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番外編
人騒がせなクピド2
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「え、どうして?」
僅かに緑がかった茶色の瞳が、不安そうに揺れる。
「私ももう二十四です。そろそろスキルアップを、と思いまして」
榛色の目が、優しく細められる。
四つ上の幼馴染みであり、子爵家の三男トノイアは、学園を卒業してすぐ、モノウの家で従僕として働いていた。爵位を継げない貴族の子どもたちは、自分で生計を立てなくてはならない。そのため、他の貴族邸で使用人などとして雇ってもらうことが多い。
「そ、それなら、ここで執事なり家令なり、目指したらいいのではないかしら」
ハルケイス家を出て、違う貴族の元に仕えると言ったトノイアに、モノウは咄嗟にそう言った。しかし、執事も家令も、後続が決まっている。モノウは、自分で言っていて現実的ではないと思ったが、本当に言いたいことは、そんなことではない。トノイアも、モノウの提案が現実的ではないことはわかっている。だから、トノイアは困ったように笑うだけだった。
「でも、その、寂しい、わ」
少し頬を赤く染め、伏し目がちに言うモノウに、トノイアは胸を高鳴らせる。だが、すぐに自分を戒める。
お嬢様は、ハルケイス家の一人娘。立派に伯爵家を盛り立ててくださる方が、婿入りしてくださる。自分ではない。分不相応な夢を見てはいけない。
「ありがとうございます、お嬢様。時々、手紙を書いてもよろしいですか?」
「もちろんよ!でも、どうしても、出ていかなくては、ダメなの?」
モノウのワガママだとわかっている。トノイアにはトノイアの人生がある。いつまでも子どものままではいられないのだ。わかってはいるのだが。
「わたくし、トノイアの気に障ることをしてしまったのかしら」
もしかしたら自分が何かをしてしまったのかもしれない。その原因を取り除けば、トノイアはここにいてくれるかもしれない。
「もしそうなら、教えて。トノイアが嫌だと感じること、しないように気を付けるわ」
「まさか!お嬢様はいつだって私に良くしてくださいました。これは、本当に私の我儘なのです」
モノウは尚も何かを言いたかったが、言葉が見つからなかった。
「そう。わかったわ。お父様に、とびきりの紹介状を、書いてもらうわね」
しばらくの逡巡の後、モノウは下手な笑顔でそう言った。
*~*~*~*~*
「ハルケイス?伯爵家の使用人が、また何で」
ディレイガルド筆頭公爵家当主ライリアストは、不思議そうに首を傾げた。
ハルケイス家は、可もなく不可もない家だ。ディレイガルドともほぼ関わりはない。
「紹介状は確認出来ました。身元もしっかりしており、勤務態度も問題ありません。本人はステップアップを望んでいるとのことですが、それに関しては偽りを述べている可能性があります」
家令ダラスからの報告に、ライリアストは少し考える。
「ハルケイスから出たい理由でもあったのかな」
「恐らく。ですが、紹介状の感じからすると、悪感情からのものではなさそうです」
「ふうん。ま、いつも通り任せるよ」
ディレイガルド家は使用人を雇うとき、必ず四人で面接をする。家令、執事、侍女頭、家政婦長の四人。採用の可否は四人に委ねられ、最終決定権は家令が持つ。そうして採用した人物に関してのみ、家人に伝える。報告が終われば、関わる使用人たちとの顔合わせ。新しい人物を邸に迎えるのだ。何かあったときに迅速に処理が出来るよう、いつでも動けるようにしている。
ダラスは一礼して去って行った。
「小物と見るべきか、何かが釣れるか。はたまた本当に純粋にここで働きたいだけなのか」
ライリアストは呟くと、エリアストを呼ぶよう従者に言った。
*つづく*
僅かに緑がかった茶色の瞳が、不安そうに揺れる。
「私ももう二十四です。そろそろスキルアップを、と思いまして」
榛色の目が、優しく細められる。
四つ上の幼馴染みであり、子爵家の三男トノイアは、学園を卒業してすぐ、モノウの家で従僕として働いていた。爵位を継げない貴族の子どもたちは、自分で生計を立てなくてはならない。そのため、他の貴族邸で使用人などとして雇ってもらうことが多い。
「そ、それなら、ここで執事なり家令なり、目指したらいいのではないかしら」
ハルケイス家を出て、違う貴族の元に仕えると言ったトノイアに、モノウは咄嗟にそう言った。しかし、執事も家令も、後続が決まっている。モノウは、自分で言っていて現実的ではないと思ったが、本当に言いたいことは、そんなことではない。トノイアも、モノウの提案が現実的ではないことはわかっている。だから、トノイアは困ったように笑うだけだった。
「でも、その、寂しい、わ」
少し頬を赤く染め、伏し目がちに言うモノウに、トノイアは胸を高鳴らせる。だが、すぐに自分を戒める。
お嬢様は、ハルケイス家の一人娘。立派に伯爵家を盛り立ててくださる方が、婿入りしてくださる。自分ではない。分不相応な夢を見てはいけない。
「ありがとうございます、お嬢様。時々、手紙を書いてもよろしいですか?」
「もちろんよ!でも、どうしても、出ていかなくては、ダメなの?」
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「わたくし、トノイアの気に障ることをしてしまったのかしら」
もしかしたら自分が何かをしてしまったのかもしれない。その原因を取り除けば、トノイアはここにいてくれるかもしれない。
「もしそうなら、教えて。トノイアが嫌だと感じること、しないように気を付けるわ」
「まさか!お嬢様はいつだって私に良くしてくださいました。これは、本当に私の我儘なのです」
モノウは尚も何かを言いたかったが、言葉が見つからなかった。
「そう。わかったわ。お父様に、とびきりの紹介状を、書いてもらうわね」
しばらくの逡巡の後、モノウは下手な笑顔でそう言った。
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「小物と見るべきか、何かが釣れるか。はたまた本当に純粋にここで働きたいだけなのか」
ライリアストは呟くと、エリアストを呼ぶよう従者に言った。
*つづく*
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