナトラタの側に行った。
 「申請し続けて三年。やっと、やっと面会の許可が下りました」
 泣きながら、くしゃりと笑うファナトラタ。八年ぶりに見る彼は、だいぶ頭に白いものが混じり、皺が増えた。
 「あなた様の救出に至らず、本当に申し訳ありませんでした。何なりと、何なりと、罰を与えてください、エリアスト様」
 再びガラスに額をぶつけるファナトラタに、エリアストはく気持ちを抑え、出来るだけゆっくりと喋った。
 「よい、ファナトラタ。それより聞きたいことがある」
 三年、面会が叶わなかったと言った。刑が確定するまで面会は許されないので、二年間は仕方がないことと言えた。それに、拘束された直後では何が起こるかわからないため、許可が下りないことはわかる。だが、刑が確定してから一年だ。そして、看守が絡んでいる。飄々として食えない性格だが、一番自分に性質の人物だ。おそらく、ファナトラタの面会を調整していたのはコイツだろう。
 「はい、何でもお聞きください。わからないことはすぐに調べて参ります」
 見つめ合ってしばし。エリアストが口を開く。
 「生きて、いる、のか」
 声が、震える。それだけで、通じる。
 「タイミングが良かったと言うべきでしょう。その、ご報告も兼ねて、参りました」


-八年前-

 大富豪ディレイガルド家の邸で使用人として働くファナトラタ家は、子どもたちもある程度の年齢になると、息子のカリスは庭師の弟子となり、娘のアリスはランドリーメイドの見習いとして働いていた。使用人だからと言って、職種によっては雇用主の一家と会うことはない。アリスが働き始めて二ヶ月が経つ頃、本当に偶然、エリアストはアリスを見つけた。風で飛ばされた洗濯物を探して、本来の場所から離れたところまで探しに来ていたアリス。そこは、温室の手前の庭園であった。
 「何をしている、貴様」
 鋭い誰何すいかの声に、アリスの肩が跳ねた。
 アリスは振り返ると同時に頭を下げた。
 「申し訳ございません。わたくし、ランドリーメイド見習いのアリスと申します。風で洗濯物が飛ばされてしまい、探す内に迷い込んでしまいました。お目汚しをしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
 謝罪をするアリスに、暫くしてもそれ以上の声がかからない。興味をなくして去って行ったのだろうか。そう思い、恐る恐る顔を上げると、神の子と噂される、ディレイガルド家の嫡男、エリアストが立っていた。
 アリスは慌てて再度頭を下げる。信じられない程美しいと聞いていた。遠目で一度見たことがあるだけだったので、噂の真偽はわからないままだった。ダイヤモンドのような輝く髪に、アクアマリンのような透き通った瞳。これ程の美と人を平伏させる覇気を携えた、弱冠十歳の時期当主。これ程まで近くで見て、噂通り、美しいとは思う。だが、アリスはただただ恐ろしかった。
 「顔を、あげてくれ。おまえの、名を、教えてはくれないだろうか」
 やっと声をかけてくれた。けれどその声には、最初の険を含んだものではない、どこか怯えたような色が混じっていた。そして先程名乗ったのだが、声が小さかっただろうか。
 「は、はい。アリスと、申します。こちらでお世話になっております、ファナトラタの、娘にございます」
 そう言うと、すぐ側に人の気配を感じた。そっと頬に手を添えられ、アリスは驚きに身を固める。その手がするりと顎に移動すると、顔を上げさせられた。美しいかんばせが、とろけるような笑顔を見せた。アリスの心臓が跳ねる。
 「アリス。そう、アリス。私はエリアスト。エル、と、呼んでくれ」



*つづく*
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