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アーリオーリ王国編

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 「旦那様」
 不安そうに揺れるアリスの瞳に切なくなる。エリアストの袖をキュッと掴む小さな手が、愛しくて仕方がない。
 「ああ、エルシィ。大丈夫。そんな顔をしないでくれ」
 エリアストは、アリスの頬に手を添え、その視線を自分に向けさせる。少し青ざめたその顔に、自分の体温を分け与えるように、大きな手で柔らかくアリスの頬を包む。
 「その美しい目には私だけを映していればいい。そうすれば、すぐに終わる。何も不安に思うことなどない、エルシィ」
 瞼に、額に、頬に、何度もくちづける。大丈夫だ、と、私だけを見ろ、と、くちづけの合間に囁き続ける。アリスは小さく頷きながら、少しずつその瞳から不安の色を薄れさせた。
 「ああ、こんなに愛らしい顔を他人に見せたら攫われてしまう」
 アリスの扇をするりとその手から抜き取ると、広げてアリスの顔を隠す。そうしながら、エリアストの行為は徐々に深くなっていく。
 隣で繰り広げられる光景に、ディアンたちは顔を赤くしながら見ないようにしている。特にセドニアは、目を瞑って顔を逸らし、両手で耳を覆ってしまっている。刺激が強すぎたようだ。一方アーリオーリ国の人々も、それどころではないとわかっていながらも、真っ赤になりつつ、ついうっとりと見つめてしまう。あれほど美しい男からの、溺れるほどの寵愛。その姿を目にするだけでも卒倒しそうだというのに、触れられたら、くちづけられたら、愛を囁かれたら。それらすべてを受け止めているアリスの姿は、最早、神であった。
 なんてキケンな夫婦だろう。
 そんなサイドを余所に、真剣勝負が始まろうとしていた。
 「勝負はこの一度のみ。どちらかが一本を取るか、降参するまで。よろしいですか」
 ノアリアストの言葉に護衛隊長がハイと返事をする。
 「隊長殿。遠慮は無用です。私はまだまだ若輩者ですが、勝負に手を抜かれることをいといます。生意気かとは思いますが、私の矜持のためにも、どうか全力でお願いいたします」
 「無論、承知の上にございます」
 覚悟を決めた男の顔が、そこにはあった。
 「失礼いたしました」
 「いいえ。お気遣いに感謝いたします」
 二人は静かに構えた。
 「それでは始めてくださいませ」
 ダリアの声に、二人は動いた。隊長は驚く。速い。
 「くっ」
 剣の交わる音が響く。ノアリアストはまだ十三歳。体重が軽いため、剣に然程重さはない。だが、攻撃の手が速い。速すぎる。こちらが攻撃をする隙がない。防戦一方だ。このまま相手のスタミナ切れを待つか。そう思い、ふと気付く。
 重い。
 ノアリアストの剣が、徐々に重くなっている。それなのに、スピードは落ちない。さらに言えば、これだけの動きをしているのに、ノアリアストの息が、切れていない。
 隊長は苦笑いをした。
 化け物か。
 時間にしてまだ三分も経っていない。しかしこのままではこちらがジリ貧。そう感じ、隊長は体力が削られる前に、勝負の一手を仕掛けた。隊長の得意は刺突。ノアリアストの肩口を狙う。
 しかし。
 キイィィィン
 金属音が響く。
 隊長の剣が弾き飛ばされ、クルクルと回転しながら地面に刺さった。
 ノアリストの剣は、隊長の喉元に。
 何が起きたのか、まったくわからなかった。
 「さすが護衛隊長ですね」
 ノアリアストはゆっくり剣を引く。
 「最後の攻撃、あれは危ない」
 剣を鞘に納めると、手を差し出した。
 「私の奥の手を使うことになるとは。父上から一本取りたくて磨いてきました」
 まさか父上の目の前で使うことになるとは、と僅かに残念そうな表情が窺えた。
 渾身の一撃でノアリアストの剣を弾き、上体を空かせ、肩を狙った。しかし、ノアリアストは弾かれた剣を背中に回して反対の手に剣を持ち替え、隊長の剣を弾き飛ばしたのだ。通常であれば、剣を持ち替えるよりもそのまま振り下ろした方が格段に速いはずなのに。凄まじい身体能力の成せる業。
 隊長は苦笑してその手を握り返す。
 「とても勉強になりました。私もまだまだ修行が足りません」
 ノアリアストの言葉に、隊長も返す。
 「それでは私は、さらに精進いたします。無礼を承知で、またいつか手合わせいただけたら有り難く」
 ノアリアストは、僅かに笑って頷いた。


*つづく*
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