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新婚旅行編
番外編 ~通告~
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残酷な表現あります。
苦手な方はお戻りください。
*∽*∽*∽*∽*
新婚旅行から戻り、出仕初日。
エリアストの執務室を訪ねる者がいた。
「主、来ましたよ」
護衛の言葉に、エリアストは顔を顰めた。誰が来るのか知っていたからだ。いや、自分が、呼んだのだから。
部屋に通されたのは、小太りの男。憐れなほどに震える男は、部屋に入るなり土下座をした。
「こここ、この、この度は」
「誰が口を開く許可を与えた」
エリアストは平伏す男の前に立つと、その頭を踏みつけた。
「貴様のせいで、我が妻は心を痛ませた。わかるな」
新婚旅行初日に、子どもを蹴り飛ばした子爵だった。
「我が妻との時間を奪った罪も重い」
踏みつける足に、力が込められていく。
「そして、今こうして貴様に時間を奪われている。この時間で、どれだけの仕事が出来たか」
仕事が遅れれば、その分だけアリスとの時間を奪われるということ。幾重にもエリアストを怒らせている子爵は、踏まれた頭に圧がかかっていくことに、呻き声を漏らすことしか出来ない。
エリアストを怒らせた次の日、子爵の下に、一通の手紙が届く。封蝋の家紋に、執事が興奮気味に子爵へと持って来た。筆頭公爵家からの手紙だ。執事が浮き足立ってしまうことは無理からぬこと。だが、子爵には手紙が届く心当たりがあった。心当たりどころではない。原因は、それしかない。故に、子爵にとってそれは、地獄への招待状でしかなかった。
手紙、というより通告だ。エリアストの休み明け初日に訪ねてくるように、と。
そして案の定こうして、エリアストの収まらない怒りに身を晒している状態だ。
「二ヶ月だ」
突然の期限宣告に、子爵はビクリと体を揺らす。
「二ヶ月の猶予をくれてやる。その間に領地を譲渡し爵位返上、この国を出ろ」
「そ、そんなっ」
「聞こえたら返事だ」
子爵は頷けない。頷いてしまったら、死ぬしか道は残されていないではないか。
「ふむ。聞こえないようだ」
エリアストが手を差し出すと、護衛がその手に剣を握らせた。子爵は音で、エリアストが剣を握ったとわかった。今死ぬか、万に一つでも生き延びられる可能性がある方にかけるか。
「わわっわっかり、ましたあっ」
「遅い」
子爵は左側頭部の辺りが熱くなった気がした。少しして、頬に流れてくる生温かいものを感じる。それがボタボタと床に落ちた。床が赤く染まっていくのがわかる。視界の端に見えるものは、何だろう。
「うあああああああっ!」
落ちているものを知覚すると同時に、痛みを自覚し叫ぶ。信じたくない、そんなはずはない、そこに落ちているものが、自分の左耳だなんて、認めたくない。
のたうち回りたいが、エリアストに踏まれた頭がどうしても外れない。
血と涙と鼻水と涎で惨事となっている子爵の顔を、エリアストは蹴り飛ばした。
「うるさい。黙れ」
子爵の意識は刈り取られた。
護衛がエリアストの靴を履き替えさせると、エリアストは何事もなかったかのように仕事に戻る。
護衛は子爵を扉の外に投げると、少し向こうを歩いている者を呼び寄せる。その者は、血塗れの子爵を見て悲鳴を上げかけるが、どこの部屋の前にいるかわかって、慌てて口を押さえて悲鳴を飲み込む。
「これを外に放り出してください。目覚めたら、二ヶ月ですよ、と伝えてください。ああ、手当てはしたければしても構いませんよ」
護衛の言葉に、コクコクと頷く被害者。護衛は一礼すると、部屋に戻った。被害者は、恰幅のいい成人男性などとても一人では運べないと、これまた近くを通った二人に応援要請。すると、再び扉が開いて護衛が出てきた。運ぼうとした三人は、動きを止める。
「すみません。忘れものです」
そう言って、手のひらサイズの布に包まれたものを被害者その一に渡すと、護衛は再び部屋へと姿を消す。渡された被害者その一は、何だろうと布を開いて卒倒した。被害者その二とその三も腰を抜かす。
そうですよね。この血塗れの人見れば、想像出来ましたよね。無くなった部位を渡されたんじゃないかって。
約束通り、子爵は領地を別の子爵に譲渡し、爵位返上後、喚き散らす家族を連れて、二ヶ月後には姿を消した。
*おしまい*
次話、新章アリスデビュタント編となります。
残酷な話が出てきますので、苦手な方はお控えください。
苦手な方はお戻りください。
*∽*∽*∽*∽*
新婚旅行から戻り、出仕初日。
エリアストの執務室を訪ねる者がいた。
「主、来ましたよ」
護衛の言葉に、エリアストは顔を顰めた。誰が来るのか知っていたからだ。いや、自分が、呼んだのだから。
部屋に通されたのは、小太りの男。憐れなほどに震える男は、部屋に入るなり土下座をした。
「こここ、この、この度は」
「誰が口を開く許可を与えた」
エリアストは平伏す男の前に立つと、その頭を踏みつけた。
「貴様のせいで、我が妻は心を痛ませた。わかるな」
新婚旅行初日に、子どもを蹴り飛ばした子爵だった。
「我が妻との時間を奪った罪も重い」
踏みつける足に、力が込められていく。
「そして、今こうして貴様に時間を奪われている。この時間で、どれだけの仕事が出来たか」
仕事が遅れれば、その分だけアリスとの時間を奪われるということ。幾重にもエリアストを怒らせている子爵は、踏まれた頭に圧がかかっていくことに、呻き声を漏らすことしか出来ない。
エリアストを怒らせた次の日、子爵の下に、一通の手紙が届く。封蝋の家紋に、執事が興奮気味に子爵へと持って来た。筆頭公爵家からの手紙だ。執事が浮き足立ってしまうことは無理からぬこと。だが、子爵には手紙が届く心当たりがあった。心当たりどころではない。原因は、それしかない。故に、子爵にとってそれは、地獄への招待状でしかなかった。
手紙、というより通告だ。エリアストの休み明け初日に訪ねてくるように、と。
そして案の定こうして、エリアストの収まらない怒りに身を晒している状態だ。
「二ヶ月だ」
突然の期限宣告に、子爵はビクリと体を揺らす。
「二ヶ月の猶予をくれてやる。その間に領地を譲渡し爵位返上、この国を出ろ」
「そ、そんなっ」
「聞こえたら返事だ」
子爵は頷けない。頷いてしまったら、死ぬしか道は残されていないではないか。
「ふむ。聞こえないようだ」
エリアストが手を差し出すと、護衛がその手に剣を握らせた。子爵は音で、エリアストが剣を握ったとわかった。今死ぬか、万に一つでも生き延びられる可能性がある方にかけるか。
「わわっわっかり、ましたあっ」
「遅い」
子爵は左側頭部の辺りが熱くなった気がした。少しして、頬に流れてくる生温かいものを感じる。それがボタボタと床に落ちた。床が赤く染まっていくのがわかる。視界の端に見えるものは、何だろう。
「うあああああああっ!」
落ちているものを知覚すると同時に、痛みを自覚し叫ぶ。信じたくない、そんなはずはない、そこに落ちているものが、自分の左耳だなんて、認めたくない。
のたうち回りたいが、エリアストに踏まれた頭がどうしても外れない。
血と涙と鼻水と涎で惨事となっている子爵の顔を、エリアストは蹴り飛ばした。
「うるさい。黙れ」
子爵の意識は刈り取られた。
護衛がエリアストの靴を履き替えさせると、エリアストは何事もなかったかのように仕事に戻る。
護衛は子爵を扉の外に投げると、少し向こうを歩いている者を呼び寄せる。その者は、血塗れの子爵を見て悲鳴を上げかけるが、どこの部屋の前にいるかわかって、慌てて口を押さえて悲鳴を飲み込む。
「これを外に放り出してください。目覚めたら、二ヶ月ですよ、と伝えてください。ああ、手当てはしたければしても構いませんよ」
護衛の言葉に、コクコクと頷く被害者。護衛は一礼すると、部屋に戻った。被害者は、恰幅のいい成人男性などとても一人では運べないと、これまた近くを通った二人に応援要請。すると、再び扉が開いて護衛が出てきた。運ぼうとした三人は、動きを止める。
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*おしまい*
次話、新章アリスデビュタント編となります。
残酷な話が出てきますので、苦手な方はお控えください。
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