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夢幻の住人編
幕間
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「ずっと、ずっと待っていたのに」
ビゲッシュ家が繋がれた部屋に、茫然と呟く声がする。
「おまえは、何を言っているんだっ」
目隠しをされて連れて来られたその日。この場所が、王城のどこにあるかはわからない。けれど、これからのことは、容易に想像出来る。
苛立ちに、どこか憐憫を含む声で長男が次男を睨む。だが次男は、ただ俯き、どうして、と繰り返している。
「無駄だ。やめておけ。体力を消耗するだけだぞ」
伯爵の言葉に、長男は悔しそうに唇を噛む。
「何が、何がおまえをそんな風にしてしまったの。何故、おまえは、そんな子に」
「僕は待っていただけだ」
伯爵夫人の嘆きに、突然次男が返事をした。三人は次男を見る。
「僕は、僕の真実がわかる人を探していた」
「真、実?」
長男の呟きを、次男はバカにしたように鼻で嗤う。
「一緒に暮らしていてさえこれだ。本当の僕を理解出来ないんだから。アリス様はすぐに気付いてくれたよ。その上で、これ以上僕が悪意に晒されないよう守ってくれた。僕の天使なんだ」
三人は意味がわからなかった。
「いつも僕が隅にいて目立たないようにしていたのは何故だかわかるかい?」
大きめの体を丸めて、出来るだけ目立たないように。
「まあ、本当はさ、そんな隅に縮こまっているような、縮こまっていていい人間じゃないけれど、優秀な人間というのは妬まれるからね」
何かを得意気に語り出した。
「自分たちのデキが悪いことが悪いのに、集団になっていることで心が大きくなるのか、得意気に優秀な者をいたぶるんだ。何を言われても反論をしないのは、機を見ているだけだというのに、何を勘違いしているのか、怯えて何も言えない臆病者だと嗤ってさ」
何やら歪んだ笑みを零しながら、次男は語る。
「だけど、本当は僕に認めて欲しいから、そうやっていつも突っかかってくることを僕は知っているんだよ」
最初、三人は誰の話をしているのかわからなかった。どうやら、次男自身のことを言っているらしいと気付くと、ひどく残念な者を見ている気持ちになった。
「まあ仕方がないよね。だって僕は特別なんだ。僕は特別だから、特別な出会いをして、特別な人生を歩む。特別な人が僕を見れば、特別だとわかる。だからそれまでの辛抱だ、ってね」
「先程から言っている、その特別とは、何なのだ。一体おまえの、何が特別だというのか」
伯爵の言葉に、次男は呆れたような溜め息を吐いた。
「父上は凡人だから、わからないのも無理はないか。特別は特別なんだけど、説明は難しいかな。特別同士にしかわからないから。まあ、僕のことをわかってくれる人をあげるなら――」
なるほど、つまり、やはり彼は、夢幻の住人であったか。
彼が名をあげ連ねた人物は、他国にも名の知れ渡るほど優秀な人物たち。武であれ文であれ、突出して秀でたもののある、有能な人物たち。
三人は目配せをし合い、首を振った。
これは、無理だ。
彼は、そんな人たちと比肩していると思っている。才ある者たちと同等であり、ともすれば、自分の方が上であると思っている。
真実の姿?そんなものあるはずがない。おまえはそのまんま。自分を甘やかしてばかりいるための見た目となり、他人の悪いところにばかり目を向けて批判し、優秀な人の意見をさも自分のもののように振る舞い、あたかも優秀な人たちの仲間入りをしているという錯覚。
真実が見えていないのは周りではない。
おまえだ。
いや、そうだな。確かに自分たちも見えていなかった。故に、今がある。
「すまなかったな、おまえたち」
「父上が謝ることではありません。私たちは、同罪です」
「あなたの未来を潰してしまったお母様を赦してちょうだい」
「何を仰います、母上。親子三人、ゆっくり語らう時間が出来て良かったではないですか。さあ、語りましょう。心ゆくまで」
*つづく*
ビゲッシュ家が繋がれた部屋に、茫然と呟く声がする。
「おまえは、何を言っているんだっ」
目隠しをされて連れて来られたその日。この場所が、王城のどこにあるかはわからない。けれど、これからのことは、容易に想像出来る。
苛立ちに、どこか憐憫を含む声で長男が次男を睨む。だが次男は、ただ俯き、どうして、と繰り返している。
「無駄だ。やめておけ。体力を消耗するだけだぞ」
伯爵の言葉に、長男は悔しそうに唇を噛む。
「何が、何がおまえをそんな風にしてしまったの。何故、おまえは、そんな子に」
「僕は待っていただけだ」
伯爵夫人の嘆きに、突然次男が返事をした。三人は次男を見る。
「僕は、僕の真実がわかる人を探していた」
「真、実?」
長男の呟きを、次男はバカにしたように鼻で嗤う。
「一緒に暮らしていてさえこれだ。本当の僕を理解出来ないんだから。アリス様はすぐに気付いてくれたよ。その上で、これ以上僕が悪意に晒されないよう守ってくれた。僕の天使なんだ」
三人は意味がわからなかった。
「いつも僕が隅にいて目立たないようにしていたのは何故だかわかるかい?」
大きめの体を丸めて、出来るだけ目立たないように。
「まあ、本当はさ、そんな隅に縮こまっているような、縮こまっていていい人間じゃないけれど、優秀な人間というのは妬まれるからね」
何かを得意気に語り出した。
「自分たちのデキが悪いことが悪いのに、集団になっていることで心が大きくなるのか、得意気に優秀な者をいたぶるんだ。何を言われても反論をしないのは、機を見ているだけだというのに、何を勘違いしているのか、怯えて何も言えない臆病者だと嗤ってさ」
何やら歪んだ笑みを零しながら、次男は語る。
「だけど、本当は僕に認めて欲しいから、そうやっていつも突っかかってくることを僕は知っているんだよ」
最初、三人は誰の話をしているのかわからなかった。どうやら、次男自身のことを言っているらしいと気付くと、ひどく残念な者を見ている気持ちになった。
「まあ仕方がないよね。だって僕は特別なんだ。僕は特別だから、特別な出会いをして、特別な人生を歩む。特別な人が僕を見れば、特別だとわかる。だからそれまでの辛抱だ、ってね」
「先程から言っている、その特別とは、何なのだ。一体おまえの、何が特別だというのか」
伯爵の言葉に、次男は呆れたような溜め息を吐いた。
「父上は凡人だから、わからないのも無理はないか。特別は特別なんだけど、説明は難しいかな。特別同士にしかわからないから。まあ、僕のことをわかってくれる人をあげるなら――」
なるほど、つまり、やはり彼は、夢幻の住人であったか。
彼が名をあげ連ねた人物は、他国にも名の知れ渡るほど優秀な人物たち。武であれ文であれ、突出して秀でたもののある、有能な人物たち。
三人は目配せをし合い、首を振った。
これは、無理だ。
彼は、そんな人たちと比肩していると思っている。才ある者たちと同等であり、ともすれば、自分の方が上であると思っている。
真実の姿?そんなものあるはずがない。おまえはそのまんま。自分を甘やかしてばかりいるための見た目となり、他人の悪いところにばかり目を向けて批判し、優秀な人の意見をさも自分のもののように振る舞い、あたかも優秀な人たちの仲間入りをしているという錯覚。
真実が見えていないのは周りではない。
おまえだ。
いや、そうだな。確かに自分たちも見えていなかった。故に、今がある。
「すまなかったな、おまえたち」
「父上が謝ることではありません。私たちは、同罪です」
「あなたの未来を潰してしまったお母様を赦してちょうだい」
「何を仰います、母上。親子三人、ゆっくり語らう時間が出来て良かったではないですか。さあ、語りましょう。心ゆくまで」
*つづく*
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