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サファ帝国編 *片思い?*
後編
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クアはサファ帝国を愛している。だからカナンは、この国を豊かにするために努力を続けた。少しでもクアに喜んでもらうために。
カナンの原動力は、クアへの愛。届くことはないとしても、この愛を手放すことは出来なかった。一方的だとわかっている。迷惑がられていることもわかっている。だから少しでもいい、役に立つと、使えると、そう思ってもらえれば良かった。
王の選定は、神と交信できる者の中から選ばれる。
定められた日に神殿に向かい、儀式の間で祈りを捧げる。その祈りに応えた者を、女神クアは水の膜で包み、王と認める証として、額に水神の印を授ける。
カナンがこの儀式を受けたのは、二十二の時だ。王と認められたことで、元々クアを愛して止まなかったカナンは、ますますクアに傾倒していく。
毎日欠かすことなくクアへ一日の報告を行い、報告が終わると、如何に自分がクアを愛しているかを延々と語り続ける。殆どクアが一方的に交信を切ってしまうので、強制終了となってしまうのだが。
カナンは一途にクアへ愛を捧げ続けた。その愛が、帝国を豊かにしていく。
「女神クア、今年は豊作だ。土壌改良が功を奏したのだろう。これで飢える者が一段と減るに違いない」
「クア、女神クア、日照りに強い植物を見つけた。食用にもなるんだ。これで万が一にも備えられる」
「なあクア、砂漠に根付く緑を今研究しているんだ。この研究が実を結べば、クアもオアシスを創りやすくなるんじゃないか?」
「クア、聞いてくれ。孤児院の数が減ってきたんだ。これは子どもをきちんと養える親が増えてきた証だ」
「女神クア、今日はあなたの感謝祭だ。見たか?あの実りの数々。これで少しは、あなたも安心出来ただろうか」
前帝カナンは六十を超えた辺りから、体調を崩すようになった。
六十で王の座を退き、ゆっくり余生を過ごしている。
この国の平均寿命から考えると、かなり長生きだ。六十になるまで帝位に就いていたことも、驚くべき偉業だ。死ぬまで帝位に就き、その生涯を女神クアに捧げようと生きてきた。だが、鍛えあげられた肉体をもってしても、寄る年波には抗えない。自分が帝位にいるよりも、下に譲った方が遙かにこの国はまわると感じ、女神クアの愛するこの国のためにも、帝位を退くことを決めた。
砂漠の多いこの国を、女神が見放しているからだと言う輩も一定数いる。その言葉に、カナンは何もわかっていない、と悲しくなる。
世界には調和というものがある。豊かなところがあれば、厳しいところもある。そうして調和をしているのだ。そんな厳しいところに慈悲をもたらすものが神。砂漠の中のオアシス。オアシスのあるところに人は集まる。この帝国にある多くの町や村の存在こそが、女神クアの慈悲にほかならない。それを砂漠の民全員にわかって欲しかった。力及ばなかった自分が情けない。
「クア、女神クア。すまない」
病床に伏し、ひとり涙を流す。
「あなたの慈悲を伝えきれなかった。あなたの愛する国を、わかってもらえなかった」
すまない、とカナンは繰り返した。
「おまえはよくやったよ」
誰もいないはずの部屋に、声がした。
「クア!」
起き上がる力さえもう残っていない。それでもカナンの目は、かつてのままだった。クアは呆れたように溜め息をついた。
「本当に死ぬまで独り身を貫くとは。本当にバカだね、おまえは」
辛辣な言葉とは裏腹に、その目は優しい。
サラリとカナンの髪を梳く。
触れてもらえると思っていなかったカナンは、驚きに目を見開く。
「迎えに来たよ、カナン」
カナンはボロボロと涙を溢す。
「あなたが、あなたが私を連れて行ってくれるのか、女神クア」
髪を梳く手に、カナンはそっと触れる。
「おまえは、よくやってくれたから」
「クア」
「ゆっくりおやすみ。カナン」
最初で最後のくちづけは、澄んだ水の味がした。
前帝カナン、六十三歳崩御。
その一生は、常に国と共にあった。
帝国はますます繁栄し、カナンの名は大陸の隅々まで轟く。
生涯伴侶を置くことはなく、その血が途絶えてしまったことが、深く惜しまれた。
崩御の知らせに、国中が涙した。
たくさんの人に惜しまれ、カナンは旅立った。
愛する人に導かれて。
*おわり*
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
カナンは転生の輪に加わったのでしょうか。眷属になったのでしょうか。
神のみぞ知る、ということで。
カナンの原動力は、クアへの愛。届くことはないとしても、この愛を手放すことは出来なかった。一方的だとわかっている。迷惑がられていることもわかっている。だから少しでもいい、役に立つと、使えると、そう思ってもらえれば良かった。
王の選定は、神と交信できる者の中から選ばれる。
定められた日に神殿に向かい、儀式の間で祈りを捧げる。その祈りに応えた者を、女神クアは水の膜で包み、王と認める証として、額に水神の印を授ける。
カナンがこの儀式を受けたのは、二十二の時だ。王と認められたことで、元々クアを愛して止まなかったカナンは、ますますクアに傾倒していく。
毎日欠かすことなくクアへ一日の報告を行い、報告が終わると、如何に自分がクアを愛しているかを延々と語り続ける。殆どクアが一方的に交信を切ってしまうので、強制終了となってしまうのだが。
カナンは一途にクアへ愛を捧げ続けた。その愛が、帝国を豊かにしていく。
「女神クア、今年は豊作だ。土壌改良が功を奏したのだろう。これで飢える者が一段と減るに違いない」
「クア、女神クア、日照りに強い植物を見つけた。食用にもなるんだ。これで万が一にも備えられる」
「なあクア、砂漠に根付く緑を今研究しているんだ。この研究が実を結べば、クアもオアシスを創りやすくなるんじゃないか?」
「クア、聞いてくれ。孤児院の数が減ってきたんだ。これは子どもをきちんと養える親が増えてきた証だ」
「女神クア、今日はあなたの感謝祭だ。見たか?あの実りの数々。これで少しは、あなたも安心出来ただろうか」
前帝カナンは六十を超えた辺りから、体調を崩すようになった。
六十で王の座を退き、ゆっくり余生を過ごしている。
この国の平均寿命から考えると、かなり長生きだ。六十になるまで帝位に就いていたことも、驚くべき偉業だ。死ぬまで帝位に就き、その生涯を女神クアに捧げようと生きてきた。だが、鍛えあげられた肉体をもってしても、寄る年波には抗えない。自分が帝位にいるよりも、下に譲った方が遙かにこの国はまわると感じ、女神クアの愛するこの国のためにも、帝位を退くことを決めた。
砂漠の多いこの国を、女神が見放しているからだと言う輩も一定数いる。その言葉に、カナンは何もわかっていない、と悲しくなる。
世界には調和というものがある。豊かなところがあれば、厳しいところもある。そうして調和をしているのだ。そんな厳しいところに慈悲をもたらすものが神。砂漠の中のオアシス。オアシスのあるところに人は集まる。この帝国にある多くの町や村の存在こそが、女神クアの慈悲にほかならない。それを砂漠の民全員にわかって欲しかった。力及ばなかった自分が情けない。
「クア、女神クア。すまない」
病床に伏し、ひとり涙を流す。
「あなたの慈悲を伝えきれなかった。あなたの愛する国を、わかってもらえなかった」
すまない、とカナンは繰り返した。
「おまえはよくやったよ」
誰もいないはずの部屋に、声がした。
「クア!」
起き上がる力さえもう残っていない。それでもカナンの目は、かつてのままだった。クアは呆れたように溜め息をついた。
「本当に死ぬまで独り身を貫くとは。本当にバカだね、おまえは」
辛辣な言葉とは裏腹に、その目は優しい。
サラリとカナンの髪を梳く。
触れてもらえると思っていなかったカナンは、驚きに目を見開く。
「迎えに来たよ、カナン」
カナンはボロボロと涙を溢す。
「あなたが、あなたが私を連れて行ってくれるのか、女神クア」
髪を梳く手に、カナンはそっと触れる。
「おまえは、よくやってくれたから」
「クア」
「ゆっくりおやすみ。カナン」
最初で最後のくちづけは、澄んだ水の味がした。
前帝カナン、六十三歳崩御。
その一生は、常に国と共にあった。
帝国はますます繁栄し、カナンの名は大陸の隅々まで轟く。
生涯伴侶を置くことはなく、その血が途絶えてしまったことが、深く惜しまれた。
崩御の知らせに、国中が涙した。
たくさんの人に惜しまれ、カナンは旅立った。
愛する人に導かれて。
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カナンは転生の輪に加わったのでしょうか。眷属になったのでしょうか。
神のみぞ知る、ということで。
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