10 / 24
9.
しおりを挟む
アビアント家は、シーナについて、何の解決策も見つけられないままだった。受け入れ難いが、シーナを学園に通わせるしかない。苦肉の策として、庭師の住居のほど近くにもう一棟、同等の家を建てることにした。家族を本邸以外に住まわせる場合、本邸より規模は劣るが、貴族らしい邸として大規模な工事が必要となる。そうでなければ、金回りが良くないと噂され、家名に傷が付く。要するに、貴族の見栄だ。だが、使用人の家であれば、小屋のような家でもおかしくはない。これなら庭師を増やすという体で建てれば、面目は保たれる。そこにシーナを住まわせればいい、と全員が頷いた。学園入学の三日前に完成させるよう、大工には伝えてある。シーナをギリギリまで呼ばない口実だ。
学園に通うに必要最低限の物だけを用意し、体裁は調えた。
入学まであと二週間もない、そんなある日。アビアント家に王家から手紙が届く。
「旦那様、王家は何と?」
晩餐の席で、夫人が侯爵に声をかける。
「ああ、三日後に登城するようにと。おまえたちも来るようにと仰せだ」
侯爵の言葉に、嫡男ユーリと長女ラーナが顔を見合わせる。
「全員ですか?何かありましたか?」
訝しむユーリに、侯爵は首を振る。
「わからん。だが、準備はしておいてくれ」
わからないながらも、三人は頷いた。
………
……
…
「もう入学まで二週間もないというのに、未だにシーナが王都に来たという報せがないのは何故かしら」
登城して通された部屋には、王家が揃っていた。
挨拶を済ませると、王女システィアが開口一番、そう言った。
「外遊から戻れば、シーナが王都に来たという連絡が来ているだろうと思っていたの」
アビアント家は、ドッと冷や汗が流れる。
「けれど、連絡はなかったと言われたわ。戻って一週間以上経つけれど、未だに連絡がないの」
「あ、え、と」
表情はない。けれど、その怒りがヒシヒシと伝わってくる。予想外の呼び出し理由に、アビアント侯爵は、言葉が上手く出て来ない。
「わたくし、言ったわよね、アビアント侯爵。“学園に通えば、毎日一緒よ。今から楽しみだわ。領地から戻ったら報せてね”、と。これを聞いて、おまえはどう思ったのかしら。シーナに会えることを楽しみにしていると、伝わらなかったのかしら。だから、未だにシーナを王都に呼ばないということなのかしらね」
何とか怒りを静めなくては。精霊王の加護を持つ世界の至宝を、敵に回すようなことをしてはならない。
「は、あの、シーナは、体が」
「アビアント侯爵」
“体が弱く、王都の空気があまり合わないため、ギリギリまで領地にいさせてあげようとした。”
焦る頭でそう切り抜けようとして、第一王子リュクスに遮られた。
「言葉には気を付けよ。虚偽を口にした時点で、おまえの、首と胴体は別れる。心して話されよ」
牽制された。それはつまり、シーナがどういう状態か知っているということ。アビアント侯爵家の誰もの顔色は悪い。
まさかシーナのことで呼び出されたなんて、思いもしない。
シーナは領地から出ていないはずだというのに、何故システィアと知り合いなのか。それが解決していなかったが、学園には通わせるのだからいいだろうと判断してしまっていた。
システィアから、領地から戻ったら報せるよう言われていたのに。
「システィーからお願いされていましたよね。忘れていましたか?」
いつも丁寧な口調の第二王子リュセスであるが、今はその丁寧さが恐ろしい。
「忘れてしまうことは誰にでもあるもの、今回は不問としましょう」
アビアント家は安堵から、肩の力が抜けた。が。
「それで?シーナは学園には通うのでしょう?王都にはいつ?」
ビクリと体を震わせ、大量に汗を流しながら、しどろもどろに答える。
「にゅ、入学式、み、っか、前、に、ごさい、ます」
王家は溜め息を吐いた。
「そう。嘘を吐かなかったことは認めましょう。そんなにシーナを蔑ろにして、何がしたいの、おまえたちは」
嘘ではないと知っていることに、アビアント家は冷や汗が止まらない。
「嘘ではないとわかることが不思議かしら」
システィアは笑った。
*つづく*
学園に通うに必要最低限の物だけを用意し、体裁は調えた。
入学まであと二週間もない、そんなある日。アビアント家に王家から手紙が届く。
「旦那様、王家は何と?」
晩餐の席で、夫人が侯爵に声をかける。
「ああ、三日後に登城するようにと。おまえたちも来るようにと仰せだ」
侯爵の言葉に、嫡男ユーリと長女ラーナが顔を見合わせる。
「全員ですか?何かありましたか?」
訝しむユーリに、侯爵は首を振る。
「わからん。だが、準備はしておいてくれ」
わからないながらも、三人は頷いた。
………
……
…
「もう入学まで二週間もないというのに、未だにシーナが王都に来たという報せがないのは何故かしら」
登城して通された部屋には、王家が揃っていた。
挨拶を済ませると、王女システィアが開口一番、そう言った。
「外遊から戻れば、シーナが王都に来たという連絡が来ているだろうと思っていたの」
アビアント家は、ドッと冷や汗が流れる。
「けれど、連絡はなかったと言われたわ。戻って一週間以上経つけれど、未だに連絡がないの」
「あ、え、と」
表情はない。けれど、その怒りがヒシヒシと伝わってくる。予想外の呼び出し理由に、アビアント侯爵は、言葉が上手く出て来ない。
「わたくし、言ったわよね、アビアント侯爵。“学園に通えば、毎日一緒よ。今から楽しみだわ。領地から戻ったら報せてね”、と。これを聞いて、おまえはどう思ったのかしら。シーナに会えることを楽しみにしていると、伝わらなかったのかしら。だから、未だにシーナを王都に呼ばないということなのかしらね」
何とか怒りを静めなくては。精霊王の加護を持つ世界の至宝を、敵に回すようなことをしてはならない。
「は、あの、シーナは、体が」
「アビアント侯爵」
“体が弱く、王都の空気があまり合わないため、ギリギリまで領地にいさせてあげようとした。”
焦る頭でそう切り抜けようとして、第一王子リュクスに遮られた。
「言葉には気を付けよ。虚偽を口にした時点で、おまえの、首と胴体は別れる。心して話されよ」
牽制された。それはつまり、シーナがどういう状態か知っているということ。アビアント侯爵家の誰もの顔色は悪い。
まさかシーナのことで呼び出されたなんて、思いもしない。
シーナは領地から出ていないはずだというのに、何故システィアと知り合いなのか。それが解決していなかったが、学園には通わせるのだからいいだろうと判断してしまっていた。
システィアから、領地から戻ったら報せるよう言われていたのに。
「システィーからお願いされていましたよね。忘れていましたか?」
いつも丁寧な口調の第二王子リュセスであるが、今はその丁寧さが恐ろしい。
「忘れてしまうことは誰にでもあるもの、今回は不問としましょう」
アビアント家は安堵から、肩の力が抜けた。が。
「それで?シーナは学園には通うのでしょう?王都にはいつ?」
ビクリと体を震わせ、大量に汗を流しながら、しどろもどろに答える。
「にゅ、入学式、み、っか、前、に、ごさい、ます」
王家は溜め息を吐いた。
「そう。嘘を吐かなかったことは認めましょう。そんなにシーナを蔑ろにして、何がしたいの、おまえたちは」
嘘ではないと知っていることに、アビアント家は冷や汗が止まらない。
「嘘ではないとわかることが不思議かしら」
システィアは笑った。
*つづく*
258
お気に入りに追加
427
あなたにおすすめの小説
結界師、パーティ追放されたら五秒でざまぁ
七辻ゆゆ
ファンタジー
「こっちは上を目指してんだよ! 遊びじゃねえんだ!」
「ってわけでな、おまえとはここでお別れだ。ついてくんなよ、邪魔だから」
「ま、まってくださ……!」
「誰が待つかよバーーーーーカ!」
「そっちは危な……っあ」
新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!
月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。
そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。
新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ――――
自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。
天啓です! と、アルムは――――
表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

王太子妃が我慢しなさい ~姉妹差別を受けていた姉がもっとひどい兄弟差別を受けていた王太子に嫁ぎました~
玄未マオ
ファンタジー
メディア王家に伝わる古い呪いで第一王子は家族からも畏怖されていた。
その王子の元に姉妹差別を受けていたメルが嫁ぐことになるが、その事情とは?
ヒロインは姉妹差別され育っていますが、言いたいことはきっちりいう子です。

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。

私、実は若返り王妃ですの。シミュレーション能力で第二の人生を切り開いておりますので、邪魔はしないでくださいませ
もぐすけ
ファンタジー
シーファは王妃だが、王が新しい妃に夢中になり始めてからは、王宮内でぞんざいに扱われるようになり、遂には廃屋で暮らすよう言い渡される。
あまりの扱いにシーファは侍女のテレサと王宮を抜け出すことを決意するが、王の寵愛をかさに横暴を極めるユリカ姫は、シーファを見張っており、逃亡の準備をしていたテレサを手討ちにしてしまう。
テレサを娘のように思っていたシーファは絶望するが、テレサは天に召される前に、シーファに二つのギフトを手渡した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる