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フルシュターゼの町編

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 「お、お、俺は、イグルーシャ侯爵が嫡男、アイルだ。おまえは、何と言う。名乗ることを許すぞ」
 突然話しかけられ、ノアリアストとダリアが無表情でアイルたちを見た。四人は大丈夫かと言うほど顔を紅潮させ、震えている。二人は彼らを無視して背を向けた。
 離れていく後ろ姿に、しばし呆然としてしまったが、アイルは無視をされたことに気付き、眉をつり上げた。侯爵家の自分をないがしろにするとは、と声を張り上げた。
 「おい!貴様!聞こえなかったのか!この俺を無視するとはいい度胸だな!」
 残る三人も不機嫌な顔をしている。いくら美しかろうと、自分たちを軽んじる者は不快で仕方がない、とありありと顔に出ている。
 街の人たちは、何事かと子どもたちを見ている。誰も口を挟めないのは、アイルたちがはばかりもせず身分をひけらかして、街中を闊歩かっぽしていたからだ。
 そんなアイルの恫喝にも似た大声にも、二人は振り返ることはしない。
 アイルたちは二人を追いかけた。謝罪をさせ、赦す代わりにあの美しい者を手に入れよう、そう考えていた。
 「おい、聞こえんのか、無礼者め!」
 二人の背後に追いつき、そう口にした瞬間。
 「ひっ」
 ノアリアストが鞘のついたままの剣を、アイルの喉元に突きつけた。アイルから引き攣った息が漏れた。他の三人も動けないでいる。四人が怯えているのは、剣を突きつけられたからではない。ノアリアストの凍てつく眼差しが、恐ろしかった。同じくダリアも、絶対零度の眼差しで睥睨へいげいしている。
 そこへ、ノアリアストたちの背後から声がかかった。
 「貴様ら、ワシの可愛い子どもたちに何をしておる!イグルーシャ侯爵家の者と知っての蛮行かっ!」
 「「父上、母上!」」
 「「お父様!お母様!」」
 四人は形勢逆転とばかりに、勝ち誇った笑みを浮かべた。
 「さあどうする?謝るなら赦してやらないこともないぞ。おまえが俺の婚約者になるならな」
 アイルはダリアを見ながら、いやらしい笑みを浮かべた。
 ノアリアストが鞘付きの剣を引く。
 「そうそう、物わかりがいいじゃないか」
 偉そうにふん反り返るアイルを無視して、二人はイグルーシャ侯爵たちを振り返る。
 「「は?!」」
 侯爵夫妻は間抜けな声を上げた。そして全身が震え出す。そんな両親の様子に、四人の子どもは戸惑う。一体どうしたというのか。
 「あ、あ、その、あぅ」
 顔色を無くし、言葉が出てこない侯爵に、子どもたちは不安を覚えた。いつも堂々としている父の、そんな姿を見たことがない。自由奔放な母の怯えきった顔など、初めて見る。知らない子どもたちから見たら、それはそうだろう。
 社交界に身を置いていて、知らないはずがない。
 初対面でもわかる。
 この、類い稀なるこの顔は。
 すると、ノアリアストとダリアが突然頭を下げた。
 イグルーシャ家は混乱した。何故頭を下げられたかわからない。
 だが、すぐに答えは出た。
 「父上、母上」
 「お父様、お母様」
 双子の言葉に、イグルーシャ侯爵夫妻の血の気が完全に失せた。
 「何を騒いでいる、ノア、ディア」
 エリアスト・カーサ・ディレイガルド。
 美しく残酷な筆頭公爵家当主が、いた。


*つづく*
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