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結婚編
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カリアの声を咎めるように、エリアストがその腕を捻り上げ、睨みつけていた。
シャールは呆然とした。
え?ディレイガルド様、速くね?
護衛の自分が、こんなにも近くにいた自分が反応するより、この場にいなかった人が先に反応して制圧するなんて。なんて恐ろしい。
シャールはガクブルだった。
「あまりにも遅いから心配になった。大丈夫だったか、エルシィ」
「十分しか経ってないよ、ディレイガルド」
人に囲まれていたエリアストは、ちょっと強引に抜けてきた。慣れない社交のイライラをちょっと表面に出しただけだ。
「エリアスト様!わたくしです!お手をお離しくださいませ!」
カリアが潤んだ瞳でエリアストを見る。明らかに期待の籠もった眼差しになっている。この場面でさえ、自分とエリアストを盛り上げるものだと思っている。勘違いで捕らえるような形になったことを詫び、そして見つめ合う。ようやく出会えた運命を離すまいとするように、アリスではなくカリアの手を取ってくれる。そう信じている。
「え、エリアスト殿っ。どうです、ウチの娘は!ちょっと年齢は上ですが、花嫁修業も完璧に終わらせております!何でも言うことを聞く良き妻になりますぞ!」
「誰だ貴様。誰が私の名を呼ぶことを許した。どいつもこいつも一体何なんだ」
だが現実は無情だった。盛大な舌打ちと絶対零度の眼差しに、カリアは崩れ落ちた。
「お父様の嘘つきいいいい!わたくしもう二十五ですのよ!完全に嫁き遅れですわああああ!」
二十五なんだ。なんでそんな年齢になるまで放っておいたんだろう。まさか本当にディレイガルド家に嫁がせる気だったのか。それとも本人に難があり過ぎて見つからないのか。後者のような気もするけれど、どちらでも問題だが、クシャラダナ家のことだ。もう放っておいていいだろう。自分を磨け、花嫁修業に勤しめ、と誤魔化し続けていたのは、もしかするとこの辺りに原因があったのかも知れない。なかなか見つからない結婚相手に焦り、騙し騙し今日まで。いずれにせよ、侯爵家の問題だ。
「そんな娘よりウチの娘の方がいろいろと満足させられますぞ!エリアスト殿!」
全員の時が止まった。何に焦ったのかわからないが、この状況でまだ自分の娘を差し出してくる神経がわからない。苦し紛れのひと言だったのかも知れない。それが決して言ってはならないことだと気付いたときにはもう遅い。
「余程死に急いでいるとみえる」
エリアストの表情はない。明らかに一帯の温度が下がった。エリアストは侯爵の首を掴むと、躊躇いもなく窓から投げ捨てた。少しして水に落ちる音がする。続けてカリアの襟首を掴み、同じように投げ捨てた。ここは二階。ちょうど下に噴水があったのだろう。噴水の近くにいた人たちの叫び声が聞こえた。ララたちはあまりのことに何も言えず、ただ窓とエリアストを交互に見つめる。エリアストは窓から下で騒ぐ者たちに声をかける。
「おい、今そこで浮かんでいる二人を逃がすなよ。私が行くまで決して帰すな。いいな」
名乗ることすらせず二階の窓から命令するが、下にいた人々は全力で頷く。逆光で顔が見えずとも、その声と不遜な態度にエリアストだと誰もが気付いたからだ。
「行こうか、エルシィ」
何事もなかったようにアリスの手を取って歩き出す。これが日常なのかな、と平常のアリスを見てララたちはそっと目を逸らした。
寧ろ、今だけでもこの程度で済んだことが奇跡だと、ララたちは当然知らない。
当然この後、エリアストはファナトラタ家にアリスを託して先に帰宅させ、二人の下へ向かうと、お仕置きのせいでアリスと帰れなかった苛立ちもまとめてぶつける。パンパンに膨らんだ風船のような侯爵の体は萎んだ風船のように痩せ細り、娘は神にこの身を捧げますと、修道院の門を叩くことになったことも、ララたちは知らない。
全員が立ち去ろうと歩き出すと、アリスの手がクンッと引っ張られた。
「エルシィッ」
エスコートをしていたエリアストが、バランスを崩したようなアリスに驚き、倒れないようしっかり支える。見ると、アリスの手を小さな女の子が握っていた。
「まま」
周囲がピシリと固まった。
*つづく*
シャールは呆然とした。
え?ディレイガルド様、速くね?
