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エリアストとアリスの形編
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子どもを授かる。
そんな話をして、二ヶ月。
季節は冬から春へ。
四月になり、アリス二十二歳の誕生日を迎える。
ふたり、愛し合いながら日付が変わると、エリアストはアリスに祝いを述べる。
「アリス。おめでとう、アリス。生まれてきてくれて、私に出会ってくれて、本当にありがとう、アリス」
ふたり、ひとつになるように抱き締め合った。
朝起きたとき、アリスは不思議な感覚だった。
「おはよう、エルシィ。どうした、何かあったか、エルシィ」
アリスの目覚めが、いつもと違うと感じたエリアストは、慌てて起き上がり、アリスの額に手をやり、脈を診る。体のどこかに異常がないかと、痛いところや違和感のあるところを探そうとしたところで、アリスが微笑んだ。
「エル様、エル様」
起き上がろうとしたアリスを、エリアストがそっとその体を支えて起こしてくれる。
「大丈夫か、エルシィ。つらいなら無理に起きなくていい」
体を支えたまま、心配そうにアリスを覗き込むエリアストに、アリスはニッコリと笑った。
「いいえ、エル様」
アリスはそっとお腹に手をあてた。
「エル様、子どもを、授かったように思います」
その言葉に、エリアストは止まる。
月のものは、先日来たばかりだ。子を授かるにしても、わかるのは月のものが遅れて気付くと聞いた。けれど、アリスにしかわからない何かがあるのだ。
「そう、か。そうか、アリス。アリス、アリス」
エリアストはアリスを膝の上に横抱きにすると、吐息のように掠れた声で、アリスを呼んだ。アリスの頭に埋められたエリアストから、雫が落ちてくる。
「ありがとうございます、エル様」
アリスも、頬に流れるものを止められない。エリアストの胸に、しがみつくように抱き締める。
エリアストが首を振る。
「こちらの台詞だ、アリス。ありがとう、ありがとう、アリス」
出産への恐怖は相変わらず。けれど、愛しい人への愛が、形になる。
怖いのに嬉しい。嬉しいのに、怖い。
それでも、幸せで幸せで、どうしようもなかった。
………
……
…
「エリアスト。それではアリス嬢に返って負担になるんじゃないかなあ」
懐妊を告げると、エリアストの両親は驚きと共に、とても喜んだ。だが、アリスを危険から守るためだろう、ずっとお姫様抱っこしていることに、ライリアストは遠い目をしている。
「どんな危険があるかわからないでしょう。転んだりしたらどうするのです」
人非人か貴様、というような目で睨むエリアストに、ライリアストはそっと目を逸らす。
「エリアスト。出産には体力が必要なの。日常の行動まであなたが奪ってしまったら」
アイリッシュがそこまで言うと、エリアストはアリスをそっと下ろした。アイリッシュのその先の言葉は、容易に想像がつく。
「お気遣いありがとうございます、旦那様」
せめて、と差し出されたエリアストの手を、アリスは微笑みながら取る。
「アリスちゃん、今日はお誕生日でしょう?アリスちゃんのご家族もいらっしゃることだし、素敵な報告が出来るわねえ」
アイリッシュが自分のことのように喜んでくれていることに、アリスも心がほっこりする。
「はい。ありがとうございます。それから、これまで以上に頼りにさせていただきますわ、お義母様」
「どんどん頼ってちょうだい!もう名前は考えた?産着や出産に向けた準備も調っているかしらっ」
気が早い。今朝、今し方ご懐妊が発覚したんですよね。でもお孫様ですものね。わかりますわかります。
使用人たちが生温かい目で見ている。
「名前はこれからですわ。産着や出産に向けたものもまだ、安定期に入ってからゆっくり揃えようと話しておりました」
「そうね、そうね。うふふ、楽しみだわあ。みんな、全力でアリスちゃんのサポートするから、安心して自分と子どものことだけを考えるのよ。絶対無理はダメ。ね?」
「はい。ありがとうございます。みなさんも、よろしくお願いいたします」
アリスとエリアストは、使用人含め、全員に向かって一礼した。
*つづく*
そんな話をして、二ヶ月。
季節は冬から春へ。
四月になり、アリス二十二歳の誕生日を迎える。
ふたり、愛し合いながら日付が変わると、エリアストはアリスに祝いを述べる。
「アリス。おめでとう、アリス。生まれてきてくれて、私に出会ってくれて、本当にありがとう、アリス」
ふたり、ひとつになるように抱き締め合った。
朝起きたとき、アリスは不思議な感覚だった。
「おはよう、エルシィ。どうした、何かあったか、エルシィ」
アリスの目覚めが、いつもと違うと感じたエリアストは、慌てて起き上がり、アリスの額に手をやり、脈を診る。体のどこかに異常がないかと、痛いところや違和感のあるところを探そうとしたところで、アリスが微笑んだ。
「エル様、エル様」
起き上がろうとしたアリスを、エリアストがそっとその体を支えて起こしてくれる。
「大丈夫か、エルシィ。つらいなら無理に起きなくていい」
体を支えたまま、心配そうにアリスを覗き込むエリアストに、アリスはニッコリと笑った。
「いいえ、エル様」
アリスはそっとお腹に手をあてた。
「エル様、子どもを、授かったように思います」
その言葉に、エリアストは止まる。
月のものは、先日来たばかりだ。子を授かるにしても、わかるのは月のものが遅れて気付くと聞いた。けれど、アリスにしかわからない何かがあるのだ。
「そう、か。そうか、アリス。アリス、アリス」
エリアストはアリスを膝の上に横抱きにすると、吐息のように掠れた声で、アリスを呼んだ。アリスの頭に埋められたエリアストから、雫が落ちてくる。
「ありがとうございます、エル様」
アリスも、頬に流れるものを止められない。エリアストの胸に、しがみつくように抱き締める。
エリアストが首を振る。
「こちらの台詞だ、アリス。ありがとう、ありがとう、アリス」
出産への恐怖は相変わらず。けれど、愛しい人への愛が、形になる。
怖いのに嬉しい。嬉しいのに、怖い。
それでも、幸せで幸せで、どうしようもなかった。
………
……
…
「エリアスト。それではアリス嬢に返って負担になるんじゃないかなあ」
懐妊を告げると、エリアストの両親は驚きと共に、とても喜んだ。だが、アリスを危険から守るためだろう、ずっとお姫様抱っこしていることに、ライリアストは遠い目をしている。
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「エリアスト。出産には体力が必要なの。日常の行動まであなたが奪ってしまったら」
アイリッシュがそこまで言うと、エリアストはアリスをそっと下ろした。アイリッシュのその先の言葉は、容易に想像がつく。
「お気遣いありがとうございます、旦那様」
せめて、と差し出されたエリアストの手を、アリスは微笑みながら取る。
「アリスちゃん、今日はお誕生日でしょう?アリスちゃんのご家族もいらっしゃることだし、素敵な報告が出来るわねえ」
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「はい。ありがとうございます。それから、これまで以上に頼りにさせていただきますわ、お義母様」
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「そうね、そうね。うふふ、楽しみだわあ。みんな、全力でアリスちゃんのサポートするから、安心して自分と子どものことだけを考えるのよ。絶対無理はダメ。ね?」
「はい。ありがとうございます。みなさんも、よろしくお願いいたします」
アリスとエリアストは、使用人含め、全員に向かって一礼した。
*つづく*
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