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10 ~ソフィレアインside~
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私、ソフィレアイン・ベルデシェラ・ダリアンは、ダリアン王国の第二王子として生を受けた。
以前、お忍びで街に出たとき、不思議な少女と出会った。
その少女ともっと関わりを持ちたくて、良くないとはわかっていたが、家を調べさせて訪ねた。ブルーエイ侯爵家の次女だった。少女はシラユキと名乗っていた。侯爵家を訪ねたその日、シラユキは何者かに攫われた。
ブルーエイ侯爵邸からシラユキが姿を消して、ひと月。
シラユキなどいないと突っぱねていた侯爵家は確かに正しい。彼女の名前はシラユキではなかったからだ。何故彼女は私に嘘の名を伝えたのか。突然現れた見知らぬ人間に、警戒しない方がおかしいか。本当に理由がそれであればいいが。
「なんだ、まだ探しているのか」
気分を変えようと、裏庭のベンチで資料片手ににらめっこをしていると、ひとつ上の兄、王太子であるウェンリアインが声をかけてきた。
「兄上」
立ち上がって頭を下げると、いい、と手をひらひらさせて、自分が座っていたベンチに座る。隣に座るよう促され、もう一度頭を下げて座る。兄上とは身長こそ差はあるが、双子のようにそっくりだとよく言われる。ただ、似ているのは外見だけ。頭の中身は残念なほど似ていない。優秀すぎる兄。一を言えば十を知るどころではない。二十も三十も知る。
「年の頃は十くらいだったか」
私の持つ資料を横からヒョイと眺めつつ、そう言った。私ははいと頷くと、兄は考える仕草をした。
「幼い聖女ねぇ。確かに覚えがない。ブルーエイ家が優秀な聖女を隠したか?いや、そんなことをするメリットは何だ」
考えをまとめるように呟く兄を見る。そう、聖女を隠すメリットなどない。聖女を輩出した家は、国から褒賞が出る。聖女が生きている限り、その家には定期的に安くはない金額が払われ続ける。反対に、聖女を隠すと、国に損害を与えたと見做され、罪に問われるのだ。だが、ブルーエイ家から、シラユキの失踪届が出ていない。貴族がいなくなると失踪届の義務が発生するが、平民は義務ではない。となると、彼女は貴族ではない。使用人だったのだろうか。
「ブルーエイ家に子どもの使用人はいない。そうなると、やはりブルーエイ家の次女で間違いなさそうだが」
兄の続く呟きに、視線を落とす。事実、届は出ていない。シラユキという名の少女も存在しない。ブルーエイ家の次女に会えれば一番早い。しかし、会う口実がない。王族が軽々しく令嬢を訪ねることは出来ない。どんな誤解を招くかわからないからだ。以前訪ねた理由も危うくはあったのだが。
「兄上、隠したわけではなさそうです。知らなかったようです」
「知らない?」
目を丸くする兄に、頷いた。
あれからもっと深く調べた。どうもシラユキはあの部屋に閉じ込められ、いない者として扱われていたようだ。ブルーエイ夫人の不貞が疑われた子どもらしいと。確かにあの一族は、青系の色味を持つ。シラユキだけ、色彩が違う。
「どうも、冷遇されていたようです」
そう言うと兄は、ああ、と思いついたように頷く。
「金の髪に紫の目と言っていたか。不貞でも疑われていたのか」
本当に優秀な人だ。思わず苦笑いしてしまう。
「そうであれば、ますます隠す意味がわからなくなる。さっさと手放してその恩恵だけを甘受すればいい」
そうなると、本当に知らなかったのだろうな、と鼻を鳴らした。
「不貞の事実を知られたくなかったか。その姿が露見すれば、嫌でもそういう目で見られる。だから届も出さなかったか。子どものことより体裁を重んじたか」
冷遇されていたことを考えると、あり得なくはない。
「知らないとなると、鑑定にも連れて行っていないな。毎年のものは偽造だ」
兄の言葉に驚く。何ということをしているのだ。そこまで体裁が大事か。
「彼女のせいではないだろうに。もしかすると、自ら出て行ったのかも知れないな」
このことは、彼女が見つかるまで私たちの胸にしまっておこう、兄はそう言って立ち去った。
「シラユキ、自ら?」
兄の言うことが事実なら、あり得ない話ではない。自ら身を隠しているのであれば、探すのは容易ではない。彼女自身、自分を知る者に会いたくないかも知れない。
そうだとしても。
「もう一度、話がしてみたいんだ、シラユキ」
*つづき*
以前、お忍びで街に出たとき、不思議な少女と出会った。
その少女ともっと関わりを持ちたくて、良くないとはわかっていたが、家を調べさせて訪ねた。ブルーエイ侯爵家の次女だった。少女はシラユキと名乗っていた。侯爵家を訪ねたその日、シラユキは何者かに攫われた。
ブルーエイ侯爵邸からシラユキが姿を消して、ひと月。
シラユキなどいないと突っぱねていた侯爵家は確かに正しい。彼女の名前はシラユキではなかったからだ。何故彼女は私に嘘の名を伝えたのか。突然現れた見知らぬ人間に、警戒しない方がおかしいか。本当に理由がそれであればいいが。
「なんだ、まだ探しているのか」
気分を変えようと、裏庭のベンチで資料片手ににらめっこをしていると、ひとつ上の兄、王太子であるウェンリアインが声をかけてきた。
「兄上」
立ち上がって頭を下げると、いい、と手をひらひらさせて、自分が座っていたベンチに座る。隣に座るよう促され、もう一度頭を下げて座る。兄上とは身長こそ差はあるが、双子のようにそっくりだとよく言われる。ただ、似ているのは外見だけ。頭の中身は残念なほど似ていない。優秀すぎる兄。一を言えば十を知るどころではない。二十も三十も知る。
「年の頃は十くらいだったか」
私の持つ資料を横からヒョイと眺めつつ、そう言った。私ははいと頷くと、兄は考える仕草をした。
「幼い聖女ねぇ。確かに覚えがない。ブルーエイ家が優秀な聖女を隠したか?いや、そんなことをするメリットは何だ」
考えをまとめるように呟く兄を見る。そう、聖女を隠すメリットなどない。聖女を輩出した家は、国から褒賞が出る。聖女が生きている限り、その家には定期的に安くはない金額が払われ続ける。反対に、聖女を隠すと、国に損害を与えたと見做され、罪に問われるのだ。だが、ブルーエイ家から、シラユキの失踪届が出ていない。貴族がいなくなると失踪届の義務が発生するが、平民は義務ではない。となると、彼女は貴族ではない。使用人だったのだろうか。
「ブルーエイ家に子どもの使用人はいない。そうなると、やはりブルーエイ家の次女で間違いなさそうだが」
兄の続く呟きに、視線を落とす。事実、届は出ていない。シラユキという名の少女も存在しない。ブルーエイ家の次女に会えれば一番早い。しかし、会う口実がない。王族が軽々しく令嬢を訪ねることは出来ない。どんな誤解を招くかわからないからだ。以前訪ねた理由も危うくはあったのだが。
「兄上、隠したわけではなさそうです。知らなかったようです」
「知らない?」
目を丸くする兄に、頷いた。
あれからもっと深く調べた。どうもシラユキはあの部屋に閉じ込められ、いない者として扱われていたようだ。ブルーエイ夫人の不貞が疑われた子どもらしいと。確かにあの一族は、青系の色味を持つ。シラユキだけ、色彩が違う。
「どうも、冷遇されていたようです」
そう言うと兄は、ああ、と思いついたように頷く。
「金の髪に紫の目と言っていたか。不貞でも疑われていたのか」
本当に優秀な人だ。思わず苦笑いしてしまう。
「そうであれば、ますます隠す意味がわからなくなる。さっさと手放してその恩恵だけを甘受すればいい」
そうなると、本当に知らなかったのだろうな、と鼻を鳴らした。
「不貞の事実を知られたくなかったか。その姿が露見すれば、嫌でもそういう目で見られる。だから届も出さなかったか。子どものことより体裁を重んじたか」
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「彼女のせいではないだろうに。もしかすると、自ら出て行ったのかも知れないな」
このことは、彼女が見つかるまで私たちの胸にしまっておこう、兄はそう言って立ち去った。
「シラユキ、自ら?」
兄の言うことが事実なら、あり得ない話ではない。自ら身を隠しているのであれば、探すのは容易ではない。彼女自身、自分を知る者に会いたくないかも知れない。
そうだとしても。
「もう一度、話がしてみたいんだ、シラユキ」
*つづき*
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