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学園編
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綺麗事だけではない商売をしていることを、偶然知った。
違法な売買。闇のオークション。
ルシアは天が自分に味方をしていると思った。
両親にはきつく止められたけれど、欲しいものは欲しい。なぜ我慢しなくてはならないのか。コレを使えば邪魔な伯爵の娘を葬れる。散々煮え湯を飲まされたのだ。怯え、泣き喚き、恐怖に震えながら、絶望の中で死ねばいい。
手に入れたのは、一匹の犬。いや、犬に見えるなにか。取り扱い方法を教わり、時が来るのを待った。伯爵の娘を攫い、この犬に襲わせる。
憎いあの女が死ぬ姿を想像するだけで嬉しくて眩暈がしそう。早く、早くあたしの所に来てよ、エリアスト様ぁっ。
ルシアは恍惚とした笑みを抑えることが出来なかった。
*~*~*~*~*
「え、る、さま」
エリアストの白い制服が、右肩からみるみる赤く染まっていく。
アリスは学園から連れ去られ、どこかの森の中にいた。
移動教室中に、通りかかった空き教室にアリスは突如引きずり込まれ、驚いてその人物を見ると、みんなが引き離すことに必死のルシアがいた。慌てた子息子女たちがその教室に入ると、ルシアはポケットに手を突っ込み、すかさず何かを投げつけた。煙が立ち込め、教室が白く染まる。その隙に窓からアリスを連れ去った。見守りの子息子女たちは、視界の利かない中何とかその教室を脱すると、急いでエリアストに助けを求めた。泣きながら謝り続ける子息子女を無視して、急ぎ教室の窓から門を見る。遠くに走り去る馬車が一台。二階であったが躊躇いなく飛び降りると、厩舎に向かって走る。途中、護衛から剣を強奪いや、拝借し、繋いである馬に鞍も付けずに飛び乗り追いかけた。
途中何度か見失いかけながら、なんとか見つけた。そして見つけた先では、今まさにアリスに飛びかかろうとしている何か。躊躇いなく間に体を滑り込ませた。
「エルシィ、怪我はないか」
アリスを庇って傷を負ったのは自分だというのに、最初に口にした言葉は、アリスを心配する言葉だった。ボロボロこぼれる涙を、エリアストの指が優しく拭う。何も言葉に出来ず、ゆるゆると頷くアリスに、心底安堵の息を漏らした。左手でアリスの頬を撫でると、エリアストはアリスから離れる。
「える、さま」
「ああ、エルシィ、私に近付いてはダメだ」
縋ろうとするアリスの手をやんわりと押し戻す。
「汚れてしまう」
困ったように笑うエリアストが悲しい。
バタバタと涙が地面にシミを作る。
そんな風に言わないで欲しい。
そんなにも悲しい笑顔を見せないで欲しい。
「あ…うぅ…っ」
いかないで、と声に出したいのに。口から出る言葉は意味を成さない。
「ああ、エルシィ、泣かないでくれ。泣いている姿も愛おしいが、そんな風に泣かせたいわけではない」
安心させるように穏やかな笑みを見せると、アリスに背を向けて剣を抜いた。
「なあ、女。貴様は赦さん」
エリアストの瀑布のような殺気を正面から浴びた異形の犬は、地面に伏せ、尻尾は丸まり、耳はすっかり寝てしまっている。ルシアは全身が震え、腰が抜けていた。エリアストはゆっくり近付く。誰も動けない。怪我をしているはずなのに、まるで何もなかったかのように、その手で剣を振り下ろす。異形の犬の首が転がった。ルシアにその血が夥しいほど降り注ぐ。気を失いかけたルシアの頬に、鈍い痛みが走る。
「寝るな」
鞘で殴られたようだ。口の中に鉄の味が広がる。
ルシアが喚き散らす。なんで、ひどい、と泣き叫ぶ。
エリアストはルシアの右手首を掴むと、捻り上げるように立ち上がらせる。痛みに喚くルシアに構わず近くの木まで引きずると、その背を木に押しつける。そのままルシアの両手を一纏めに頭上で固定すると、犬の首を切り落とした剣をそこに突き刺した。
ルシアの絶叫が森の中に響く。
エリアストは落とした犬の首を掴むと、その鼻先をルシアの口に突っ込んだ。
「黙れ」
ルシアの足に、ツンとしたにおいの液体が伝う。それを見たエリアストは侮蔑の目と声色で嗤った。
「躾のなっていない犬だ」
そう言うと、剣の鞘を下腹部に叩きつけた。ルシアは喉の奥で悲鳴を上げる。
ルシアはなぜ自分がこんな目に遭っているのかわからなかった。
*つづく*
違法な売買。闇のオークション。
ルシアは天が自分に味方をしていると思った。
両親にはきつく止められたけれど、欲しいものは欲しい。なぜ我慢しなくてはならないのか。コレを使えば邪魔な伯爵の娘を葬れる。散々煮え湯を飲まされたのだ。怯え、泣き喚き、恐怖に震えながら、絶望の中で死ねばいい。
手に入れたのは、一匹の犬。いや、犬に見えるなにか。取り扱い方法を教わり、時が来るのを待った。伯爵の娘を攫い、この犬に襲わせる。
憎いあの女が死ぬ姿を想像するだけで嬉しくて眩暈がしそう。早く、早くあたしの所に来てよ、エリアスト様ぁっ。
ルシアは恍惚とした笑みを抑えることが出来なかった。
*~*~*~*~*
「え、る、さま」
エリアストの白い制服が、右肩からみるみる赤く染まっていく。
アリスは学園から連れ去られ、どこかの森の中にいた。
移動教室中に、通りかかった空き教室にアリスは突如引きずり込まれ、驚いてその人物を見ると、みんなが引き離すことに必死のルシアがいた。慌てた子息子女たちがその教室に入ると、ルシアはポケットに手を突っ込み、すかさず何かを投げつけた。煙が立ち込め、教室が白く染まる。その隙に窓からアリスを連れ去った。見守りの子息子女たちは、視界の利かない中何とかその教室を脱すると、急いでエリアストに助けを求めた。泣きながら謝り続ける子息子女を無視して、急ぎ教室の窓から門を見る。遠くに走り去る馬車が一台。二階であったが躊躇いなく飛び降りると、厩舎に向かって走る。途中、護衛から剣を強奪いや、拝借し、繋いである馬に鞍も付けずに飛び乗り追いかけた。
途中何度か見失いかけながら、なんとか見つけた。そして見つけた先では、今まさにアリスに飛びかかろうとしている何か。躊躇いなく間に体を滑り込ませた。
「エルシィ、怪我はないか」
アリスを庇って傷を負ったのは自分だというのに、最初に口にした言葉は、アリスを心配する言葉だった。ボロボロこぼれる涙を、エリアストの指が優しく拭う。何も言葉に出来ず、ゆるゆると頷くアリスに、心底安堵の息を漏らした。左手でアリスの頬を撫でると、エリアストはアリスから離れる。
「える、さま」
「ああ、エルシィ、私に近付いてはダメだ」
縋ろうとするアリスの手をやんわりと押し戻す。
「汚れてしまう」
困ったように笑うエリアストが悲しい。
バタバタと涙が地面にシミを作る。
そんな風に言わないで欲しい。
そんなにも悲しい笑顔を見せないで欲しい。
「あ…うぅ…っ」
いかないで、と声に出したいのに。口から出る言葉は意味を成さない。
「ああ、エルシィ、泣かないでくれ。泣いている姿も愛おしいが、そんな風に泣かせたいわけではない」
安心させるように穏やかな笑みを見せると、アリスに背を向けて剣を抜いた。
「なあ、女。貴様は赦さん」
エリアストの瀑布のような殺気を正面から浴びた異形の犬は、地面に伏せ、尻尾は丸まり、耳はすっかり寝てしまっている。ルシアは全身が震え、腰が抜けていた。エリアストはゆっくり近付く。誰も動けない。怪我をしているはずなのに、まるで何もなかったかのように、その手で剣を振り下ろす。異形の犬の首が転がった。ルシアにその血が夥しいほど降り注ぐ。気を失いかけたルシアの頬に、鈍い痛みが走る。
「寝るな」
鞘で殴られたようだ。口の中に鉄の味が広がる。
ルシアが喚き散らす。なんで、ひどい、と泣き叫ぶ。
エリアストはルシアの右手首を掴むと、捻り上げるように立ち上がらせる。痛みに喚くルシアに構わず近くの木まで引きずると、その背を木に押しつける。そのままルシアの両手を一纏めに頭上で固定すると、犬の首を切り落とした剣をそこに突き刺した。
ルシアの絶叫が森の中に響く。
エリアストは落とした犬の首を掴むと、その鼻先をルシアの口に突っ込んだ。
「黙れ」
ルシアの足に、ツンとしたにおいの液体が伝う。それを見たエリアストは侮蔑の目と声色で嗤った。
「躾のなっていない犬だ」
そう言うと、剣の鞘を下腹部に叩きつけた。ルシアは喉の奥で悲鳴を上げる。
ルシアはなぜ自分がこんな目に遭っているのかわからなかった。
*つづく*
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