美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛

らがまふぃん

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新婚旅行編

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 馬車に戻ると、エリアストは噛みつくようにアリスの唇を貪った。
 「エルシィ、ダメだ。ダメだ、エルシィ」
 くちづけの合間に、何度もそう囁く。熱い吐息で囁かれるたび、アリスは何も考えられなくなっていく。
 「私の目の前で、私以外に感情を向けるとは」
 どれだけ私の心をかき乱すのか。
 アリスを思いきり感じて、ようやく少し落ち着きを取り戻したエリアストは、アリスの口の端から流れる唾液を舐めとりながら、アリスにそう注意をした。
 「子爵あの者、滅多に見られないエルシィの怒り感情を引き出すとは赦せん」
 首筋まで流れた唾液にも舌を這わせながら、子爵への怨嗟えんさを零す。アリスは、そんなエリアストの頭を抱き締めた。
 「喜怒哀楽は、誰にでも向けられます。ですが、エル様」
 腕をほどき、エリアストの頬を両手で包む。
 「この愛は、エル様にしか、向けることが出来ません」
 「っ!エルシィッ」
 エリアストは大きく目を見開くと、アリスを抱き締め、夢中でその唇を貪った。
 ここが馬車でなければ、とエリアストが内心舌打ちをしたのは言うまでもない。

………
……


 ポクポクと馬車はゆっくり進む。
 エリアストがまず始めにアリスに見せたいと思った景色は、湖だった。
 透明度が高く、その湖面は鏡面のように空を映し出す。足下に空があるような錯覚に陥る。少し離れた山の風景も映り込み、ひどく幻想的だ。
 ディレイガルドの領地に行く途中で、偶然見つけた場所だった。
 二年前に見つけ、新婚旅行で来ようと考えた。ライリアストを連れて視察後、この一帯を買い取り、景観の邪魔にならない場所に、小さな別荘を建てた。
 「なんて、美しいのでしょう」
 アリスは感動のあまり、涙ぐんでいた。
 「エルシィ」
 背後から、包み込むように抱き締めるエリアストの腕に、そっとアリスの手が添えられる。
 「ありがとう、ありがとうございます、エル様。ありがとう、ございます」
 はらりとアリスの頬に流れた一筋の涙を、背後からエリアストは舐めとる。
 「喜んでもらえてよかった、エルシィ」
 しばらくそうして二人、穏やかな時が流れた。
 「エルシィ、少し歩こう」
 やがてエリアストはそう言った。
 ゆっくりと畔を歩く。
 少しすると、離れたところにエリアストの護衛が二人立っていた。エリアストとアリスの姿を見ると、護衛は頭を下げた。二人が側に来て、ようやく頭を上げた護衛は、自分たちの後ろにあるボートへと歩く。
 陸に揚げられたボートにアリスをお姫様抱っこをして乗せ、エリアストの膝の間に座らせる。二人の護衛が湖に向かって押していく。ゆっくりと着水させると、エリアストはかいを操る。
 「怖くないか、エルシィ」
 少しだけ進んだところで、手を止めて確認をする。ボートは初めての経験だと言っていた。エリアストも初めてだったため、何度か練習をした。陸地とは勝手が違う、水の上。アリスを危険に晒すことなんて出来ない。想定外があってはとんでもない。
 「いいえ、エル様。とても気持ちがいいです」
 エリアストを振り向き、嬉しそうにニコニコとするアリスの可愛さに、エリアストは顔を押さえた。想定内のはずなのに想定外だ、と呟いて。アリスの可愛さがとどまるところを知らなくて、エリアストは困り果てた。
 何とか気を取り直して、再びボートを動かす。湖の中心まで来ると、エリアストは櫂を動かす手を止めた。
 「エルシィ、見てくれ」
 エリアストが湖面を指す。
 ここに来るまで、アリスは周囲の景色ばかりを見ていたため、気付かなかった。エリアストの指の先。自分たちを取り巻くその光景。
 「まああああ」
 空に、浮かんでいた。
 湖面に映る空。空の青と、雲の白。まるで、空にいるかのような錯覚に、アリスは言葉が出なかった。
 「エルシィ、少し向きを変える」
 ボートの向きを変えると。
 「エル様、エル様、まああ、まあああ」
 正面には何もない。あるのは、空と、湖。
 空と、湖面の空。
 その境界は、あまりにも曖昧な。
 青と、白の世界。
 アリスからボロボロと零れ落ちる涙を、エリアストはすすり続けた。



*つづく*
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