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アシュカ共和国編 *切ない*
中編
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この世界で魔力がないということは、死に等しい。
水や火など生活に必要なものが、魔石に魔力を通すことで使用出来るからだ。
イトは生まれながらに魔力がなかった。家族が、イトに魔力がないことに気がついたのは、三歳を迎える頃だった。自分のことは自分でやりたがる頃から、違和感はあった。手を洗うのに水を出そうとした。しかし水が出ない。幼い故、上手に魔力が操れないのだろうと、始めは家族や使用人たちが手を貸してくれていた。だが、いつまで経っても一向に魔石が反応しないことに、家族や使用人たちは訝しむ。
家族は早々にイトを隠した。使用人にはしっかり口止めをして。
イトは知らないが、イトは子爵家の令嬢だった。
貴族から魔力なしが生まれたなんて、恥でしかない。
そうして路地裏に捨てられるまでの二年間、イトの兄に、魔法の実験台として使われ続けた。喋ることも、感情を表に出すことも許されなかった。捨てられたあの日、背中に大火傷を負い、左目を潰されて意識を失ったイトを、兄は死んだと思った。貴族とはいえ、殺人は御法度だ。両親は家令に命じて、慌てて捨てさせたのだ。見つからないように、ゴミに埋もれさせて。体は貧相だ。貧民街の子どもと間違われるだろう、と。
だが、イトの上に積んだゴミが何かの拍子に崩れたため、ディーンに見つけてもらえた。
イトは、間違いなく幸運であった。
*~*~*~*~*
「イト、今日は祭りだ。兄貴と行くんか?」
ディーンの部下の一人、マルがイトの頭を撫でながら尋ねた。イトは首を傾げた。
「なんだ、知らねぇのか。兄貴もしょうがねぇなぁ」
マル曰く、毎年この時期になると、大きな商隊がやって来て、それはそれは賑わうとのこと。それを祭りと呼んでいるのだとか。この祭りは、一週間続くと言う。
「そうだぞー。すごいぞー。珍しいもんいっぱいだぞー」
もう一人の部下、ゼヴォが涎を垂らしながら言う。
「食いもんのことばっか考えてんなよ!涎拭け!」
また別の部下、カシュバがゼヴォの顔にタオルを押しつけた。
「どうだ、イト。行ってみるか?」
マルの言葉に、イトは首を横に振った。三人は苦笑する。
「兄貴がいれば行くか?」
カシュバが言うと、イトはコクリと頷く。
「ホントに兄貴が好きだなぁ」
カシュバに頭を撫でられながら、イトは薄く頬を色づかせた。
「よし、兄貴が帰ってくるまでに出掛ける準備でもしてっか」
「祭り?」
そういえば騒がしかった。
ディーンがそう言うと、三人は呆れたように眉を寄せた。
「兄貴、忘れてたんですかぃ?」
「ダメですよーぅ。美味しいもんいーっぱい来るんですからー」
「イト連れて行きましょうよ、兄貴」
ディーンはイトを見た。シンプルだが、裾部分に花の模様が入った可愛らしいふくらはぎ丈のワンピースを着ている。肩から小さなポシェットを下げていた。
「そうだな。イト、悪ぃ。忘れてたわ。待っててくれてありがとな。行くぞ」
表情は乏しいが、明らかに喜んでいる雰囲気を醸し出すイトに、四人は微笑んだ。
「イト、欲しいもんあったら遠慮なく言えよ」
イトはディーンを仰ぎ見た。ぶっきらぼうな物言いだが、視線が合うと照れくさそうに顔を逸らす。それを見る度、イトは胸がいっぱいになった。
温かい気持ちで露天を見て回る。
イトは初めて目にする物ばかりで、見ているだけで楽しかった。
ゼヴォがたくさんの食べ物を抱えながら幸せそうに食べ歩く。抱えた食べ物を食べるとき、最初の一口を必ずイトに差し出して食べさせてくれた。マルとカシュバはたくさんの露天の説明をしてくれた。
そしてディーンは。
「ほら、イト」
可愛らしい、もこもこの黄色いひよこがついた髪留めをイトの手に乗せた。
イトは糸のような目を見開く。
「あー、さっき、見てただろ。欲しいもんあったら言えって言ったろ」
違ったら悪ぃな、と首の後ろをさすりながらそっぽを向いている。イトは胸が苦しくなった。胸がいっぱいになりすぎて、とても苦しかった。
「あ、あり、ありがと、うれ、しい」
両手でピンの部分を握りしめ、胸に抱き締めた。涙が零れる。嬉しいのに、嬉しいはずなのに泣いてしまうなんて、嫌がっていると思われたらどうしよう。そう思って、イトは一生懸命涙を袖で拭う。
「あーあー、イト、それじゃ痛めちゃうでしょ。こすっちゃダメだぁ」
そう言ってマルは、ハンカチでそっと目元を押さえてくれた。
「良かったな、イト」
カシュバは優しく頭を撫でてくれた。ゼヴォもニコニコしている。
泣いているのに嬉しいって伝わるんだ。嬉しいときにも、人って泣くんだ。そうか。だから、名前をもらったとき、自分は泣いたのか。嬉しくて、泣いていたのか。
イトは、ひとつ、感情を知った。
*後編につづく*
水や火など生活に必要なものが、魔石に魔力を通すことで使用出来るからだ。
イトは生まれながらに魔力がなかった。家族が、イトに魔力がないことに気がついたのは、三歳を迎える頃だった。自分のことは自分でやりたがる頃から、違和感はあった。手を洗うのに水を出そうとした。しかし水が出ない。幼い故、上手に魔力が操れないのだろうと、始めは家族や使用人たちが手を貸してくれていた。だが、いつまで経っても一向に魔石が反応しないことに、家族や使用人たちは訝しむ。
家族は早々にイトを隠した。使用人にはしっかり口止めをして。
イトは知らないが、イトは子爵家の令嬢だった。
貴族から魔力なしが生まれたなんて、恥でしかない。
そうして路地裏に捨てられるまでの二年間、イトの兄に、魔法の実験台として使われ続けた。喋ることも、感情を表に出すことも許されなかった。捨てられたあの日、背中に大火傷を負い、左目を潰されて意識を失ったイトを、兄は死んだと思った。貴族とはいえ、殺人は御法度だ。両親は家令に命じて、慌てて捨てさせたのだ。見つからないように、ゴミに埋もれさせて。体は貧相だ。貧民街の子どもと間違われるだろう、と。
だが、イトの上に積んだゴミが何かの拍子に崩れたため、ディーンに見つけてもらえた。
イトは、間違いなく幸運であった。
*~*~*~*~*
「イト、今日は祭りだ。兄貴と行くんか?」
ディーンの部下の一人、マルがイトの頭を撫でながら尋ねた。イトは首を傾げた。
「なんだ、知らねぇのか。兄貴もしょうがねぇなぁ」
マル曰く、毎年この時期になると、大きな商隊がやって来て、それはそれは賑わうとのこと。それを祭りと呼んでいるのだとか。この祭りは、一週間続くと言う。
「そうだぞー。すごいぞー。珍しいもんいっぱいだぞー」
もう一人の部下、ゼヴォが涎を垂らしながら言う。
「食いもんのことばっか考えてんなよ!涎拭け!」
また別の部下、カシュバがゼヴォの顔にタオルを押しつけた。
「どうだ、イト。行ってみるか?」
マルの言葉に、イトは首を横に振った。三人は苦笑する。
「兄貴がいれば行くか?」
カシュバが言うと、イトはコクリと頷く。
「ホントに兄貴が好きだなぁ」
カシュバに頭を撫でられながら、イトは薄く頬を色づかせた。
「よし、兄貴が帰ってくるまでに出掛ける準備でもしてっか」
「祭り?」
そういえば騒がしかった。
ディーンがそう言うと、三人は呆れたように眉を寄せた。
「兄貴、忘れてたんですかぃ?」
「ダメですよーぅ。美味しいもんいーっぱい来るんですからー」
「イト連れて行きましょうよ、兄貴」
ディーンはイトを見た。シンプルだが、裾部分に花の模様が入った可愛らしいふくらはぎ丈のワンピースを着ている。肩から小さなポシェットを下げていた。
「そうだな。イト、悪ぃ。忘れてたわ。待っててくれてありがとな。行くぞ」
表情は乏しいが、明らかに喜んでいる雰囲気を醸し出すイトに、四人は微笑んだ。
「イト、欲しいもんあったら遠慮なく言えよ」
イトはディーンを仰ぎ見た。ぶっきらぼうな物言いだが、視線が合うと照れくさそうに顔を逸らす。それを見る度、イトは胸がいっぱいになった。
温かい気持ちで露天を見て回る。
イトは初めて目にする物ばかりで、見ているだけで楽しかった。
ゼヴォがたくさんの食べ物を抱えながら幸せそうに食べ歩く。抱えた食べ物を食べるとき、最初の一口を必ずイトに差し出して食べさせてくれた。マルとカシュバはたくさんの露天の説明をしてくれた。
そしてディーンは。
「ほら、イト」
可愛らしい、もこもこの黄色いひよこがついた髪留めをイトの手に乗せた。
イトは糸のような目を見開く。
「あー、さっき、見てただろ。欲しいもんあったら言えって言ったろ」
違ったら悪ぃな、と首の後ろをさすりながらそっぽを向いている。イトは胸が苦しくなった。胸がいっぱいになりすぎて、とても苦しかった。
「あ、あり、ありがと、うれ、しい」
両手でピンの部分を握りしめ、胸に抱き締めた。涙が零れる。嬉しいのに、嬉しいはずなのに泣いてしまうなんて、嫌がっていると思われたらどうしよう。そう思って、イトは一生懸命涙を袖で拭う。
「あーあー、イト、それじゃ痛めちゃうでしょ。こすっちゃダメだぁ」
そう言ってマルは、ハンカチでそっと目元を押さえてくれた。
「良かったな、イト」
カシュバは優しく頭を撫でてくれた。ゼヴォもニコニコしている。
泣いているのに嬉しいって伝わるんだ。嬉しいときにも、人って泣くんだ。そうか。だから、名前をもらったとき、自分は泣いたのか。嬉しくて、泣いていたのか。
イトは、ひとつ、感情を知った。
*後編につづく*
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