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エリアストとアリスの形編
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ディレイガルド邸は時々、とてもとても優しい歌声に包まれる。
エリアストの執務室で過ごすアリス。窓辺のロッキングチェアに揺られながら、アリスは子守唄を歌う。換気のために窓が開けられていると、その歌声が外に漏れ聞こえ、聞こえた者たちはしばし手を止めてうっとりと聞き入る。
不思議なことだが、アリスの歌声が聞こえる執務室の前の植物は、他の植物よりも色艶が良く、少し大きい。そして長持ちする。
若奥様の声には、植物さえも癒やす効果がある。
天使の歌声。
使用人たちの間では、そう囁かれるようになった。
*~*~*~*~*
休憩時間になると、エリアストは必ずアリスの側に膝をつく。お腹に決して負担にならないよう、アリスにはいつでも細心の注意を払う。エリアストはアリスの膝に頭を乗せ、片手でアリスの手を取りくちづけを落とす。そうしながらもう片方の手でアリスのお腹にそっと触れ、お腹の子どもたちに声をかけることが日課になっていた。
「いいな、おまえたち。しっかり母様を中から守れ。誰よりも大切な人を、守るんだ。わかったな」
いつでもエリアストは、アリスへの負担を和らげる言葉を子どもたちに言い聞かせる。すると双子は、その言葉を了承するように、アリスのお腹をトントンとノックする。いつもそうだ。偶然というには、それはあまりにも多すぎて。アリスは笑みを深める。
「本当に優しい子たちですわ。お父様の言葉を聞いて、お母様を大切にしてくださって。お母様は、なんて幸せ者なのでしょう」
アリスの言葉に、双子は喜ぶようにもこもこと動いた。
そして、その日を迎える。
「エル様」
「どうした、エルシィ」
直ぐさま机を離れ、アリスに駆け寄る。
「始まった、かも、しれません。うっ」
「医者を!」
部屋に控える侍女ルタが、すぐに客間に滞在する医師を呼びに走った。
「エルシィ、エルシィッ」
アリスの手を握り、痛みを堪えるアリスを呼び続けることしか出来ないことが、どうしようもなく歯痒い。アリスのエリアストを握る手に、力が込められる。
「は、は、える、さま」
「どうした、どうすればいい、エルシィッ」
痛みでつらい中、アリスは懸命に微笑もうとする。その姿にもまた、胸を掻き毟られる思いがした。
「手、を」
アリスの手に、さらに力が込められる。
「はなさ、ないで」
………
……
…
「エルシィ、エルシィ」
エリアストは涙を零していた。
アリスの両側に、穏やかに眠る男女の双子。
「ありがとう、ありがとう、エルシィ」
陣痛が始まってから、片時も離すことのなかった手は、今も繋がれている。繋いだその手の甲に、何度も何度もくちづけ、祈るように額に寄せ。
「エル様、ありがとうございます。お側に、ずっと付いていてくださって。ずっと、ずっと見守ってくださって、ありがとうございます」
「ああ、ああ、ありがとう、エルシィ、無事でいてくれて、この手から、私から、離れないでいてくれて、ありがとう、ありがとう。子どもを、子どもたちを、ありがとう、エルシィ」
最初の陣痛から驚くべき早さで、双子は生まれた。
「信じられません。まだまだ陣痛に耐えなくてはならない時間だというのに」
そう、医師たちも驚愕していた。初産であり双子でもあったので、より難航することが予想されており、三名の医師を滞在させていたくらいだ。
陣痛が来てから二人を出産するまでの時間が、二時間も経っていない。母子共に何事もなく、非常に穏やかな出産だったのだ。その事実に医師たちは、奇跡の出産だと称賛した。
「エルシィ、エルシィ、愛している、愛している、エルシィ」
「エル様、愛しております。エル様」
二人はただ、愛を伝え合った。
*最終話につづく*
エリアストの執務室で過ごすアリス。窓辺のロッキングチェアに揺られながら、アリスは子守唄を歌う。換気のために窓が開けられていると、その歌声が外に漏れ聞こえ、聞こえた者たちはしばし手を止めてうっとりと聞き入る。
不思議なことだが、アリスの歌声が聞こえる執務室の前の植物は、他の植物よりも色艶が良く、少し大きい。そして長持ちする。
若奥様の声には、植物さえも癒やす効果がある。
天使の歌声。
使用人たちの間では、そう囁かれるようになった。
*~*~*~*~*
休憩時間になると、エリアストは必ずアリスの側に膝をつく。お腹に決して負担にならないよう、アリスにはいつでも細心の注意を払う。エリアストはアリスの膝に頭を乗せ、片手でアリスの手を取りくちづけを落とす。そうしながらもう片方の手でアリスのお腹にそっと触れ、お腹の子どもたちに声をかけることが日課になっていた。
「いいな、おまえたち。しっかり母様を中から守れ。誰よりも大切な人を、守るんだ。わかったな」
いつでもエリアストは、アリスへの負担を和らげる言葉を子どもたちに言い聞かせる。すると双子は、その言葉を了承するように、アリスのお腹をトントンとノックする。いつもそうだ。偶然というには、それはあまりにも多すぎて。アリスは笑みを深める。
「本当に優しい子たちですわ。お父様の言葉を聞いて、お母様を大切にしてくださって。お母様は、なんて幸せ者なのでしょう」
アリスの言葉に、双子は喜ぶようにもこもこと動いた。
そして、その日を迎える。
「エル様」
「どうした、エルシィ」
直ぐさま机を離れ、アリスに駆け寄る。
「始まった、かも、しれません。うっ」
「医者を!」
部屋に控える侍女ルタが、すぐに客間に滞在する医師を呼びに走った。
「エルシィ、エルシィッ」
アリスの手を握り、痛みを堪えるアリスを呼び続けることしか出来ないことが、どうしようもなく歯痒い。アリスのエリアストを握る手に、力が込められる。
「は、は、える、さま」
「どうした、どうすればいい、エルシィッ」
痛みでつらい中、アリスは懸命に微笑もうとする。その姿にもまた、胸を掻き毟られる思いがした。
「手、を」
アリスの手に、さらに力が込められる。
「はなさ、ないで」
………
……
…
「エルシィ、エルシィ」
エリアストは涙を零していた。
アリスの両側に、穏やかに眠る男女の双子。
「ありがとう、ありがとう、エルシィ」
陣痛が始まってから、片時も離すことのなかった手は、今も繋がれている。繋いだその手の甲に、何度も何度もくちづけ、祈るように額に寄せ。
「エル様、ありがとうございます。お側に、ずっと付いていてくださって。ずっと、ずっと見守ってくださって、ありがとうございます」
「ああ、ああ、ありがとう、エルシィ、無事でいてくれて、この手から、私から、離れないでいてくれて、ありがとう、ありがとう。子どもを、子どもたちを、ありがとう、エルシィ」
最初の陣痛から驚くべき早さで、双子は生まれた。
「信じられません。まだまだ陣痛に耐えなくてはならない時間だというのに」
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「エルシィ、エルシィ、愛している、愛している、エルシィ」
「エル様、愛しております。エル様」
二人はただ、愛を伝え合った。
*最終話につづく*
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