50 / 79
フルシュターゼの町編
7
しおりを挟む
「お、お、俺は、イグルーシャ侯爵が嫡男、アイルだ。おまえは、何と言う。名乗ることを許すぞ」
突然話しかけられ、ノアリアストとダリアが無表情でアイルたちを見た。四人は大丈夫かと言うほど顔を紅潮させ、震えている。二人は彼らを無視して背を向けた。
離れていく後ろ姿に、しばし呆然としてしまったが、アイルは無視をされたことに気付き、眉をつり上げた。侯爵家の自分を蔑ろにするとは、と声を張り上げた。
「おい!貴様!聞こえなかったのか!この俺を無視するとはいい度胸だな!」
残る三人も不機嫌な顔をしている。いくら美しかろうと、自分たちを軽んじる者は不快で仕方がない、とありありと顔に出ている。
街の人たちは、何事かと子どもたちを見ている。誰も口を挟めないのは、アイルたちが憚りもせず身分をひけらかして、街中を闊歩していたからだ。
そんなアイルの恫喝にも似た大声にも、二人は振り返ることはしない。
アイルたちは二人を追いかけた。謝罪をさせ、赦す代わりにあの美しい者を手に入れよう、そう考えていた。
「おい、聞こえんのか、無礼者め!」
二人の背後に追いつき、そう口にした瞬間。
「ひっ」
ノアリアストが鞘のついたままの剣を、アイルの喉元に突きつけた。アイルから引き攣った息が漏れた。他の三人も動けないでいる。四人が怯えているのは、剣を突きつけられたからではない。ノアリアストの凍てつく眼差しが、恐ろしかった。同じくダリアも、絶対零度の眼差しで睥睨している。
そこへ、ノアリアストたちの背後から声がかかった。
「貴様ら、ワシの可愛い子どもたちに何をしておる!イグルーシャ侯爵家の者と知っての蛮行かっ!」
「「父上、母上!」」
「「お父様!お母様!」」
四人は形勢逆転とばかりに、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「さあどうする?謝るなら赦してやらないこともないぞ。おまえが俺の婚約者になるならな」
アイルはダリアを見ながら、いやらしい笑みを浮かべた。
ノアリアストが鞘付きの剣を引く。
「そうそう、物わかりがいいじゃないか」
偉そうにふん反り返るアイルを無視して、二人はイグルーシャ侯爵たちを振り返る。
「「は?!」」
侯爵夫妻は間抜けな声を上げた。そして全身が震え出す。そんな両親の様子に、四人の子どもは戸惑う。一体どうしたというのか。
「あ、あ、その、あぅ」
顔色を無くし、言葉が出てこない侯爵に、子どもたちは不安を覚えた。いつも堂々としている父の、そんな姿を見たことがない。自由奔放な母の怯えきった顔など、初めて見る。知らない子どもたちから見たら、それはそうだろう。
社交界に身を置いていて、知らないはずがない。
初対面でもわかる。
この、類い稀なるこの顔は。
すると、ノアリアストとダリアが突然頭を下げた。
イグルーシャ家は混乱した。何故頭を下げられたかわからない。
だが、すぐに答えは出た。
「父上、母上」
「お父様、お母様」
双子の言葉に、イグルーシャ侯爵夫妻の血の気が完全に失せた。
「何を騒いでいる、ノア、ディア」
エリアスト・カーサ・ディレイガルド。
美しく残酷な筆頭公爵家当主が、いた。
*つづく*
突然話しかけられ、ノアリアストとダリアが無表情でアイルたちを見た。四人は大丈夫かと言うほど顔を紅潮させ、震えている。二人は彼らを無視して背を向けた。
離れていく後ろ姿に、しばし呆然としてしまったが、アイルは無視をされたことに気付き、眉をつり上げた。侯爵家の自分を蔑ろにするとは、と声を張り上げた。
「おい!貴様!聞こえなかったのか!この俺を無視するとはいい度胸だな!」
残る三人も不機嫌な顔をしている。いくら美しかろうと、自分たちを軽んじる者は不快で仕方がない、とありありと顔に出ている。
街の人たちは、何事かと子どもたちを見ている。誰も口を挟めないのは、アイルたちが憚りもせず身分をひけらかして、街中を闊歩していたからだ。
そんなアイルの恫喝にも似た大声にも、二人は振り返ることはしない。
アイルたちは二人を追いかけた。謝罪をさせ、赦す代わりにあの美しい者を手に入れよう、そう考えていた。
「おい、聞こえんのか、無礼者め!」
二人の背後に追いつき、そう口にした瞬間。
「ひっ」
ノアリアストが鞘のついたままの剣を、アイルの喉元に突きつけた。アイルから引き攣った息が漏れた。他の三人も動けないでいる。四人が怯えているのは、剣を突きつけられたからではない。ノアリアストの凍てつく眼差しが、恐ろしかった。同じくダリアも、絶対零度の眼差しで睥睨している。
そこへ、ノアリアストたちの背後から声がかかった。
「貴様ら、ワシの可愛い子どもたちに何をしておる!イグルーシャ侯爵家の者と知っての蛮行かっ!」
「「父上、母上!」」
「「お父様!お母様!」」
四人は形勢逆転とばかりに、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「さあどうする?謝るなら赦してやらないこともないぞ。おまえが俺の婚約者になるならな」
アイルはダリアを見ながら、いやらしい笑みを浮かべた。
ノアリアストが鞘付きの剣を引く。
「そうそう、物わかりがいいじゃないか」
偉そうにふん反り返るアイルを無視して、二人はイグルーシャ侯爵たちを振り返る。
「「は?!」」
侯爵夫妻は間抜けな声を上げた。そして全身が震え出す。そんな両親の様子に、四人の子どもは戸惑う。一体どうしたというのか。
「あ、あ、その、あぅ」
顔色を無くし、言葉が出てこない侯爵に、子どもたちは不安を覚えた。いつも堂々としている父の、そんな姿を見たことがない。自由奔放な母の怯えきった顔など、初めて見る。知らない子どもたちから見たら、それはそうだろう。
社交界に身を置いていて、知らないはずがない。
初対面でもわかる。
この、類い稀なるこの顔は。
すると、ノアリアストとダリアが突然頭を下げた。
イグルーシャ家は混乱した。何故頭を下げられたかわからない。
だが、すぐに答えは出た。
「父上、母上」
「お父様、お母様」
双子の言葉に、イグルーシャ侯爵夫妻の血の気が完全に失せた。
「何を騒いでいる、ノア、ディア」
エリアスト・カーサ・ディレイガルド。
美しく残酷な筆頭公爵家当主が、いた。
*つづく*
91
お気に入りに追加
548
あなたにおすすめの小説

