精霊の使い?いいえ、違います。

らがまふぃん

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番外編

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 ティアを失いたくない。
 もう、二度と。
 生まれ変わったなら、決してその手を離さないよう。

*~*~*~*~*

 オレの生まれた国は、戦争の絶えない国だった。
 そんな国の王太子として育ったオレは、血と権力に飢えた父の側で、常に人の死を見ながら生きてきた。
 国を落とし、数々の戦利品として奪い取ってきたものの中に、それはあった。
 「ルシスティーアと申します」
 奪った国の名は、もう名乗れない。ルシスティーアは、亡国の第二王女であり、まだ十二歳であった。十二歳の少女を、父はオレの何人目だかわからない側妃に据えた。第一王女は十五歳。父の、同じく何人目かわからない側妃となった。
 ルシスティーアは、震えを完全に殺すことが出来ないながらも、真っ直ぐに自分の目を見つめて挨拶をした。
 美しい。
 そう思った。


 「姫様ー!はい!」
 声が聞こえた。
 何となくそちらへ足を向けると、昨日挨拶をした娘が二人いた。
 後宮の裏にある森の中。思わず身を潜めて様子を窺う。
 花冠をルシスティーアの頭に乗せて、一人だけ侍女として同行を許可したリュシーナという娘が笑う。酷いものだ。子どもの方がもっとマシに作れる。
 「もう、シーナ。わたくしはもう王女ではありません。姫様と呼んではダメよ」
 だがもう一人の娘、ルシスティーアは、とても嬉しそうに笑うのだ。
 オレの前で、気丈に振る舞っていた娘の年相応な笑顔に、何故か心がざわついた。
 「そうでした!えっと、ティア様!」
 侍女が笑うとルシスティーアも笑う。
 一回り以上歳の離れた娘から、まだ少女である娘から、何故か目が離せない。

 美しい少女だ。

 外見だけではない。
 所作も、笑顔も、

 凜としたその目も。

 「敬称もいらないわ、シーナ」
 「いいえ。私、頭が悪いから、きっと畏まった場所でも普段通りにしてしまうと思います。二人きりとはいえ、それは出来ません」
 「シーナ。そこは頑張って欲しいわ。ね、呼んで、シーナ」
 「強引な姫様が大好きです!」
 「わたくしの方が、シーナのことが大好きよ」
 ルシスティーアの口から“好き”と転がり落ちると、何故か鼓動が強くなった。
 その時だ。
 「王太子殿下、公の場で間違えたら、フォローしてくださいますか?」
 侍女がこちらを向いて話しかけてきた。
 驚いた。
 物陰に隠れ、気配を殺していた。然程離れてはいないが、近くもない。気付かれるはずがなかった。

 何より、私だと気付いたことに驚愕した。

 少しの逡巡の後、オレはルシスティーアたちの前に姿を見せる。
 「まあ、いつもながら、本当にシーナは凄いわね」
 「自分でもそう思います!」
 侍女の宣言通り、オレが姿を現したことに、ルシスティーアは感心したように言うと、侍女が両手の拳を天に突き出しながら力強く頷いた。
 「いつもながら?ただの侍女に見えるが、隠密か?」
 剣の柄に手をやりながら近付くと、侍女はルシスティーアを庇うように立ちはだかる。
 「そんな大層なものではありません。よくわからないけどわかるんです」
 「意味がわからん」
 「え。嘘。なんて言ったらいいんですかね、姫様」
 「ええと、そうね、うぅん、勘がいい?かしら?」
 「それだ。勘がいいんです!」
 嘘を言っているようには見えない。だが、信用に値するものが何もない。
 そのため、二人を監視することにした。

………
……


 「あれ。クロスケ殿下がまたいる」
 「クロウスケィア、だ。いい加減覚えろ」
 それからオレは、事ある毎にルシスティーアを訪ねた。
 そのお陰か、ルシスティーアとの距離は縮まり、ティア、と愛称で呼べるほどになった。リュシーナは最初から私を恐れてはいなかったが、遠慮がなくなってきている。だが、不思議と嫌な気はしない、何とも不思議な気を纏っている。だからと言って、ルシスティーアに関することで悉くマウントを取ってこようとすることには、イラッとするが。

 ティアとリュシーナと、三人で過ごすことが多くなった。
 リュシーナの“勘がいい”ということが、嘘ではないと納得出来るほど、一緒にいた。
 自分が何故これほどまで、ティアと共に時間を過ごしたいのかは、考えないようにしていた。
 時々戦地に赴くことも変わらずにあったから。
 そして気付けば三年という月日が流れていた。

 それでもこの頃にはもう、ハッキリと自覚していた。

 ルシスティーアを愛していると。


*~*~*~*~*


 オレの生まれた国は、戦争の絶えない国だ。
 オレは、そんな国の王太子。
 血と権力に飢えた父の側で、常に人の死を見ながら生きてきた。
 国を落とし、数々のものを奪い取ってきた。

 奪われる側に、ならないように。


 怒号と怒声が響く。
 あちこちから火の手が上がり、逃げ惑う人々と、それを追いかけ、命を奪う者。果敢に戦い、血を流しながらも、守るべき者を守ろうとする者。

 ティアと出会って五年。
 オレの生まれた国が、戦禍にのまれる。

 因果応報。
 まったくもって、その通りだ。

 「ティア!どこだ、ティア!リュシーナ!」

 後宮は火に包まれている。

 大丈夫。ティアにはリュシーナがついている。
 勘のいい娘だ。
 今頃安全な場所に、ティアを連れて避難している。

 そう言い聞かせるが、やはり姿を見て安心したくて。

 敵兵を切り伏せながら、ティアとリュシーナを探す。
 こんな戦闘真っ只中の場所に、いるはずがない。わかっているが、声を張り上げる。
 目に見える範囲は何とかなった。早くここから離れ、二人を見つけなくては。
 燃え落ちる寸前の後宮に行く途中、ふと、何かが気になった。
 瓦礫に埋もれるようにした、僅かな空間。

 「っ!ティアッ」

 血で汚れたティアがいた。

 「ケイッ、ふ、ううぅっ」
 ボロボロと涙を落とすティアの腕の中。血の気がなくなり、真っ白な顔色のリュシーナがいた。
 ティアが怪我をしているわけではないと安堵したのも束の間。
 息をのんだ。
 「よかったあ。へへ、ちょっと、失敗した」
 背中を大きく切られている。血溜まりの量からして、助からない。よく、意識を保てている。
 「わ、わたくしを、庇って、シーナ、が」
 これほどの傷を負いながら、この場所を見つけて逃げ込んだという。
 「クロスケ、東に、行って」
 ここももうじき、安全ではなくなる、その前にクロスケが来てくれて良かった。そう言って安堵の笑みを零した。
 オレにティアを託すため、今にも飛びそうな意識を何とか繋ぎ止めていたのか。
 「後宮の、裏で、初めて、会った場所、覚えてる?」
 「ああ、もちろんだ」
 「あそこは、だいじょうぶ、だから」
 「お得意の勘か?」
 ニコリ。リュシーナが笑う。
 「ティアを、守って」
 「いや、いやよ、シーナ、一緒に」
 縋るティアを、リュシーナは一度強く抱き締めると、オレに向かってティアを突き飛ばした。
 「ティア!行きなさい!」
 リュシーナが、最後の力を振り絞ってティアを生かそうとする。
 ティアはたくさんの涙を流しながらも、リュシーナの願いに頷いた。

 「大好き、ティア」

 リュシーナが笑った。
 「クロスケ、ティアを、よろしくね」
 なんと、気高い。
 そう、思った。

………
……


 「シーナは、わたくしを探していたのです」
 リュシーナが教えてくれた、安全な場所へと走る。涙を堪えながら、ティアは上がる息をそのままに、話をする。

 嫌な予感がするから、あの花畑に行こう。

 やっと探し出したティアに、リュシーナはそう言ったという。
 「けれど、わたくしを見つけるまでに、時間がかかり過ぎた」
 ティアは、他の側妃たちに、目をつけられていた。
 オレがティアにばかり構っていたから。
 だが、リュシーナの天性の勘の良さで、何事も起こらずに過ごしてきていた。
 それが今回、この大きな災いの前に、側妃たちの小さな悪意は、リュシーナの警鐘にかからなかったようだ。
 ティアは、ほとんど使われていない小屋に、閉じ込められてしまっていた。
 ティアとオレと逃げるため、必要な最低限の荷造りをしている間の出来事だった。
 それでもリュシーナの勘の良さでティアを見つけることが出来たが、逃げたい方向と正反対の場所に閉じ込められていたため、逃げ遅れたようだ。
 オレは、リュシーナに甘えすぎていた。
 リュシーナがいれば、ティアを悪意から守れる。

 バカだ。

 悪意のある場所だとわかっていて何もしなかったオレは、本当に愚かだ。
 そんなことで、どの口がティアを愛しているなどと言うのか。

 リュシーナを殺したのは、オレだ。

 そして

 「ケイッ」

 オレは、どこまで愚かなのだろう。


 来年は十八か。成人の祝いだ。ティアが喜ぶものを贈りたい。
 癪だが、リュシーナに相談するか。
 二人からのプレゼントだと言ったら、どんな顔で喜んでくれるだろう。

 悪戯をする子どものように、ティアを驚かせようと企んでいたんだ。

 それなのに。

 ティアは、たった、十七で、

 
 命を散らした。




*後編につづく*
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