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アリスデビュタント編
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ディレイガルドを怒らせ、王家管轄の僻地へ送られた、王女サーフィア。
共に送られたサーフィア付きの女官マージから、定期報告は受け取っていた。
僻地行きとなったときは、エリアストから受けた非道に心を壊していたが、マージの献身的なケアにより、徐々に自分を取り戻していっていたようだ。王都の地を二度と踏めないため、こちらから出向かない限り会うことは叶わない。冷たいようだが、サーフィアの元へ様子を見に行ったことはないし、これから行くこともないだろう。そのため、サーフィアの様子を知るのは、マージからの定期報告のみ。
「ディレイガルドを怒らせるとは、こういうことなのだな」
いつもきっちりとした文字で綴られている報告書が、今回は幾分乱れている。そこに書かれた内容に、王はやるせない表情で呟いた。報告を読んだ王太子ディアンと第二王子メラルディも、表情は暗い。第三王子カルセドに、この報告書を見せるのは憚られた。サーフィアの一件で、カルセドも少なからず精神的ダメージを受け、離宮からあまり出て来ない。そこに、妹であるサーフィアのこの一件を知ったら。とても見せる気になどなれない。いつか知るときは来るだろうが、今ではない。
「本当に、容赦がない」
メラルディは、つらそうに目を閉じた。
犠牲になった家族タリ家は、アリスが学生のときに、アリスを害そうといや、殺そうとした娘の家だ。精神は崩壊し、ただ生きているだけだった家族は、その命をサーフィアに摘まれた。
今回のタリ家の件がなくとも、サーフィアが再びアリスに牙を剥くことはなかっただろう。これまでの報告書を読んできた王たちに、それは理解出来たし、側にいるマージが誰よりもわかっている。サーフィアは、王都の地を踏んではならないが、王都の地を踏むなと言われなくても、絶対に近付かない、近付けないと。王都と聞くだけでも青ざめ、ディレイガルドの名を聞くだけで引きつけを起こしていた。例え王都に無理矢理連れて行こうとしても、半狂乱で激しく抵抗されるだろう。
しかし、ディレイガルドは、当然サーフィアなど信じていない。生きている限り、何をしでかすかわからない、そう思っている。
“今年は彼の方のご婚約者様のデビュタントの年であったかと存じます。ご婚約者様に、万に一つもサーフィア殿下に手を出されないようにとの彼の家の措置と愚考いたします。”
そんな一文も報告書にはあった。既に結婚していることを知っていても、彼の方、彼の家、が何を指しているのかわからないようにするため、あえて婚約者としているのだろう。誰のことを言っているのか一目瞭然であっても、名指しにするわけにはいかない。マージなりに、今回の悲劇が何故起こったのかは理解している、と伝えたいのだろう。理解はしていても、当然感情はまったく追いつかないが。
「マージは本当に有能な女官だ。サーフィアには勿体ない。マージがサーフィアについて行くと望んだとは言え、マージの家の者たちは、さぞ王家が憎いだろうな。だが」
王家のやらかしに巻き込まれた家族の一つだ。一番の被害者と言っていい。マージがいないことの代わりにもならないが、家族にはサーフィアについて行くことの謝礼金と定期的に支払いをしている。望めば、マージに会いに行く旅費のすべてを王家が負担する。そのくらいしか出来ない。
だが、今回の一件でもわかる通り、生きている限り、ディレイガルドはサーフィアを何度でも壊しに来るだろう。完全に使い物にならなくなったと判断したとき、その命をどのように使うのか。
だからと言って、サーフィアに毒杯を与えることも出来ない。サーフィアの命はもうディレイガルドのものだ。勝手をすれば、どんな報復をしてくるかわからない。自分たちが殺されるだけなら僥倖だ。幼い子どもや、かなり薄い王家の血筋まで根絶やしにされたら堪らない。
酷いことを言えば、サーフィアにそこまでの価値もない。
そして何より。
「サーフィアも、もう、長くはないだろう」
ディアンが自嘲すると、王とメラルディは口を閉ざした。
*つづく*
共に送られたサーフィア付きの女官マージから、定期報告は受け取っていた。
僻地行きとなったときは、エリアストから受けた非道に心を壊していたが、マージの献身的なケアにより、徐々に自分を取り戻していっていたようだ。王都の地を二度と踏めないため、こちらから出向かない限り会うことは叶わない。冷たいようだが、サーフィアの元へ様子を見に行ったことはないし、これから行くこともないだろう。そのため、サーフィアの様子を知るのは、マージからの定期報告のみ。
「ディレイガルドを怒らせるとは、こういうことなのだな」
いつもきっちりとした文字で綴られている報告書が、今回は幾分乱れている。そこに書かれた内容に、王はやるせない表情で呟いた。報告を読んだ王太子ディアンと第二王子メラルディも、表情は暗い。第三王子カルセドに、この報告書を見せるのは憚られた。サーフィアの一件で、カルセドも少なからず精神的ダメージを受け、離宮からあまり出て来ない。そこに、妹であるサーフィアのこの一件を知ったら。とても見せる気になどなれない。いつか知るときは来るだろうが、今ではない。
「本当に、容赦がない」
メラルディは、つらそうに目を閉じた。
犠牲になった家族タリ家は、アリスが学生のときに、アリスを害そうといや、殺そうとした娘の家だ。精神は崩壊し、ただ生きているだけだった家族は、その命をサーフィアに摘まれた。
今回のタリ家の件がなくとも、サーフィアが再びアリスに牙を剥くことはなかっただろう。これまでの報告書を読んできた王たちに、それは理解出来たし、側にいるマージが誰よりもわかっている。サーフィアは、王都の地を踏んではならないが、王都の地を踏むなと言われなくても、絶対に近付かない、近付けないと。王都と聞くだけでも青ざめ、ディレイガルドの名を聞くだけで引きつけを起こしていた。例え王都に無理矢理連れて行こうとしても、半狂乱で激しく抵抗されるだろう。
しかし、ディレイガルドは、当然サーフィアなど信じていない。生きている限り、何をしでかすかわからない、そう思っている。
“今年は彼の方のご婚約者様のデビュタントの年であったかと存じます。ご婚約者様に、万に一つもサーフィア殿下に手を出されないようにとの彼の家の措置と愚考いたします。”
そんな一文も報告書にはあった。既に結婚していることを知っていても、彼の方、彼の家、が何を指しているのかわからないようにするため、あえて婚約者としているのだろう。誰のことを言っているのか一目瞭然であっても、名指しにするわけにはいかない。マージなりに、今回の悲劇が何故起こったのかは理解している、と伝えたいのだろう。理解はしていても、当然感情はまったく追いつかないが。
「マージは本当に有能な女官だ。サーフィアには勿体ない。マージがサーフィアについて行くと望んだとは言え、マージの家の者たちは、さぞ王家が憎いだろうな。だが」
王家のやらかしに巻き込まれた家族の一つだ。一番の被害者と言っていい。マージがいないことの代わりにもならないが、家族にはサーフィアについて行くことの謝礼金と定期的に支払いをしている。望めば、マージに会いに行く旅費のすべてを王家が負担する。そのくらいしか出来ない。
だが、今回の一件でもわかる通り、生きている限り、ディレイガルドはサーフィアを何度でも壊しに来るだろう。完全に使い物にならなくなったと判断したとき、その命をどのように使うのか。
だからと言って、サーフィアに毒杯を与えることも出来ない。サーフィアの命はもうディレイガルドのものだ。勝手をすれば、どんな報復をしてくるかわからない。自分たちが殺されるだけなら僥倖だ。幼い子どもや、かなり薄い王家の血筋まで根絶やしにされたら堪らない。
酷いことを言えば、サーフィアにそこまでの価値もない。
そして何より。
「サーフィアも、もう、長くはないだろう」
ディアンが自嘲すると、王とメラルディは口を閉ざした。
*つづく*
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