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?

夫が愛人を離れに囲っているようなので、私も念願の猫様をお迎えいたします
葉柚
恋愛
ユフィリア・マーマレード伯爵令嬢は、婚約者であるルードヴィッヒ・コンフィチュール辺境伯と無事に結婚式を挙げ、コンフィチュール伯爵夫人となったはずであった。
しかし、ユフィリアの夫となったルードヴィッヒはユフィリアと結婚する前から離れの屋敷に愛人を住まわせていたことが使用人たちの口から知らされた。
ルードヴィッヒはユフィリアには目もくれず、離れの屋敷で毎日過ごすばかり。結婚したというのにユフィリアはルードヴィッヒと簡単な挨拶は交わしてもちゃんとした言葉を交わすことはなかった。
ユフィリアは決意するのであった。
ルードヴィッヒが愛人を離れに囲うなら、自分は前々からお迎えしたかった猫様を自室に迎えて愛でると。
だが、ユフィリアの決意をルードヴィッヒに伝えると思いもよらぬ事態に……。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
捨てられた令嬢は無双する
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕「強運」と云う、転んでもただでは起きない一風変わった“加護”を持つ子爵令嬢フェリシティ。お人好しで人の悪意にも鈍く、常に前向きで、かなりド天然な令嬢フェリシティ。だが、父である子爵家当主セドリックが他界した途端、子爵家の女主人となった継母デラニーに邪魔者扱いされる子爵令嬢フェリシティは、ある日捨てられてしまう。行く宛もお金もない。ましてや子爵家には帰ることも出来ない。そこで訪れたのが困窮した淑女が行くとされる或る館。まさかの女性が春を売る場所〈娼館〉とは知らず、「ここで雇って頂けませんか?」と女主人アレクシスに願い出る。面倒見の良い女主人アレクシスは、庇護欲そそる可憐な子爵令嬢フェリシティを一晩泊めたあとは、“或る高貴な知り合い”ウィルフレッドへと託そうとするも……。
※設定などは独自の世界観でご都合主義。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日(2024.12.24)からHOTランキング入れて頂き、ありがとうございます🙂(最高で29位✨)

王命での結婚がうまくいかなかったので公妾になりました。
しゃーりん
恋愛
婚約解消したばかりのルクレツィアに王命での結婚が舞い込んだ。
相手は10歳年上の公爵ユーグンド。
昔の恋人を探し求める公爵は有名で、国王陛下が公爵家の跡継ぎを危惧して王命を出したのだ。
しかし、公爵はルクレツィアと結婚しても興味の欠片も示さなかった。
それどころか、子供は養子をとる。邪魔をしなければ自由だと言う。
実家の跡継ぎも必要なルクレツィアは子供を産みたかった。
国王陛下に王命の取り消しをお願いすると三年後になると言われた。
無駄な三年を過ごしたくないルクレツィアは国王陛下に提案された公妾になって子供を産み、三年後に離婚するという計画に乗ったお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる