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エリアストとアリスの形編
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命を懸けて、命を生み出す出産。
アリスの望みを叶えたい。けれど、アリスを失えない。だからと言って、ずっと誤魔化し続けることだって出来ない。
「エルシィ、お願いだ。約束して欲しい」
寝室で、アリスの両手をエリアストの両手が包む。その目は、どこかつらそうだ。
「残酷なことを今から言う。けれど、私は」
アリスを握る手に力が入ると、アリスが、穏やかに微笑んだ。そして、まさかアリスの口から、エリアストを代弁するような言葉。
「エル様。わかっております。わたくしの我儘を聞き入れようとしてくださって、ありがとうございます。子どもを優先させて、とは申しません」
「エルシィ」
エリアストは驚きに目を見開く。アリスは尚も穏やかに微笑んだままだ。
「けれど、どうしても、わたくしは助からない、子どもだけなら、となってしまったら」
「私も共に逝くことを許してくれ、エルシィ」
被せるように言ってしまった独り善がりな言葉に、エリアストは自身を責めるように苦しそうな表情を浮かべた。
私の小ささに呆れるだろうか。父親になる覚悟が足りないと、怒られるだろうか。
そう瞬時に思うも、取り消すことは出来なかった。
けれどアリスは、
「はい。共に、参りましょう、エル様」
そう、言った。
エリアストは、信じられなかった。何を言われたのか。都合の良い幻聴が聞こえたのではないか。そんな思いでアリスを見る。するとアリスは、握るエリアストの手に、頬をすり寄せてくれた。
「わたくしは、悪い母ですね。愛する子どもから、父親まで奪ってしまうのですから」
その言葉に、聞き間違いではないと知る。
私は、エルシィと共にあれるのだ。エルシィ、エルシィ。
エリアストはアリスの額に、自分の額を合わせた。信じられないほどの幸せが、エリアストを満たす。
「違う。私が、エルシィがいないと生きていけない私が悪いのだ」
喜びで、声が震える。
「すまない。エルシィの分まで、子どもを大切に育てると言えなくて、すまない、エルシィ」
二人は、抱き締め合って眠った。
子どもに関する誓いを立てた朝。
ひどく満ち足りた心地で目覚めると、とても珍しいことに、エリアストがまだ目覚めていなかった。
いつもアリスより後に眠り、先に起きているエリアスト。目覚めはいつだって、とびきり優しい春の空の瞳に見つめられていた。
エリアストは、あの誓いに余程安堵したのだろう。
抱える憂いが晴れたとき、エリアストはいつもより少しだけ長く眠る。
滅多に見られない寝顔を幸せいっぱいに見つめながら、アリスは叶えられた願いに満足そうに微笑んだ。
わたくしに与えてばかりのエル様。
エル様は、わたくしの望みをすべて叶えてくださる。
わたくしが子どもを望んでいることもわかってくださっている。それ故、悩ませてしまっていることを、わたくしもわかっているのです。
エル様、きっとエル様は気付いていないでしょう。
わたくしも、同じ気持ちだと、気付いていない。
わたくしは、エル様のいない世界では存在出来ないのだと。
だから、魂だけの世界に行くことになったら、お願いです。
どうか、一緒に。
*つづく*
アリスの望みを叶えたい。けれど、アリスを失えない。だからと言って、ずっと誤魔化し続けることだって出来ない。
「エルシィ、お願いだ。約束して欲しい」
寝室で、アリスの両手をエリアストの両手が包む。その目は、どこかつらそうだ。
「残酷なことを今から言う。けれど、私は」
アリスを握る手に力が入ると、アリスが、穏やかに微笑んだ。そして、まさかアリスの口から、エリアストを代弁するような言葉。
「エル様。わかっております。わたくしの我儘を聞き入れようとしてくださって、ありがとうございます。子どもを優先させて、とは申しません」
「エルシィ」
エリアストは驚きに目を見開く。アリスは尚も穏やかに微笑んだままだ。
「けれど、どうしても、わたくしは助からない、子どもだけなら、となってしまったら」
「私も共に逝くことを許してくれ、エルシィ」
被せるように言ってしまった独り善がりな言葉に、エリアストは自身を責めるように苦しそうな表情を浮かべた。
私の小ささに呆れるだろうか。父親になる覚悟が足りないと、怒られるだろうか。
そう瞬時に思うも、取り消すことは出来なかった。
けれどアリスは、
「はい。共に、参りましょう、エル様」
そう、言った。
エリアストは、信じられなかった。何を言われたのか。都合の良い幻聴が聞こえたのではないか。そんな思いでアリスを見る。するとアリスは、握るエリアストの手に、頬をすり寄せてくれた。
「わたくしは、悪い母ですね。愛する子どもから、父親まで奪ってしまうのですから」
その言葉に、聞き間違いではないと知る。
私は、エルシィと共にあれるのだ。エルシィ、エルシィ。
エリアストはアリスの額に、自分の額を合わせた。信じられないほどの幸せが、エリアストを満たす。
「違う。私が、エルシィがいないと生きていけない私が悪いのだ」
喜びで、声が震える。
「すまない。エルシィの分まで、子どもを大切に育てると言えなくて、すまない、エルシィ」
二人は、抱き締め合って眠った。
子どもに関する誓いを立てた朝。
ひどく満ち足りた心地で目覚めると、とても珍しいことに、エリアストがまだ目覚めていなかった。
いつもアリスより後に眠り、先に起きているエリアスト。目覚めはいつだって、とびきり優しい春の空の瞳に見つめられていた。
エリアストは、あの誓いに余程安堵したのだろう。
抱える憂いが晴れたとき、エリアストはいつもより少しだけ長く眠る。
滅多に見られない寝顔を幸せいっぱいに見つめながら、アリスは叶えられた願いに満足そうに微笑んだ。
わたくしに与えてばかりのエル様。
エル様は、わたくしの望みをすべて叶えてくださる。
わたくしが子どもを望んでいることもわかってくださっている。それ故、悩ませてしまっていることを、わたくしもわかっているのです。
エル様、きっとエル様は気付いていないでしょう。
わたくしも、同じ気持ちだと、気付いていない。
わたくしは、エル様のいない世界では存在出来ないのだと。
だから、魂だけの世界に行くことになったら、お願いです。
どうか、一緒に。
*つづく*
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