美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛

らがまふぃん

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デビュタント編

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 左手に巻かれたハンカチを見て、頭が沸騰しそうになった。医務室にも寄らず、エリアストの元へ直行してくれたことは嬉しくもあるが、早く正しい処置をしなくては、痕が残ってしまう。王族あんなのに構っている暇などない。早く。そう思ったが、エリアストは困惑した。
 エルシィが怒っている。
 王子たちは戦慄する。エリアストを困惑させている儚い少女に。
 その手で人一人殺しかけておいて、何事もなかったかのように最愛に駆け寄ろうとする姿が、最早同じ人間だと思えなかった。だがそれ以上に、そんな男を振り回す、入り口で待機し、エリアストに怒ったように待ち受ける婚約者も、王子たちの目には恐ろしいモノにしか映らなかった。
 「エル様、バカなことを考えてはいけません」
 アリスはたしなめるように言った。
 「エルシィ」
 叱られた子どものようにしょげた声を出すエリアスト。
 「自分で自分を傷つけるようなことは、お止めくださいませ」
 ゆっくり部屋に入り、エリアストに近付く。
 アリスはわかっていた。エリアストが、自分の顔を傷つけようとしていたことを。自分の顔がトラブルを呼び、アリスを巻き込むのであればいっそ、と。邪魔だ、そう考えたことを。
 「エル様」
 エリアストの目の前に立ち、アリスは心配そうに眉を寄せた。そっとその頬に手を添える。
 「エル様のお顔がどうであろうと、わたくしは一向に構いません。何かの要因でそのお顔が変わってしまうことは、どうすることも出来ないことです。ですが、ご自分で傷を作ることはなりません」
 アリスは目に涙を浮かべた。それにエリアストはギョッとする。
 「可哀相なエル様。悩まなくていいことでまで心を痛めて。ご自身を傷つけてまでわたくしを守ろうとしてくださる。なんてお優しくて、お可哀相」
 その頭を胸に抱く。
 「わたくしは大丈夫。こんなこと、何でもありませんから」
 どうかこれ以上、ご自分を犠牲にしないで下さい。
 優しすぎるエリアストに、アリスは言葉を詰まらせる。
 これを危惧していた。エリアストは優しい。アリスに傷が付いたら、エリアストは自分を責めるだろう、と。エリアストの方が、傷つくだろう、と。だから、火傷の箇所を見て、涙が滲んだ。痛みなどどうでもいい。また、エリアストを悲しませてしまう。あの学園での誘拐事件の時のように。
 もっと自分が気をつけなくてはいけなかったのに。王族なんか・・・に遠慮をしてしまったがために、招いたこと。
 自分を抱くアリスの体が震えていることが、エリアストの胸を苦しくさせる。
 「すまない、すまないエルシィ。そんな風に泣かせたかった訳ではない。泣かないでくれ、エルシィ」
 アリスの胸に抱かれながら膝をついてその腰に手を回し、しがみつくように抱き締める。
 アリスは首を振る。謝らないで、と。これ以上、苦しまないで、と。
 「エル様、帰りましょう」
 王子たちは言葉が出なかった。
 アリスは完璧にエリアストを理解している。誰があれを優しいと表現出来る?誰があれを可哀相だと表現出来るのか。たったひと言、“邪魔だ”と呟いただけで、誰がそこまで考えられるというのか。タイミング的に、アリスはその言葉がギリギリ聞こえたのだろう。大抵の者は、王家に対して“邪魔”だと言ったと思うだろう。実際自分たちだってそうだ。だから緊張もしたし、警戒もした。
 「エルシィ」
 顔を上げ、眉を下げるエリアストの、なんと穏やかなことか。
 「一緒に、帰りましょう」
 なんと慈愛に満ちた女性だろう。
 こちらの様子を気にもかけないことを、傍から見たら薄情だと思うかも知れない。
 いいや、違う。そうではない。
 こちらを気にかけないことによって、エリアストをとどめている。エリアストを満たすことが、被害を最小限に抑えるということを、本能で知っているのだ。
 「なんという、女性だ」
 ディアンはそう呟き、王子たちは呆然と二人の背中を見送った。


 *つづく*
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