精霊の使い?いいえ、違います。

らがまふぃん

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番外編

前世 後編

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 「ケイッ」

 ティアの差し迫った声がした。

 「ティ、ア?」

 ゆっくりオレに向かって倒れてくるのは、オレが守りたい、守るべき最愛。


 敵に追いつかれ、薙ぎ払い、ティアに指一本触れさせまいと、剣を奮う。
 リュシーナの思いも、オレと同じ。
 敵を蹴散らし、ティアを抱えて走る。
 また追いつかれ、剣一本で、道を拓く。

 もう少し。
 こちら側を通すことが出来れば、は逃がせる。

 すまない、ティア。
 怖い思いをさせて。
 すまない、ティア。
 リュシーナを奪ってしまって。

 すまない、ティア。

 ひとりに、してしまって。

 それでも、生きていて欲しいから。
 どうか、生きていて欲しいから。

 「退けええええぇぇ!!」
 あと一人。
 「ティア、走れ!」

 悪意があったのは、後宮ではない。

 「ケイッ」

 「は?」

 この国そのもの。

 「ティ、ア?」

 死に損ないの、最期の一太刀から、ティアはオレを守った。

 オレがティアにしなくてはならなかったのは、

 この国から

 オレから

 逃がしてやることだったのに。

 「ティアアアアアァァッ!!」



 本当にオレは

 愚か者だ。



………
……


 オレの国は、戦争ばかり。
 国民はウンザリしていた。
 
 クーデターが起こるのは、当然だったのだ。

 ティアと初めて私的な会話をした花畑。
 もう目を開けることのない最愛を抱き締め、泣き続けた。

 ティアに救われた命。
 自ら絶つことなど出来ようはずもない。

 どのくらいそうしていただろう。

 そういえば、静かだ。

 リュシーナが言っていた通り、この場所は、あの日のまま、穏やかだった。
 思わず周囲を見回す。
 怒号も怒声も絶望の嘆きも断末魔の叫びも、聞こえない。
 血のニオイも、焼け焦げたニオイも、ない。
 目を落とせば花は咲き乱れ、空を見上げれば鳥が飛んでいる。
 阿鼻叫喚の地獄絵図は、欠片も見当たらない。

 [花を、手向けても、いいか?]

 不意にどこからか、声がした。

 驚いて辺りを見回すと、空中からゆっくりと姿を現す者がいた。
 あまりのことに声を出せずにいると、現れた者は、ゆっくり足を地に着けた。

 [驚かせてすまない。私は精霊の王。名は、アルケイデア、と言う]

 精霊の王は、文献でなら読んだことがあったが、姿を見た者はいない、と書かれていた。目の前にいる、恐ろしいまでに整った容姿の男が精霊王である証拠など、どこにもない。

 だが、わかる。

 この男が、精霊王であると。

 言葉もなく、ただ呆然と見つめていると、アルケイデアはそっと手を差し出してきた。
 [その腕に眠る少女に]
 その手には、真っ白な、見たこともない美しい花が、一輪あった。

 少し、話をした。
 ここに至るまでの話を、訥々とつとつと。

 [娘に、会いたいか?]

 すべてを聞き終えたアルケイデアは、そう言った。
 「どういう、意味だ」
 怒気を向けると、苦笑された。
 [おまえを娘と同じところへ送ってやろうなどという意味ではない。今すぐではない。いつか、会えるかもしれない、という可能性の話だ]
 「意味がわからん」
 話が見えない。眉をひそめると、アルケイデアは言った。
 [人は生まれ変わる。その娘も。だから、娘が生まれ変わるのを待つのだ]
 「うまれ、かわり」
 どこか呆然と呟くと、アルケイデアは頷いた。
 [おまえが、精霊の王になって]
 「オレが、精霊王に?」
 
 「それが可能だとして、あなたはどうなる」
 [人の輪に、輪廻に、還る]
 「何故、オレにそんな話を?」
 [この場所が、どういう場所かわかるか?]
 話の転換に首をかしげると、アルケイデアは、まあ聞け、と薄く笑った。

 アルケイデア曰く、この場所は、聖域なのだという。
 精霊の王が、祝福を与えた場所。
 そういう場所が、世界にはいくつか存在する。
 祝福を与えた場所、聖域は、通常人間には入ることが出来ないという。見つけることも出来ない。
 それが出来る人間は、精霊の王になる素質がある者、あるいは、精霊の番の素質がある者なのだという。
 そしてその素質ある者は、精霊の加護を受けることはない。つまり、精霊の使い以外が、その素質を持っていることになる。もちろん、殆どの者にその素質はない。だが、加護のない、精霊の使いではない者にこそ、最大の力が備わっているかもしれないのだ。

 [私は、もう、番には会えないのだろう]

 ポツリ、呟いたアルケイデアは、ひどく悲しそうな顔をしていた。

 [わかってはいたが、もう少ししたら、もしかしたら、と、ズルズルと今まで来てしまった]
 自嘲を口元に浮かべている。
 [あの子との思い出を、記憶を、なくしたくなくて、とどまり続けていた]
 ああ、その気持ち、痛いほどわかる。
 [あの子との思い出が、嬉しいと、楽しいと、幸せだ、と、思えている内に]
 アルケイデアは、遠くを見るように、空を見上げた。

 [私は、輪廻に還りたい]

 憎しみに変わってしまう前に。

 [王の座を空席には出来ない。だから、ここにいるおまえに、次席を譲ろうとしているだけ。これは、私のエゴだ]
 断ってもいい。
 そう、言外に告げられている気がした。

 「願ったりだ」
 そう言って笑ってやると、アルケイデアは目を見開いた。
 [おまえは、待てるのか?]
 「ああ」
 [希望に縋り、ただ無為に存在するだけになるかもしれないのだぞ]
 「それでもいい」
 腕の中の最愛を、愛しく見つめる。

 「もう一度、もう一度、この手で抱き締めたい」

 もう、オレを呼ぶことのない声を。
 二度と開かれることのないその目を。
 冷たくなっていくこの体を。

 もう二度と、こんなことには、させないから。

 「オレから、頼む。もう一度、ティアに、会わせてくれ」

 アルケイデアは、嬉しそうに、悲しそうに、微笑んだ。

 [これも何かの縁だ。私の力を、すべておまえに渡す。
 私は、待てなかった。
 もう、これ以上、待てない]

 「そうか。ありがたく受け取ろう」
 アルケイデアは、オレの頭に手をかざした。
 [おまえの名は]
 「クロウスケィア」
 [精霊の王の名は継がれる。今後おまえは、アルケイデアを名乗る。この名を知るのは、自身と番のみ。他に名を知られたら、世界は滅ぶ]
 「世界が?」
 物騒な話にギョッとした。
 [精霊の名は、知られた者に支配される。精霊の王の力は凄まじい。名を呼ばれてしまえば、その言葉に抗えない]
 なるほど。だから、番以外には知られてはいけないのか。
 「わかった。偶然だが、オレはティアに、ケイ、と呼ばれていた。その名でも、ケイと呼ばれてもおかしくないな」
 [そうか。まあ、普段呼んでもらう名は、何でも構わないが、やはり何やらえにしを感じるな]
 そう言って頷くと、真摯な眼差しでオレを見つめた。
 [願わくは、王の交代これがおまえにとって呪いとならぬよう。祝福であるよう]

 祈るように

 [クロウスケィア。ありがとう]

 アルケイデアは、笑って、消えた。


………
……



 ティア。
 次に生まれ変わったときに、会いに行くから。

 先代アルケイデアが手向けてくれた、一輪の花。
 精霊界に咲く花で、これを死者に贈ると、生まれ変わったときに、目印になるという。
 母胎に宿ったときに、その母胎が光るのだ。その光は、贈った者だけに見えるという。
 今回贈ったのは、先代アルケイデア。だが、その力を継いだのは、クロウスケィアこと、今代アルケイデア。
 いつ生まれ変わるのかもわからないまま、世界中を探し回らねばならない。目印があるとはいえ、昨日は違った者が、今日宿らせているかもしれないのだ。何度も何度も、繰り返し繰り返し探し続ける日々。
 それでも、希望に満ちていた。
 何となく、会える予感がしていた。

 リュシーナが、あの勘の良さで、ルシスティーアを導いてくれる。

 そんな気がした。



*おしまい*
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