護衛の自分が、こんなにも近くにいた自分が反応するより、この場にいなかった人が先に反応して制圧するなんて。なんて恐ろしい。
シャールはガクブルだった。
「あまりにも遅いから心配になった。大丈夫だったか、エルシィ」
「十分しか経ってないよ、ディレイガルド」
人に囲まれていたエリアストは、ちょっと強引に抜けてきた。慣れない社交のイライラをちょっと表面に出しただけだ。
「エリアスト様!わたくしです!お手をお離しくださいませ!」
カリアが潤んだ瞳でエリアストを見る。明らかに期待の籠もった眼差しになっている。この場面でさえ、自分とエリアストを盛り上げるものだと思っている。勘違いで捕らえるような形になったことを詫び、そして見つめ合う。ようやく出会えた運命を離すまいとするように、アリスではなくカリアの手を取ってくれる。そう信じている。
「え、エリアスト殿っ。どうです、ウチの娘は!ちょっと年齢は上ですが、花嫁修業も完璧に終わらせております!何でも言うことを聞く良き妻になりますぞ!」
「誰だ貴様。誰が私の名を呼ぶことを許した。どいつもこいつも一体何なんだ」
だが現実は無情だった。盛大な舌打ちと絶対零度の眼差しに、カリアは崩れ落ちた。
「お父様の嘘つきいいいい!わたくしもう二十五ですのよ!完全に嫁き遅れですわああああ!」
二十五なんだ。なんでそんな年齢になるまで放っておいたんだろう。まさか本当にディレイガルド家に嫁がせる気だったのか。それとも本人に難があり過ぎて見つからないのか。後者のような気もするけれど、どちらでも問題だが、クシャラダナ家のことだ。もう放っておいていいだろう。自分を磨け、花嫁修業に勤しめ、と誤魔化し続けていたのは、もしかするとこの辺りに原因があったのかも知れない。なかなか見つからない結婚相手に焦り、騙し騙し今日まで。いずれにせよ、侯爵家の問題だ。
「そんな娘よりウチの娘の方がいろいろと満足させられますぞ!エリアスト殿!」
全員の時が止まった。何に焦ったのかわからないが、この状況でまだ自分の娘を差し出してくる神経がわからない。苦し紛れのひと言だったのかも知れない。それが決して言ってはならないことだと気付いたときにはもう遅い。
「余程死に急いでいるとみえる」
エリアストの表情はない。明らかに一帯の温度が下がった。エリアストは侯爵の首を掴むと、躊躇いもなく窓から投げ捨てた。少しして水に落ちる音がする。続けてカリアの襟首を掴み、同じように投げ捨てた。ここは二階。ちょうど下に噴水があったのだろう。噴水の近くにいた人たちの叫び声が聞こえた。ララたちはあまりのことに何も言えず、ただ窓とエリアストを交互に見つめる。エリアストは窓から下で騒ぐ者たちに声をかける。
「おい、今そこで浮かんでいる二人を逃がすなよ。私が行くまで決して帰すな。いいな」
名乗ることすらせず二階の窓から命令するが、下にいた人々は全力で頷く。逆光で顔が見えずとも、その声と不遜な態度にエリアストだと誰もが気付いたからだ。
「行こうか、エルシィ」
何事もなかったようにアリスの手を取って歩き出す。これが日常なのかな、と平常のアリスを見てララたちはそっと目を逸らした。
寧ろ、今だけでもこの程度で済んだことが奇跡だと、ララたちは当然知らない。
当然この後、エリアストはファナトラタ家にアリスを託して先に帰宅させ、二人の下へ向かうと、お仕置きのせいでアリスと帰れなかった苛立ちもまとめてぶつける。パンパンに膨らんだ風船のような侯爵の体は萎んだ風船のように痩せ細り、娘は神にこの身を捧げますと、修道院の門を叩くことになったことも、ララたちは知らない。
全員が立ち去ろうと歩き出すと、アリスの手がクンッと引っ張られた。
「エルシィッ」
エスコートをしていたエリアストが、バランスを崩したようなアリスに驚き、倒れないようしっかり支える。見ると、アリスの手を小さな女の子が握っていた。
「まま」
周囲がピシリと固まった。
*つづく*
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