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エリアストとアリスの形編
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アリスが出産をする予定月は、一月。とても寒い時季だ。けれど、ディレイガルド邸は春のような温度に常に保たれている。部屋と廊下の気温差もほぼない。すべて、アリスの体の負担を少しでも減らすためだ。
その一つに、数年前から社交界を席巻した生地がある。
雪の多い国で使われる生地は、とても温かい。だが、その分かさばり、生地の自由度も低いので、ドレスを作ることは出来ない。
二人で出席した初めての冬の式典で、アリスの体が冷えていることに気付いたエリアスト。焦るエリアストに微笑み、いつものことだから大丈夫だと言った。これほど冷たいのに、大丈夫なはずがない、と早速動く。
潤沢な資金で、新しい生地を開発させる。軽く、温かく、ドレスも作れる生地を。完成するまで二年もかかってしまったが、今ではこの生地は、なくてはならない社交界の必需品となった。
その生地をさらに改良し、生地の厚さはそのままに、従来の倍以上の保温性を持つものと、従来の温かさはそのままに、さらに生地の厚みを三分の二にまで薄くしたものを作った。これにより、社交界での冬のドレスはますます賑わいを見せる。
これとは別に、エリアストが領地視察からの帰り道で偶然遭遇した動物の毛皮が、ものすごく温かかった。
通りかかった人間に驚いた動物が、エリアストに襲いかかってきたのだ。それを難なく首を一突き、剣にぶら下がったままのそれを、ふと見る。
とても美しい毛皮。
エリアストは考える。
獣風情がアリスの体を包むなど、万死に値する。だが、あの時のアリスの体の冷たさにゾッとした。生地は色々と開発出来たが、より良い素材があるならそれに越したことはない。それに、この毛皮であれば、アリスの品位を損なわない。もし思うような結果にならないようであれば、母であるアイリッシュに渡せばいい。
こうしてアリスが使用する真冬用のストールが出来上がった。薄くて軽いのに、とても温かい。真珠のような、美しい艶のある毛皮のストールだった。
ちなみにこの動物は、絶滅危惧種。この世界にそのような概念はないが、とにかくものすごくレアな出会いだったのだ。
*~*~*~*~*
「アリスちゃんのお陰で、今年も温かいわね」
普段使いのドレスも、もちろん開発された生地。エリアストの母アイリッシュがほくほくと嬉しそうに、サロンでアリスの向かいに座ってお茶を口にしながらそう言った。
「ふふ。エル様が頑張ってくださったお陰です。本当にありがたいことですわ」
だいぶ大きくなったお腹を愛おしく撫でながら、アリスはほっこりと微笑む。
マタニティウエアも産まれてくる子どもたちの産着も、もちろんその生地だ。
「それにしてもアリスちゃん、本当に何ともないの?無理していないかしら?」
アイリッシュの心配は、もちろん妊娠にまつわる病気や体の不調などだ。
「ありがとうございます、お義母様。わたくし自身、本当に驚くほど妊娠前と変わりがありませんの」
慈愛の籠もった目で、自身のお腹をアリスは見つめた。
その時。
扉の外が騒がしくなった。
*つづく*
その一つに、数年前から社交界を席巻した生地がある。
雪の多い国で使われる生地は、とても温かい。だが、その分かさばり、生地の自由度も低いので、ドレスを作ることは出来ない。
二人で出席した初めての冬の式典で、アリスの体が冷えていることに気付いたエリアスト。焦るエリアストに微笑み、いつものことだから大丈夫だと言った。これほど冷たいのに、大丈夫なはずがない、と早速動く。
潤沢な資金で、新しい生地を開発させる。軽く、温かく、ドレスも作れる生地を。完成するまで二年もかかってしまったが、今ではこの生地は、なくてはならない社交界の必需品となった。
その生地をさらに改良し、生地の厚さはそのままに、従来の倍以上の保温性を持つものと、従来の温かさはそのままに、さらに生地の厚みを三分の二にまで薄くしたものを作った。これにより、社交界での冬のドレスはますます賑わいを見せる。
これとは別に、エリアストが領地視察からの帰り道で偶然遭遇した動物の毛皮が、ものすごく温かかった。
通りかかった人間に驚いた動物が、エリアストに襲いかかってきたのだ。それを難なく首を一突き、剣にぶら下がったままのそれを、ふと見る。
とても美しい毛皮。
エリアストは考える。
獣風情がアリスの体を包むなど、万死に値する。だが、あの時のアリスの体の冷たさにゾッとした。生地は色々と開発出来たが、より良い素材があるならそれに越したことはない。それに、この毛皮であれば、アリスの品位を損なわない。もし思うような結果にならないようであれば、母であるアイリッシュに渡せばいい。
こうしてアリスが使用する真冬用のストールが出来上がった。薄くて軽いのに、とても温かい。真珠のような、美しい艶のある毛皮のストールだった。
ちなみにこの動物は、絶滅危惧種。この世界にそのような概念はないが、とにかくものすごくレアな出会いだったのだ。
*~*~*~*~*
「アリスちゃんのお陰で、今年も温かいわね」
普段使いのドレスも、もちろん開発された生地。エリアストの母アイリッシュがほくほくと嬉しそうに、サロンでアリスの向かいに座ってお茶を口にしながらそう言った。
「ふふ。エル様が頑張ってくださったお陰です。本当にありがたいことですわ」
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「それにしてもアリスちゃん、本当に何ともないの?無理していないかしら?」
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「ありがとうございます、お義母様。わたくし自身、本当に驚くほど妊娠前と変わりがありませんの」
慈愛の籠もった目で、自身のお腹をアリスは見つめた。
その時。
扉の外が騒がしくなった。
*つづく*
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