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学園編

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 「あんなもので良かったのかい、エリアスト」
 「まったく気は収まりませんよ。ですがこの後の地獄を考えて溜飲を下げます。あんなものに構ってこれ以上エルシィとの時間を邪魔される方が耐え難い」
 「辺境伯にも話は通しておくよ。早馬を走らせたから、あの者らが国境を越える頃には伯からの返事も届くだろうね」
 「ありがとうございます。では私は身を清めてエルシィの元へ急ぎますので」
 「ああ、おまえもゆっくり休みなさい。と言ってももう夜は明けているけどね」
 エリアストは一礼して部屋を後にした。
 「なかなか残酷じゃないか」
 タリ家の娘二人も連行し、拷問にかけた。その最中、ルシアは正気を取り戻した。取り戻さないままの方が本人は幸せだっただろう。そのまま荷馬車に詰め込み国外追放。国境まで馬車で二週間ほど。
 タリ家に言い渡したことは、タリ家四人、誰も死なせてはならないこと。これを三年守れたら、その後の生活をディレイガルド公爵家が保障する、但し、三年経たず一人でも死んだらお楽しみに、というもの。
 「三年。希望を持つには充分な期間じゃないか。まあ私だったら一年も耐えられないけどねぇ」
 下手な希望は人を疲弊させる。
 三年なら我慢できる。三年なら何とかなる。
 だが公爵からすれば、果たしてそうかな、と思う。贅沢を知っている者が、最底辺の生活を強いられるということを失念していないだろうか。周りの目を忘れていないか。人の悪意を甘く見ていないか。
 五体満足でなくなったことを失念していないか。
 自分たちをその境遇に追いやった諸悪の根源がすぐ側にいる、ということを、理解しているのか。
 我が世の春を謳歌していた者が突如、侮蔑と嘲笑の対象になる。親は曲がりなりにも商売人だ。屈辱にも耐えられるだろう。だが娘はどうか。突然の理不尽にどうなるか。ただでさえ自分たちの体さえ思うようにいかないのだ。屈辱に耐え、娘の癇癪かんしゃくを抑え、諸悪の根源を生かし続けなくてはならない。三年後の希望に縋って。
 日々の鬱憤うっぷんは誰に向けられるか。
 “三年後の保障”は果たして希望なのか。
 「辺境伯には悪いけど、しっかり監視してもらわないとね。生かさず殺さず、ギリギリの施しを続けてもらわないと」
 辺境伯へのお礼は何にしようかな、と鼻歌交じりに席を立ち、湯浴みをすべく足を向けた。



 二週間後、隣国の国境付近に、右腕と左目を失った男と左足と右耳を失った女、左腕と右足を失った少女と四肢と声帯を失った少女が、物乞いをしている姿を見かけるようになる。


 *つづく*

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