美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛

らがまふぃん

文字の大きさ
上 下
58 / 72
番外編

人騒がせなクピド2

しおりを挟む
 「え、どうして?」
 僅かに緑がかった茶色の瞳が、不安そうに揺れる。
 「私ももう二十四です。そろそろスキルアップを、と思いまして」
 はしばみ色の目が、優しく細められる。
 四つ上の幼馴染みであり、子爵家の三男トノイアは、学園を卒業してすぐ、モノウの家で従僕として働いていた。爵位を継げない貴族の子どもたちは、自分で生計を立てなくてはならない。そのため、他の貴族邸で使用人などとして雇ってもらうことが多い。
 「そ、それなら、ここで執事なり家令なり、目指したらいいのではないかしら」
 ハルケイス家を出て、違う貴族の元に仕えると言ったトノイアに、モノウは咄嗟にそう言った。しかし、執事も家令も、後続が決まっている。モノウは、自分で言っていて現実的ではないと思ったが、本当に言いたいことは、そんなことではない。トノイアも、モノウの提案が現実的ではないことはわかっている。だから、トノイアは困ったように笑うだけだった。
 「でも、その、寂しい、わ」
 少し頬を赤く染め、伏し目がちに言うモノウに、トノイアは胸を高鳴らせる。だが、すぐに自分を戒める。
 お嬢様は、ハルケイス家の一人娘。立派に伯爵家を盛り立ててくださる方が、婿入りしてくださる。自分ではない。分不相応な夢を見てはいけない。
 「ありがとうございます、お嬢様。時々、手紙を書いてもよろしいですか?」
 「もちろんよ!でも、どうしても、出ていかなくては、ダメなの?」
 モノウのワガママだとわかっている。トノイアにはトノイアの人生がある。いつまでも子どものままではいられないのだ。わかってはいるのだが。
 「わたくし、トノイアの気に障ることをしてしまったのかしら」
 もしかしたら自分が何かをしてしまったのかもしれない。その原因を取り除けば、トノイアはここにいてくれるかもしれない。
 「もしそうなら、教えて。トノイアが嫌だと感じること、しないように気を付けるわ」
 「まさか!お嬢様はいつだって私に良くしてくださいました。これは、本当に私の我儘なのです」
 モノウは尚も何かを言いたかったが、言葉が見つからなかった。
 「そう。わかったわ。お父様に、とびきりの紹介状を、書いてもらうわね」
 しばらくの逡巡の後、モノウは下手な笑顔でそう言った。

*~*~*~*~*

 「ハルケイス?伯爵家の使用人が、また何で」
 ディレイガルド筆頭公爵家当主ライリアストは、不思議そうに首を傾げた。
 ハルケイス家は、可もなく不可もない家だ。ディレイガルドともほぼ関わりはない。
 「紹介状は確認出来ました。身元もしっかりしており、勤務態度も問題ありません。本人はステップアップを望んでいるとのことですが、それに関しては偽りを述べている可能性があります」
 家令ダラスからの報告に、ライリアストは少し考える。
 「ハルケイスから出たい理由でもあったのかな」
 「恐らく。ですが、紹介状の感じからすると、悪感情からのものではなさそうです」
 「ふうん。ま、いつも通り任せるよ」
 ディレイガルド家は使用人を雇うとき、必ず四人で面接をする。家令、執事、侍女頭、家政婦長の四人。採用の可否は四人に委ねられ、最終決定権は家令が持つ。そうして採用した人物に関してのみ、家人に伝える。報告が終われば、関わる使用人たちとの顔合わせ。新しい人物を邸に迎えるのだ。何かあったときに迅速に処理が出来るよう、いつでも動けるようにしている。
 ダラスは一礼して去って行った。
 「小物と見るべきか、が釣れるか。はたまた本当に純粋にここで働きたいだけなのか」
 ライリアストは呟くと、エリアストを呼ぶよう従者に言った。



*つづく*
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

番は君なんだと言われ王宮で溺愛されています

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私ミーシャ・ラクリマ男爵令嬢は、家の借金の為コッソリと王宮でメイドとして働いています。基本は王宮内のお掃除ですが、人手が必要な時には色々な所へ行きお手伝いします。そんな中私を番だと言う人が現れた。えっ、あなたって!? 貧乏令嬢が番と幸せになるまでのすれ違いを書いていきます。 愛の花第2弾です。前の話を読んでいなくても、単体のお話として読んで頂けます。

氷の公爵と契約結婚したら、いつの間にか溺愛されていました 〜冷徹な夫が“絶対に手放さない”と言って離してくれません〜

ゆる
恋愛
「この結婚に愛は不要だ」 ——そう言い放ったのは、王国随一の冷徹な公爵・ヴァレリウス・フォン・アイゼンベルク。 辺境の子爵家の娘アドリアナ・ローランは、家の存続のために彼との政略結婚を強いられる。 冷たく距離を取る夫との結婚生活は、まるで契約のようなもの。 ——そう思っていたのに、いつの間にか状況は一変!? そんな中、アドリアナの実家ローラン子爵領で疫病が発生! 夫に頼るわけにはいかない——そう決意して故郷へ向かうが、そこには陰謀を巡らす貴族たちの罠が待ち受けていた……! 「お前は俺の妻だ。だから、もう一人で背負うな」 冷たかったはずの夫は、まるで別人のように甘くなり、時には公然と独占欲を隠さない!? 愛などない契約結婚だったはずが、いつの間にか溺愛されていました——! -

処理中です...