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レイガード新王即位編
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エリアストとアリスは、月明かりに誘われ、庭園の散歩に出ていた。
季節は初夏とはいえ、夜は肌寒い日もある。今日は肌寒さは感じないが、極薄手のストールはあった方がいい。
「エルシィ、寒くないか」
少し首元が開いていたので、エリアストはストールを苦しくないようしっかり合わせ、自身のピンタイプのカフスボタンを合わせ目に留めて微笑む。
「ありがとうございます、エル様」
アリスもほんわり笑うと、エリアストはアリスを抱き寄せ顔中にくちづけた。照れて真っ赤なアリスの腰を抱きながら、髪にくちづけを落としつつ再び散歩を開始する。
春の花はすべて落とされ、夏の花へと以降の最中。花の代わりに篝火が等間隔に配置され、炎に揺らめく庭園が、幻想的な演出で賑わう。
少し歩くと、噴水に出た。その側には、二組の男女がいた。親子のようだ。
この先のガゼボに行く予定のため、エリアストは避けるようにワザと噴水を大回りする。
しかし親子はエリアストたちに気付くと、なんと話しかけてきた。話しかけるな、という無言の意思表示に気付かないはずがないというのに。
「ディレイガルド小公爵様でいらっしゃいますわよね。少々よろしいかしら」
レイガードの式典に参列してもらっている招待客だ。例え相手が自分より爵位が下でも、無碍には出来ない。
通常であれば。
エリアストは一瞬だけ視線を向けるが、足を止めることはなかった。
「あの、ディレイガルド小公爵様、少しお話をさせていただきたいのです!」
「ね、わたくしたち、ワリアロント侯爵家ですのよ、大国カーレインド王国の。ご存知でしょう?」
ワリアロント侯爵家。金、銀、ダイヤモンド鉱山を持つ、世界屈指の大富豪だ。当主はその肩書きに似つかわしくないほど、気の弱そうな男だ。夫人の後ろでおろおろと落ち着きがない。夫人はすべてが自分の意のままになると思っている。息子は世間知らずで、その妻は権力を笠に着て横暴に振る舞うタイプのようだ。
当主は鉱山の性質上、よくこういった式典に招かれる。そして当主の性格上、夫妻で招待されることが多い。実質、夫人がワリアロント侯爵家を仕切っているからだ。そして夫人は、息子を溺愛しており、その息子は妻にベタ惚れ。故に、ワリアロント家は家族で行動することが殆どだ。
「ねえ、ディレイガルド小公爵様?わたくしとお話をする価値は、充分にあるのではなくて?」
エリアストたちの行く手を遮るように、夫人が前に回り込む。
「本当、噂通り、いえ、それ以上に美しいわ。女のわたくしでも嫉妬してしまいそうよ?」
夫人はいやらしい笑みを浮かべる。当主はやはりおろおろとしているだけだ。
「まあいやだ。お義母様ったら。いい歳してみっともないこと」
嫁も近付いて来た。
嫁姑の仲は、気持ちの相関図からお察しである。
「あら、あなたは自分の格好を鏡で見たことがないのかしら。その言葉、そっくりそのままお返しするわ。いえ、娼婦のようではしたない、かしらね」
「お義母様にはもうムリですものね、こういったドレスは。ああ、最初からムリでしたかしら。ごめんなさいね?」
怒りに震える夫人を余所に、妖艶な笑みを浮かべた嫁が、自身のデコルテに指を滑らせる。
「ね、ディレイガルド小公爵様、少し二人きりでお話しませんこと?とってもイイコトがあるかもしれなくてよ?」
そして、チラ、とアリスを見た。
「わたくし、小公爵様と仲良くお話をさせていただきたいですわ」
どれだけ息子が嫁に惚れ込んでいても、嫁は息子をいいように使うだけ。嫁は息子が継ぐ財産にしか興味がない。息子もそれをわかっていて、手放せない。はずなのに。
「小公爵夫人は僕と話そうよ。あなたの声、なんて素敵なんだ。ね、いいよね」
息子が嫁の後ろから進み出てきた。
嫁にベタ惚れのはずなのに、今はアリスの声に惹かれてやまない。
息子の発言に、嫁はピクリと眉を動かす。いくら興味がないとは言っても、自分に向けていたものが他に向くのは面白くない。況して、格下が相手なら尚更だ。
「公爵の娘であったわたくしに、今まで以上の贅沢をさせるからとわたくしを望んだのよね。それが何?」
アリスを蔑むように見た。
「たかが伯爵家出身のこんな」
女に靡いて。
そう続くはずだった。
数メートルは離れていたはずの噴水に、ワリアロントの嫁は落ちていた。
「誰にそんな目を向けている」
*つづく*
カフスボタンは、ピンタイプのものがあるかどうかわかりませんが、とりあえず特注品です。スナップタイプというものの、ボタンではなくピンになったものだと想像していただければ。実は、あらゆるものを武器として身に付けているディレイガルド家。こんな風に役立つこともあるという一例でした。
