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新婚旅行編
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満開の桜が夜空に浮かび上がる。
月の光に青白く輝く花片が、幻想的に風に舞う。
少し開けたその場所に、エリアストとアリスは二人、月を見ていた。
美しい湖で三泊した後、二日かけて次の目的地へと到着した。通常であれば半日もかからない場所だが、アリスの体調と安全運転を心がけ、スローペースでの旅程だ。ちなみに最初の湖までも、やはり半日あれば行けるのだが、同じく二日かけている。
「王都よりも標高が高い。エルシィ、寒くないだろうか」
王都の小高い場所からも望める山の、七、八合目あたり。昔、父ライリアストに連れられ狩りに来たときに訪れたことのある場所。
学園を卒業した頃、そんな記憶を思い出し、エリアストは隙間時間にここを訪れた。王都から一日あれば余裕で辿り着ける場所だが、ディレイガルド家は人間離れした身体能力の持ち主ばかり。半日あれば、往復出来る。馬の扱いも尋常ではないほど長けている。
記憶の場所に辿り着き、周辺を見て回る。記憶に違わぬ景色にエリアストは一人頷くと、王都へ戻り、早速動き出す。山の一部を買い取り、木々を切り拓いて小さな別荘を建て、麓からそこまでの直通の私道を通した。
別荘から歩いて五分ほどの場所に、ぽっかりと空間が広がる。然程広くはないが、桜の木に囲まれた場所だ。そこは意図的に作られたのか、自然と出来たものかはわからない。わからないが、ひどく美しいことだけはわかった。この場所こそ、エリアストがアリスに見せたかった場所であった。
温かな飲み物を手にしたアリスは、エリアストを見上げて柔らかく微笑んだ。
「はい、とても温かいですわ、エル様」
満開の桜が夜空に浮かび、月の光で青白く輝く花片が、幻想的に風に舞う。
少し開けたその場所に、二人座れる程度のソファーとテーブルが用意されており、エリアストとアリスはそのソファーで寄り添っている。
桜が満開に咲き誇っているとは言え、夜は肌寒い。大きなブランケットで二人仲良く包まれ、月を見上げていた。
エリアストも穏やかに微笑む。
「それなら良かった。少しでも寒かったり疲れたりしたら言ってくれ、エルシィ」
「はい、ありがとうございます、エル様」
そう言って、アリスはまたエリアストの腕に、自身の頭を凭れさせた。
王都の桜は、もう散った。標高の高いここは、少し季節がずれている。そのお陰で、この旅行に合わせた時季に、満開の桜を見ることが出来た。
月が明るいだけでなく、月の光を反射した桜も淡く輝き、昼間とはまた違う光が周囲を照らす。風が微かに揺らす木々の葉擦れの音と、草を撫でる音だけが聞こえる。
世界に、たったふたり。
月と桜に見守られながら、ふたり静かに、この世界に満たされた。
………
……
…
「アリス、おいで」
花見から戻ると、二人は湯浴みをして寝室に入った。
初夜を迎えてから、今日までエリアストはアリスの体を慮り、求めることなくただ抱き締めて眠っていた。
慣れない移動で疲れるだろう、小さなアリスにはかなりの負担がかかるだろう、と我慢して我慢して。
けれど、明日も明後日もこの場に滞在し、後は帰るだけ。
ならば。
求めても、いいだろうか。
愛しい愛しい、最愛のアリス。
月明かりが、部屋を染める。
ベッドに座ったまま手を差し伸べるエリアストに、アリスは恥ずかしそうに近付き、その手を取った。
アリスの小さな手に、愛おしくくちづける。
左手の薬指に光る指輪が、エリアストとアリス、二人の永遠を誓う。
小さく震えるアリスは、羞恥からか緊張からか。
ゆっくりと手を引き、エリアストの膝に横抱きで座らせる。
間近で視線が絡み合う。
黎明の瞳が、滲む。
春の空のような瞳が、揺れる。
ゆっくり唇が重なる。
緩く編んで左側に流したアリスの髪を、そっとほどく。
とさり。
二人、優しくベッドに沈む。
聞こえるのは、互いの吐息。
衣擦れの音。
甘い、水音。
名を、呼ぶ声。
幸せに、眩暈がした。
*最終話へつづく*
月の光に青白く輝く花片が、幻想的に風に舞う。
少し開けたその場所に、エリアストとアリスは二人、月を見ていた。
美しい湖で三泊した後、二日かけて次の目的地へと到着した。通常であれば半日もかからない場所だが、アリスの体調と安全運転を心がけ、スローペースでの旅程だ。ちなみに最初の湖までも、やはり半日あれば行けるのだが、同じく二日かけている。
「王都よりも標高が高い。エルシィ、寒くないだろうか」
王都の小高い場所からも望める山の、七、八合目あたり。昔、父ライリアストに連れられ狩りに来たときに訪れたことのある場所。
学園を卒業した頃、そんな記憶を思い出し、エリアストは隙間時間にここを訪れた。王都から一日あれば余裕で辿り着ける場所だが、ディレイガルド家は人間離れした身体能力の持ち主ばかり。半日あれば、往復出来る。馬の扱いも尋常ではないほど長けている。
記憶の場所に辿り着き、周辺を見て回る。記憶に違わぬ景色にエリアストは一人頷くと、王都へ戻り、早速動き出す。山の一部を買い取り、木々を切り拓いて小さな別荘を建て、麓からそこまでの直通の私道を通した。
別荘から歩いて五分ほどの場所に、ぽっかりと空間が広がる。然程広くはないが、桜の木に囲まれた場所だ。そこは意図的に作られたのか、自然と出来たものかはわからない。わからないが、ひどく美しいことだけはわかった。この場所こそ、エリアストがアリスに見せたかった場所であった。
温かな飲み物を手にしたアリスは、エリアストを見上げて柔らかく微笑んだ。
「はい、とても温かいですわ、エル様」
満開の桜が夜空に浮かび、月の光で青白く輝く花片が、幻想的に風に舞う。
少し開けたその場所に、二人座れる程度のソファーとテーブルが用意されており、エリアストとアリスはそのソファーで寄り添っている。
桜が満開に咲き誇っているとは言え、夜は肌寒い。大きなブランケットで二人仲良く包まれ、月を見上げていた。
エリアストも穏やかに微笑む。
「それなら良かった。少しでも寒かったり疲れたりしたら言ってくれ、エルシィ」
「はい、ありがとうございます、エル様」
そう言って、アリスはまたエリアストの腕に、自身の頭を凭れさせた。
王都の桜は、もう散った。標高の高いここは、少し季節がずれている。そのお陰で、この旅行に合わせた時季に、満開の桜を見ることが出来た。
月が明るいだけでなく、月の光を反射した桜も淡く輝き、昼間とはまた違う光が周囲を照らす。風が微かに揺らす木々の葉擦れの音と、草を撫でる音だけが聞こえる。
世界に、たったふたり。
月と桜に見守られながら、ふたり静かに、この世界に満たされた。
………
……
…
「アリス、おいで」
花見から戻ると、二人は湯浴みをして寝室に入った。
初夜を迎えてから、今日までエリアストはアリスの体を慮り、求めることなくただ抱き締めて眠っていた。
慣れない移動で疲れるだろう、小さなアリスにはかなりの負担がかかるだろう、と我慢して我慢して。
けれど、明日も明後日もこの場に滞在し、後は帰るだけ。
ならば。
求めても、いいだろうか。
愛しい愛しい、最愛のアリス。
月明かりが、部屋を染める。
ベッドに座ったまま手を差し伸べるエリアストに、アリスは恥ずかしそうに近付き、その手を取った。
アリスの小さな手に、愛おしくくちづける。
左手の薬指に光る指輪が、エリアストとアリス、二人の永遠を誓う。
小さく震えるアリスは、羞恥からか緊張からか。
ゆっくりと手を引き、エリアストの膝に横抱きで座らせる。
間近で視線が絡み合う。
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ゆっくり唇が重なる。
緩く編んで左側に流したアリスの髪を、そっとほどく。
とさり。
二人、優しくベッドに沈む。
聞こえるのは、互いの吐息。
衣擦れの音。
甘い、水音。
名を、呼ぶ声。
幸せに、眩暈がした。
*最終話へつづく*
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