美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛

らがまふぃん

文字の大きさ
上 下
3 / 72
新婚旅行編

しおりを挟む
 磨き上げられた靴が、カツ、と音を立てて馬車のステップを踏む。ダイヤモンドのように輝く銀髪に、アクアマリンのような瞳。優しい色合いのはずのその瞳は、なぜか冬の凍てつく海に見える。何よりもその、神が生み出したような美貌は、すべての視線を攫う。
 「騒がしい。何だ」
 姿を見せたエリアスト・カーサ・ディレイガルド公爵令息に、見た者の殆どが倒れ、残った者も、とてもまともに立ってなどいられなかった。そんな周囲を気にすることなく、アリスを左腕に座らせた状態で、エリアストは馬車から降りた。エリアストは元凶に目を向ける。元凶はその姿に愕然とし、視線を向けられ肩がビクリと揺れた。
 「ディレイガルド家の馬車と知ってのことか」
 ディレイガルドの名に、周囲が息をすることも忘れた。
 平民であれ、知っている。国中誰もが、この国最高位の筆頭を掲げる貴族を、知らないはずがない。
 王族は民衆の前に姿を見せることも多い。絵姿だって出回っている。
 けれど、貴族は違う。
 姿を見られるとしたら、自身の領地を治める貴族と、機会があれば近隣の貴族程度。公爵家となると、領地の者さえ顔を知らずにいるのかもしれない。それが、筆頭。して、まったく関係のないこの土地で、その姿を見ることが出来るなんて。
 誰もの視線と呼吸を奪ったエリアストは、睥睨へいげいする。
 「貴様の行動で我が妻が怯えている。誰の許可を得て我が妻の心を独占した」
 どんな感情であれ、エルシィの心を自分以外に向けさせたことは、万死に値する。
 「し、し、知らぬこととは言え、大変、大変、申し訳、ございません、でした」
 エリアストの足下で、小太りの男が地面に這いつくばるようにして謝った。
 マズイマズイマズイマズイぞ!
 男は何とかこの状況を逃れようと考える。まさかこんなところにディレイガルドがいるなど夢にも思わない。
 「何があったと聞いている」
 不機嫌な声がさらに不機嫌になるエリアストに、男はますます焦る。
 男はこの領地を治める子爵であった。
 貴族だ。ディレイガルドの、エリアストの危険性は当然知っている。これ以上怒らせてはならない。この場を誤魔化して、とにかく穏便に立ち去ってもらうしかない。
 誤魔化す。
 その選択こそが、間違いだと気付けたなら、子爵もひっそりと生きながらえることが出来ただろう。ここでの選択は一択。ありのまま、出来事をきちんと伝えることのみであったのに。まだまだ、ディレイガルドの恐ろしさを理解していなかった。
 「そ、それが、この者が、ワシ、私に、ぶつかってしまいまして」
 曰く、子爵は買い物に来ていたとのこと。店先の品物について、その店主に説明を受けていたところ、横から来た少年が、子爵にぶつかったという。少年は勢いよく走っていたため、その反動で、エリアストたちの馬車の前に転げてしまったという。
 エリアストは子爵の話を聞きながら、僅かに少年に視線を向けていた。子ども、しかも平民だ。男は貴族。男が真実を話すとは思えなかったからだ。少年は、え、という顔をした後、唇を噛んで泣くまいと涙を堪えた。話を聞いて、エリアストはもう一度視線を子爵に移す。不機嫌なオーラを纏わせて。
 アリスとの時間を邪魔され、アリスの心を奪い、アリスとの時間をこうして奪われているというのに、真実を語ろうとしない。
 そもそもエリアストたちは、男の罵声を聞いているのだ。
 完全にアウト。
 「かたるとは。相応の覚悟があるようだ」



*つづく*
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

はずれのわたしで、ごめんなさい。

ふまさ
恋愛
 姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。  婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。  こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。  そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。

番は君なんだと言われ王宮で溺愛されています

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私ミーシャ・ラクリマ男爵令嬢は、家の借金の為コッソリと王宮でメイドとして働いています。基本は王宮内のお掃除ですが、人手が必要な時には色々な所へ行きお手伝いします。そんな中私を番だと言う人が現れた。えっ、あなたって!? 貧乏令嬢が番と幸せになるまでのすれ違いを書いていきます。 愛の花第2弾です。前の話を読んでいなくても、単体のお話として読んで頂けます。

氷の公爵と契約結婚したら、いつの間にか溺愛されていました 〜冷徹な夫が“絶対に手放さない”と言って離してくれません〜

ゆる
恋愛
「この結婚に愛は不要だ」 ——そう言い放ったのは、王国随一の冷徹な公爵・ヴァレリウス・フォン・アイゼンベルク。 辺境の子爵家の娘アドリアナ・ローランは、家の存続のために彼との政略結婚を強いられる。 冷たく距離を取る夫との結婚生活は、まるで契約のようなもの。 ——そう思っていたのに、いつの間にか状況は一変!? そんな中、アドリアナの実家ローラン子爵領で疫病が発生! 夫に頼るわけにはいかない——そう決意して故郷へ向かうが、そこには陰謀を巡らす貴族たちの罠が待ち受けていた……! 「お前は俺の妻だ。だから、もう一人で背負うな」 冷たかったはずの夫は、まるで別人のように甘くなり、時には公然と独占欲を隠さない!? 愛などない契約結婚だったはずが、いつの間にか溺愛されていました——! -

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

処理中です...