季節は初夏とはいえ、夜は肌寒い日もある。今日は肌寒さは感じないが、極薄手のストールはあった方がいい。
「エルシィ、寒くないか」
少し首元が開いていたので、エリアストはストールを苦しくないようしっかり合わせ、自身のピンタイプのカフスボタンを合わせ目に留めて微笑む。
「ありがとうございます、エル様」
アリスもほんわり笑うと、エリアストはアリスを抱き寄せ顔中にくちづけた。照れて真っ赤なアリスの腰を抱きながら、髪にくちづけを落としつつ再び散歩を開始する。
春の花はすべて落とされ、夏の花へと以降の最中。花の代わりに篝火が等間隔に配置され、炎に揺らめく庭園が、幻想的な演出で賑わう。
少し歩くと、噴水に出た。その側には、二組の男女がいた。親子のようだ。
この先のガゼボに行く予定のため、エリアストは避けるようにワザと噴水を大回りする。
しかし親子はエリアストたちに気付くと、なんと話しかけてきた。話しかけるな、という無言の意思表示に気付かないはずがないというのに。
「ディレイガルド小公爵様でいらっしゃいますわよね。少々よろしいかしら」
レイガードの式典に参列してもらっている招待客だ。例え相手が自分より爵位が下でも、無碍には出来ない。
通常であれば。
エリアストは一瞬だけ視線を向けるが、足を止めることはなかった。
「あの、ディレイガルド小公爵様、少しお話をさせていただきたいのです!」
「ね、わたくしたち、ワリアロント侯爵家ですのよ、大国カーレインド王国の。ご存知でしょう?」
ワリアロント侯爵家。金、銀、ダイヤモンド鉱山を持つ、世界屈指の大富豪だ。当主はその肩書きに似つかわしくないほど、気の弱そうな男だ。夫人の後ろでおろおろと落ち着きがない。夫人はすべてが自分の意のままになると思っている。息子は世間知らずで、その妻は権力を笠に着て横暴に振る舞うタイプのようだ。
当主は鉱山の性質上、よくこういった式典に招かれる。そして当主の性格上、夫妻で招待されることが多い。実質、夫人がワリアロント侯爵家を仕切っているからだ。そして夫人は、息子を溺愛しており、その息子は妻にベタ惚れ。故に、ワリアロント家は家族で行動することが殆どだ。
「ねえ、ディレイガルド小公爵様?わたくしとお話をする価値は、充分にあるのではなくて?」
エリアストたちの行く手を遮るように、夫人が前に回り込む。
「本当、噂通り、いえ、それ以上に美しいわ。女のわたくしでも嫉妬してしまいそうよ?」
夫人はいやらしい笑みを浮かべる。当主はやはりおろおろとしているだけだ。
「まあいやだ。お義母様ったら。いい歳してみっともないこと」
嫁も近付いて来た。
嫁姑の仲は、気持ちの相関図からお察しである。
「あら、あなたは自分の格好を鏡で見たことがないのかしら。その言葉、そっくりそのままお返しするわ。いえ、娼婦のようではしたない、かしらね」
「お義母様にはもうムリですものね、こういったドレスは。ああ、最初からムリでしたかしら。ごめんなさいね?」
怒りに震える夫人を余所に、妖艶な笑みを浮かべた嫁が、自身のデコルテに指を滑らせる。
「ね、ディレイガルド小公爵様、少し二人きりでお話しませんこと?とってもイイコトがあるかもしれなくてよ?」
そして、チラ、とアリスを見た。
「わたくし、小公爵様と仲良くお話をさせていただきたいですわ」
どれだけ息子が嫁に惚れ込んでいても、嫁は息子をいいように使うだけ。嫁は息子が継ぐ財産にしか興味がない。息子もそれをわかっていて、手放せない。はずなのに。
「小公爵夫人は僕と話そうよ。あなたの声、なんて素敵なんだ。ね、いいよね」
息子が嫁の後ろから進み出てきた。
嫁にベタ惚れのはずなのに、今はアリスの声に惹かれてやまない。
息子の発言に、嫁はピクリと眉を動かす。いくら興味がないとは言っても、自分に向けていたものが他に向くのは面白くない。況して、格下が相手なら尚更だ。
「公爵の娘であったわたくしに、今まで以上の贅沢をさせるからとわたくしを望んだのよね。それが何?」
アリスを蔑むように見た。
「たかが伯爵家出身のこんな」
女に靡いて。
そう続くはずだった。
数メートルは離れていたはずの噴水に、ワリアロントの嫁は落ちていた。
「誰にそんな目を向けている」
*つづく*
カフスボタンは、ピンタイプのものがあるかどうかわかりませんが、とりあえず特注品です。スナップタイプというものの、ボタンではなくピンになったものだと想像していただければ。実は、あらゆるものを武器として身に付けているディレイガルド家。こんな風に役立つこともあるという一例でした。
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