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番外編

囚われの身の上 1

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 ディレイガルド監獄。この国で、この監獄に入れられるということは、死に等しい。殺人などの重罪を犯した者が収監される、この世の地獄と名高い監獄だ。だが、囚人の中にヒエラルキーが存在し、トップに君臨する者にとっては、天国のような場所であった。
 看守はもちろん存在する。しかし、看守の囚人に対する役割は、脱走を防ぐことと、決められた時間に檻に入っていることの確認のみ。殺人のみが御法度ごはっと。それ以外は無法地帯と同じ。これが、この監獄が地獄たる所以ゆえんだった。
 囚人に男女の別はない。あるのはいくつかの派閥と抗争、ケンカに裏切り。少ない女は派閥のボスのもの。綺麗な女が入ってきたときなどは、必ず抗争が勃発する。勝利した派閥のボスのものになる。新入りの女囚人に、拒否権などありはしない。
 囚人はまず、取調室で身元や罪状などを確認され、簡単に施設の説明を受けて、牢を割り当てられる。入り口から取調室へ向かう際、囚人たちの衆目に晒される。そこで品定めをされるのだ。
 毎日二十三時から翌八時までは、必ず檻にいなければならない。それからサイレンが鳴ったとき。サイレンが鳴って十分以内に檻にいなければならない。これらが守られないと、懲罰ちょうばつの対象となる。この懲罰が、かなり厳しい。看守の憂さ晴らしのようなものだ。だが、懲罰を請け負うのが看守ならまだいい。監獄のトップ、矯正監きょうせいかんが出て来たら最悪だ。どんなに酷い傷を負っても、手当てなどされない。いっそ死んだ方がマシだと思えるほどの地獄を味わう。殺してくれと懇願しても、絶対に殺さない。死の淵ギリギリで責め立てる。滅多に矯正監は出てこないが、絶対に出てこないわけではない。だから囚人たちは、懲罰対象にだけはならないよう細心の注意を払う。
 以前は、この懲罰を利用していたこともある。目に余るほどの生意気な新入りが入ったときだ。新入りの檻から一番遠い檻の囚人が、自分は檻に入ったまま檻の外にいる新入りを捕まえておく。時間に間に合わないようにするのだ。そして懲罰を受けさせる。懲罰は囚人たちに見えるよう行う。それを見た囚人たちに、規律を守ろうと思わせるのだ。それを逆手にとって、懲罰を受ける新入りを嗤って、囚人たちは留飲を下げていた。
 ある日のことだ。生意気な新人に、その洗礼を受けさせた。偶々、その日見回りに来たのが矯正監だった。
 「二十三時から翌八時までは、必ず檻にいなければならない。サイレンが鳴ったら十分以内に檻にいなければならない。たった二つの規則も守れないのか」
 新人は邪魔をされたんだと喚く。矯正監はサーベルで容赦なく新人の頬を打つ。皮膚が裂け、血が流れる。
 「私が聞きたいのはそんな言葉ではない。反省の言葉だ」
 返す手で反対の頬も打つ。やめろ、ふざけるなと新人は尚も盾突く。矯正監はサーベルを振り上げ、容赦なく振り下ろす。何かが飛んだ。一拍置いて、新人が叫び、耳を押さえてのたうち回る。押さえた手からは血が溢れている。囚人たちは飛んだ物を確認する。耳だ。
 「聞こえない耳は不要だろう」
 腹を蹴り上げ、うずくまる新人のもう片方の耳を掴む。
 「申し訳ありません!申し訳ありません!規則を守らず、矯正監に刃向かって申し訳ありませんでした!」
 反省の言葉を口にするが、矯正監の力は緩まない。掴まれた耳が、ミチミチと音を立てている。
 「二度と規則を破りません!二度と矯正監に逆らいません!赦して!助けて!」
 泣いて懇願する。矯正監の手が離れた。ホッとしたのもつか、顎を蹴り上げられ、骨が砕けた。絶叫が響き渡る。
 「番号からして新入りか。今回はこれで赦してやる。次はない」
 囚人服の胸元についた番号を見て、矯正監はそう言った。
 「さて、貴様」
 矯正監は、新人を押さえていた囚人の檻の前に立つ。囚人は青ざめる。
 「じ、自分は、規則を、破っていません、です」
 二つの規則さえ守れれば、後は自由。そのはずだ。
 「私の手を煩わせたな」
 囚人はガタガタと震え出す。
 「派閥があることは知っている」
 矯正監の言葉に、囚人の派閥の者たちの背筋が伸びる。顔色は悪い。サーベルの一振りで耳を削ぎ落とす男だ。武器の扱いに長けている。何をされるかわかったものではない。
 「だが私は貴様らのことなど知らん」
 目深に被った帽子で表情は見えない。そのため、派閥の者たちはその言葉に油断した。仕置きはその男一人で済む、と。続く言葉に囚人全員の血の気が引いた。
 「連帯責任だ」
 その時投獄されていたのは二百九十一人。全員が、四肢のいずれかの機能を失った。切り落とすと後処理が面倒だと、その機能を担う神経を、的確に切りつけた。矯正監は顔色一つ、表情一つ変えずに実行した。どこを失うか、選ばせてやるだけ優しいだろう。そう言って。
 「首を落とせれば楽なんだがな。貴様らの面倒を見ずに済む」
 最後にその言葉を言ったときだけ、僅かに口角が上がった。
 それから、懲罰をわざとさせるようなことはなくなった。


*~*~*~*~*


 ある日、サイレンが鳴った。囚人たちは急いで自分の檻を目指す。サイレンが鳴ったときは、殆どが新人が来るとき。どんな人物が来るのか。刺激に飢えた囚人たちは、新しいオモチャに胸を躍らせる。看守たちがやって来て、囚人たちを点呼する。
 「異常なし!」
 その言葉を合図に、別の看守が入ってきた。その後ろには、期待通りの新人。しかし、看守の後ろを楚々そそと歩く女に、囚人たちは静まり返る。そして、一気に騒ぎ立てた。
 「女だ!すげぇ美人じゃねぇか!」
 「見ろ!女が来た!」
 「すげぇぞ!貴族だ!貴族の女だ!」
 大興奮で牢の鉄格子にしがみつき、下品な言葉を投げつける。看守は注意をすることもなく、黙々と女を連れて歩く。女は青ざめつつも、毅然と背筋を伸ばして看守について行った。その凜とした姿もまた美しく、囚人たちの欲望を誘った。女の姿が見えなくなっても、囚人たちの興奮は冷めない。
 だが。
 次に入り口から入ってきた人物に気付いた者たちから、波が引くように喧噪けんそうが収まっていく。その人物は、コツコツと硬質な音を立てて囚人たちの前を通り過ぎていく。一分いちぶの隙もない制服姿は、その人物の近寄りがたい雰囲気をますます強固なものにしている。目深まぶかに被った帽子で表情は見えない。だが、彼が出て来たということは、先程の女は間違いなく高位貴族。男は囚人に一瞥いちべつもくれることなく、取調室へ続く廊下の扉の向こうへと消えていった。その姿が見えなくなり、足音さえ聞こえなくなると、囚人たちはようやく詰めていた息を吐き出した。
 凶悪な囚人たちでさえ怯えさせる男、エリアスト・カーサ・ディレイガルド矯正監。ディレイガルド監獄の若きトップであり、悪魔の化身と言われている。たぐまれな美貌と容赦ない性格から、そう呼ばれている。


 *2へつづく*
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