36 / 72
レイガード新王即位編
9
しおりを挟む
残酷な表現があるので、苦手な方はお控えください。
*∽*∽*∽*∽*
何が起きたのか。さっぱりわからず、ワリアロントの面々は茫然とする。
「ちょ、小公爵様?!僕の」
息子も吹っ飛んだ。息子は噴水の縁に強か背中を打ちつけ、気を失った。夫人も気付けば噴水の側に転がっており、全身の痛みに呻く。エリアストは、腰を抜かしてへたり込んでいる当主の胸ぐらを掴み上げる。
恐ろしいまでの美貌が、殺意を込めた目で見ている。
当主は泡を吹いて気を失った。そんな当主もぶん投げると、先に噴水に落ちていた嫁を巻き込んで、当主も噴水へと落ちた。
エリアストが右手を差し出すと、いつの間にか側にいた護衛が剣を渡す。その柄を握ると、護衛の手からそのまま剣を抜いた。
噴水に近付くと、夫人は引き攣った悲鳴を上げて逃げようとするが、痛みと恐怖で体が動かない。エリアストは転がる息子を蹴り上げる。上手い具合に噴水の縁に寄りかかるように座った形になって覚醒した息子は、まったく状況が把握出来ないまま痛みと吐き気に呻いていると、何かが顔の右側を掠めた。間を置かず、左側も。あまりに一瞬の出来事で、何もわからないまま息子はキョロキョロとした。隣で大きく口を開けて震える母親が見える。何かを言っているようだが、殆ど声にならないようだ。
生温かいものが、耳の辺りから伝ってきた。
「え?」
それに触れた手を見た息子が、困惑の声を漏らす。
「な、に?」
血だ。自分の両側から流れ続けている。
ふと、今更ながら、目の前の影に気付いて顔を上げる。
「ひっ?!」
表情のない美貌が、殺気を隠しもしない視線を向けていた。その殺気を向けられ、息子は泡を吹いて再び意識を失った。
エリアストが噴水の中の女を見る。女はカチカチと、歯の根が合わないほど震えている。女は、目の前の恐怖に竦んで動けない。
こんなはずではなかった。
女の目から、知らず涙が溢れている。
彼を怒らせるなんて、本当にそんなつもりではなかったのだ。ただ、美しい彼を、自分のものにしたかった。格下の女、それも貧相な体の女が手に入れられたのだ。自分が手に入れられないはずがない。誰もが羨み、誰もが称賛する、磨き上げられた美貌の自分を、欲しがらないはずがない。美しい彼も、自分を欲しいと思うに決まっている。だから、いつも通りのことをした。いつもと違ったのは、旦那が、美しい彼の、彼に相応しくない分不相応な図々しい妻に興味を持ったこと。自分のモノが、自分以下のモノに興味を持つなんてあり得ない。酷くプライドが傷つけられた。苛立ちをぶつけるように女を見た。それだけなのに。
月に照らされ、冴え冴えとした殺意を纏うエリアスト。手に握る剣が、月の光で妖しく光る。切っ先が濡れた艶を放つのは、先程の行い故。息子は痛みに気付く間もなく、再び気を失っている。嫁はゆるゆると首を振る。
「や、ぃや、こないで」
エリアストの右手が動いた。
辺りに悲鳴が響く。噴水の水が赤く染まっていく。嫁の右眼からボタボタと血が落ちる。痛みからのたうち回りたいが、水の中にいるためままならない。水から出ようと、水を含んでより重くなったドレスに阻まれながら藻掻く。僅か数歩分が、異様に遠い。それでも何とか縁にしがみつく。安堵も束の間、嫁に影が射す。恐る恐る見上げると、剣の切っ先が、真っ直ぐ落ちてきた。
噴水の縁にかけられた手が、甲側から剣を突き立てられ、縁に縫い止められた。不思議と手の痛みはなかった。右眼の痛みが酷い。そちらに意識が集中し、手への感覚が麻痺しているのだろう。だが、手に剣を突き立てられている現実が、片眼の視界に入っている。
嫁はパニックを起こし、手を抜こうと滅茶苦茶に動かした。予想に反して、手はスルリと解放された。
「え?」
安堵も束の間、嫁は自分の手が、人差し指と親指の間の肉が辛うじてくっついている状態でぶら下がっていることに、首を傾げた。
これは、何かしら。
*つづく*
*∽*∽*∽*∽*
何が起きたのか。さっぱりわからず、ワリアロントの面々は茫然とする。
「ちょ、小公爵様?!僕の」
息子も吹っ飛んだ。息子は噴水の縁に強か背中を打ちつけ、気を失った。夫人も気付けば噴水の側に転がっており、全身の痛みに呻く。エリアストは、腰を抜かしてへたり込んでいる当主の胸ぐらを掴み上げる。
恐ろしいまでの美貌が、殺意を込めた目で見ている。
当主は泡を吹いて気を失った。そんな当主もぶん投げると、先に噴水に落ちていた嫁を巻き込んで、当主も噴水へと落ちた。
エリアストが右手を差し出すと、いつの間にか側にいた護衛が剣を渡す。その柄を握ると、護衛の手からそのまま剣を抜いた。
噴水に近付くと、夫人は引き攣った悲鳴を上げて逃げようとするが、痛みと恐怖で体が動かない。エリアストは転がる息子を蹴り上げる。上手い具合に噴水の縁に寄りかかるように座った形になって覚醒した息子は、まったく状況が把握出来ないまま痛みと吐き気に呻いていると、何かが顔の右側を掠めた。間を置かず、左側も。あまりに一瞬の出来事で、何もわからないまま息子はキョロキョロとした。隣で大きく口を開けて震える母親が見える。何かを言っているようだが、殆ど声にならないようだ。
生温かいものが、耳の辺りから伝ってきた。
「え?」
それに触れた手を見た息子が、困惑の声を漏らす。
「な、に?」
血だ。自分の両側から流れ続けている。
ふと、今更ながら、目の前の影に気付いて顔を上げる。
「ひっ?!」
表情のない美貌が、殺気を隠しもしない視線を向けていた。その殺気を向けられ、息子は泡を吹いて再び意識を失った。
エリアストが噴水の中の女を見る。女はカチカチと、歯の根が合わないほど震えている。女は、目の前の恐怖に竦んで動けない。
こんなはずではなかった。
女の目から、知らず涙が溢れている。
彼を怒らせるなんて、本当にそんなつもりではなかったのだ。ただ、美しい彼を、自分のものにしたかった。格下の女、それも貧相な体の女が手に入れられたのだ。自分が手に入れられないはずがない。誰もが羨み、誰もが称賛する、磨き上げられた美貌の自分を、欲しがらないはずがない。美しい彼も、自分を欲しいと思うに決まっている。だから、いつも通りのことをした。いつもと違ったのは、旦那が、美しい彼の、彼に相応しくない分不相応な図々しい妻に興味を持ったこと。自分のモノが、自分以下のモノに興味を持つなんてあり得ない。酷くプライドが傷つけられた。苛立ちをぶつけるように女を見た。それだけなのに。
月に照らされ、冴え冴えとした殺意を纏うエリアスト。手に握る剣が、月の光で妖しく光る。切っ先が濡れた艶を放つのは、先程の行い故。息子は痛みに気付く間もなく、再び気を失っている。嫁はゆるゆると首を振る。
「や、ぃや、こないで」
エリアストの右手が動いた。
辺りに悲鳴が響く。噴水の水が赤く染まっていく。嫁の右眼からボタボタと血が落ちる。痛みからのたうち回りたいが、水の中にいるためままならない。水から出ようと、水を含んでより重くなったドレスに阻まれながら藻掻く。僅か数歩分が、異様に遠い。それでも何とか縁にしがみつく。安堵も束の間、嫁に影が射す。恐る恐る見上げると、剣の切っ先が、真っ直ぐ落ちてきた。
噴水の縁にかけられた手が、甲側から剣を突き立てられ、縁に縫い止められた。不思議と手の痛みはなかった。右眼の痛みが酷い。そちらに意識が集中し、手への感覚が麻痺しているのだろう。だが、手に剣を突き立てられている現実が、片眼の視界に入っている。
嫁はパニックを起こし、手を抜こうと滅茶苦茶に動かした。予想に反して、手はスルリと解放された。
「え?」
安堵も束の間、嫁は自分の手が、人差し指と親指の間の肉が辛うじてくっついている状態でぶら下がっていることに、首を傾げた。
これは、何かしら。
*つづく*
45
お気に入りに追加
327
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

はずれのわたしで、ごめんなさい。
ふまさ
恋愛
姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。
婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。
こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。
そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。
番は君なんだと言われ王宮で溺愛されています
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私ミーシャ・ラクリマ男爵令嬢は、家の借金の為コッソリと王宮でメイドとして働いています。基本は王宮内のお掃除ですが、人手が必要な時には色々な所へ行きお手伝いします。そんな中私を番だと言う人が現れた。えっ、あなたって!?
貧乏令嬢が番と幸せになるまでのすれ違いを書いていきます。
愛の花第2弾です。前の話を読んでいなくても、単体のお話として読んで頂けます。

氷の公爵と契約結婚したら、いつの間にか溺愛されていました 〜冷徹な夫が“絶対に手放さない”と言って離してくれません〜
ゆる
恋愛
「この結婚に愛は不要だ」
——そう言い放ったのは、王国随一の冷徹な公爵・ヴァレリウス・フォン・アイゼンベルク。
辺境の子爵家の娘アドリアナ・ローランは、家の存続のために彼との政略結婚を強いられる。
冷たく距離を取る夫との結婚生活は、まるで契約のようなもの。
——そう思っていたのに、いつの間にか状況は一変!?
そんな中、アドリアナの実家ローラン子爵領で疫病が発生!
夫に頼るわけにはいかない——そう決意して故郷へ向かうが、そこには陰謀を巡らす貴族たちの罠が待ち受けていた……!
「お前は俺の妻だ。だから、もう一人で背負うな」
冷たかったはずの夫は、まるで別人のように甘くなり、時には公然と独占欲を隠さない!?
愛などない契約結婚だったはずが、いつの間にか溺愛されていました——!
-

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる