6 / 72
新婚旅行編
6
しおりを挟む
満開の桜が夜空に浮かび上がる。
月の光に青白く輝く花片が、幻想的に風に舞う。
少し開けたその場所に、エリアストとアリスは二人、月を見ていた。
美しい湖で三泊した後、二日かけて次の目的地へと到着した。通常であれば半日もかからない場所だが、アリスの体調と安全運転を心がけ、スローペースでの旅程だ。ちなみに最初の湖までも、やはり半日あれば行けるのだが、同じく二日かけている。
「王都よりも標高が高い。エルシィ、寒くないだろうか」
王都の小高い場所からも望める山の、七、八合目あたり。昔、父ライリアストに連れられ狩りに来たときに訪れたことのある場所。
学園を卒業した頃、そんな記憶を思い出し、エリアストは隙間時間にここを訪れた。王都から一日あれば余裕で辿り着ける場所だが、ディレイガルド家は人間離れした身体能力の持ち主ばかり。半日あれば、往復出来る。馬の扱いも尋常ではないほど長けている。
記憶の場所に辿り着き、周辺を見て回る。記憶に違わぬ景色にエリアストは一人頷くと、王都へ戻り、早速動き出す。山の一部を買い取り、木々を切り拓いて小さな別荘を建て、麓からそこまでの直通の私道を通した。
別荘から歩いて五分ほどの場所に、ぽっかりと空間が広がる。然程広くはないが、桜の木に囲まれた場所だ。そこは意図的に作られたのか、自然と出来たものかはわからない。わからないが、ひどく美しいことだけはわかった。この場所こそ、エリアストがアリスに見せたかった場所であった。
温かな飲み物を手にしたアリスは、エリアストを見上げて柔らかく微笑んだ。
「はい、とても温かいですわ、エル様」
満開の桜が夜空に浮かび、月の光で青白く輝く花片が、幻想的に風に舞う。
少し開けたその場所に、二人座れる程度のソファーとテーブルが用意されており、エリアストとアリスはそのソファーで寄り添っている。
桜が満開に咲き誇っているとは言え、夜は肌寒い。大きなブランケットで二人仲良く包まれ、月を見上げていた。
エリアストも穏やかに微笑む。
「それなら良かった。少しでも寒かったり疲れたりしたら言ってくれ、エルシィ」
「はい、ありがとうございます、エル様」
そう言って、アリスはまたエリアストの腕に、自身の頭を凭れさせた。
王都の桜は、もう散った。標高の高いここは、少し季節がずれている。そのお陰で、この旅行に合わせた時季に、満開の桜を見ることが出来た。
月が明るいだけでなく、月の光を反射した桜も淡く輝き、昼間とはまた違う光が周囲を照らす。風が微かに揺らす木々の葉擦れの音と、草を撫でる音だけが聞こえる。
世界に、たったふたり。
月と桜に見守られながら、ふたり静かに、この世界に満たされた。
………
……
…
「アリス、おいで」
花見から戻ると、二人は湯浴みをして寝室に入った。
初夜を迎えてから、今日までエリアストはアリスの体を慮り、求めることなくただ抱き締めて眠っていた。
慣れない移動で疲れるだろう、小さなアリスにはかなりの負担がかかるだろう、と我慢して我慢して。
けれど、明日も明後日もこの場に滞在し、後は帰るだけ。
ならば。
求めても、いいだろうか。
愛しい愛しい、最愛のアリス。
月明かりが、部屋を染める。
ベッドに座ったまま手を差し伸べるエリアストに、アリスは恥ずかしそうに近付き、その手を取った。
アリスの小さな手に、愛おしくくちづける。
左手の薬指に光る指輪が、エリアストとアリス、二人の永遠を誓う。
小さく震えるアリスは、羞恥からか緊張からか。
ゆっくりと手を引き、エリアストの膝に横抱きで座らせる。
間近で視線が絡み合う。
黎明の瞳が、滲む。
春の空のような瞳が、揺れる。
ゆっくり唇が重なる。
緩く編んで左側に流したアリスの髪を、そっとほどく。
とさり。
二人、優しくベッドに沈む。
聞こえるのは、互いの吐息。
衣擦れの音。
甘い、水音。
名を、呼ぶ声。
幸せに、眩暈がした。
*最終話へつづく*
月の光に青白く輝く花片が、幻想的に風に舞う。
少し開けたその場所に、エリアストとアリスは二人、月を見ていた。
美しい湖で三泊した後、二日かけて次の目的地へと到着した。通常であれば半日もかからない場所だが、アリスの体調と安全運転を心がけ、スローペースでの旅程だ。ちなみに最初の湖までも、やはり半日あれば行けるのだが、同じく二日かけている。
「王都よりも標高が高い。エルシィ、寒くないだろうか」
王都の小高い場所からも望める山の、七、八合目あたり。昔、父ライリアストに連れられ狩りに来たときに訪れたことのある場所。
学園を卒業した頃、そんな記憶を思い出し、エリアストは隙間時間にここを訪れた。王都から一日あれば余裕で辿り着ける場所だが、ディレイガルド家は人間離れした身体能力の持ち主ばかり。半日あれば、往復出来る。馬の扱いも尋常ではないほど長けている。
記憶の場所に辿り着き、周辺を見て回る。記憶に違わぬ景色にエリアストは一人頷くと、王都へ戻り、早速動き出す。山の一部を買い取り、木々を切り拓いて小さな別荘を建て、麓からそこまでの直通の私道を通した。
別荘から歩いて五分ほどの場所に、ぽっかりと空間が広がる。然程広くはないが、桜の木に囲まれた場所だ。そこは意図的に作られたのか、自然と出来たものかはわからない。わからないが、ひどく美しいことだけはわかった。この場所こそ、エリアストがアリスに見せたかった場所であった。
温かな飲み物を手にしたアリスは、エリアストを見上げて柔らかく微笑んだ。
「はい、とても温かいですわ、エル様」
満開の桜が夜空に浮かび、月の光で青白く輝く花片が、幻想的に風に舞う。
少し開けたその場所に、二人座れる程度のソファーとテーブルが用意されており、エリアストとアリスはそのソファーで寄り添っている。
桜が満開に咲き誇っているとは言え、夜は肌寒い。大きなブランケットで二人仲良く包まれ、月を見上げていた。
エリアストも穏やかに微笑む。
「それなら良かった。少しでも寒かったり疲れたりしたら言ってくれ、エルシィ」
「はい、ありがとうございます、エル様」
そう言って、アリスはまたエリアストの腕に、自身の頭を凭れさせた。
王都の桜は、もう散った。標高の高いここは、少し季節がずれている。そのお陰で、この旅行に合わせた時季に、満開の桜を見ることが出来た。
月が明るいだけでなく、月の光を反射した桜も淡く輝き、昼間とはまた違う光が周囲を照らす。風が微かに揺らす木々の葉擦れの音と、草を撫でる音だけが聞こえる。
世界に、たったふたり。
月と桜に見守られながら、ふたり静かに、この世界に満たされた。
………
……
…
「アリス、おいで」
花見から戻ると、二人は湯浴みをして寝室に入った。
初夜を迎えてから、今日までエリアストはアリスの体を慮り、求めることなくただ抱き締めて眠っていた。
慣れない移動で疲れるだろう、小さなアリスにはかなりの負担がかかるだろう、と我慢して我慢して。
けれど、明日も明後日もこの場に滞在し、後は帰るだけ。
ならば。
求めても、いいだろうか。
愛しい愛しい、最愛のアリス。
月明かりが、部屋を染める。
ベッドに座ったまま手を差し伸べるエリアストに、アリスは恥ずかしそうに近付き、その手を取った。
アリスの小さな手に、愛おしくくちづける。
左手の薬指に光る指輪が、エリアストとアリス、二人の永遠を誓う。
小さく震えるアリスは、羞恥からか緊張からか。
ゆっくりと手を引き、エリアストの膝に横抱きで座らせる。
間近で視線が絡み合う。
黎明の瞳が、滲む。
春の空のような瞳が、揺れる。
ゆっくり唇が重なる。
緩く編んで左側に流したアリスの髪を、そっとほどく。
とさり。
二人、優しくベッドに沈む。
聞こえるのは、互いの吐息。
衣擦れの音。
甘い、水音。
名を、呼ぶ声。
幸せに、眩暈がした。
*最終話へつづく*
80
お気に入りに追加
327
あなたにおすすめの小説
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

はずれのわたしで、ごめんなさい。
ふまさ
恋愛
姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。
婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。
こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。
そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
番は君なんだと言われ王宮で溺愛されています
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私ミーシャ・ラクリマ男爵令嬢は、家の借金の為コッソリと王宮でメイドとして働いています。基本は王宮内のお掃除ですが、人手が必要な時には色々な所へ行きお手伝いします。そんな中私を番だと言う人が現れた。えっ、あなたって!?
貧乏令嬢が番と幸せになるまでのすれ違いを書いていきます。
愛の花第2弾です。前の話を読んでいなくても、単体のお話として読んで頂けます。

氷の公爵と契約結婚したら、いつの間にか溺愛されていました 〜冷徹な夫が“絶対に手放さない”と言って離してくれません〜
ゆる
恋愛
「この結婚に愛は不要だ」
——そう言い放ったのは、王国随一の冷徹な公爵・ヴァレリウス・フォン・アイゼンベルク。
辺境の子爵家の娘アドリアナ・ローランは、家の存続のために彼との政略結婚を強いられる。
冷たく距離を取る夫との結婚生活は、まるで契約のようなもの。
——そう思っていたのに、いつの間にか状況は一変!?
そんな中、アドリアナの実家ローラン子爵領で疫病が発生!
夫に頼るわけにはいかない——そう決意して故郷へ向かうが、そこには陰謀を巡らす貴族たちの罠が待ち受けていた……!
「お前は俺の妻だ。だから、もう一人で背負うな」
冷たかったはずの夫は、まるで別人のように甘くなり、時には公然と独占欲を隠さない!?
愛などない契約結婚だったはずが、いつの間にか溺愛されていました——!
-
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる