美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛

らがまふぃん

文字の大きさ
上 下
5 / 68
出会い編

しおりを挟む
 あまりに戻らない二人を心配して、公爵夫人がエリアストの部屋を訪れた。扉をノックするが、返事がない。庭園にでも出たのだろうか、と思いつつ、念のため扉を開く。夫人は思わず手で口を押さえた。
 「え、エリアスト、何を、何をしているのです」
 床に散らばる髪と、左手に握られた髪の束。その腕には気を失うアリスの姿があった。右手では愛おしそうにアリスの頬を撫でている。
 「返事もないのに勝手に部屋に入るとは、感心しませんね、母上」
 何事もなく話す息子の姿に、夫人はゾッとした。
 「旦那様、旦那様をお呼びなさい!」
 夫人の言葉に侍女は急ぎ公爵を呼びに戻る。
 「エリアスト、どういうことですかこれは。なぜ部屋に控えの者がいないのです。いないのであれば、なぜ扉を閉めていたの」
 「エルシィとの時間を邪魔されたくなかったからですよ」
 「アリスさんの立場をお考えなさい。こんな醜聞、年頃の令嬢には命取りですよ!」
 エリアストは鼻で嗤った。
 「エルシィは私のものだ。醜聞?私のものなのに?誰の目を気にする必要が?」
 夫人は眩暈がした。誰にも興味を示さず、淡々と物事を行う息子に不安があった。ずっとこのままだと跡継ぎが出来ない。公爵家を運営する力は充分あるので、それだけが気がかりだった。
 そんな息子が、我が家に招待したい人がいる、と言った。一も二もなく頷いた。この際爵位など何でもよい。もういっそ平民だって良かった。それだと言うのに。
 「では、その髪は?なぜそのようなことに?」
 そこで公爵と伯爵が走って来た。
 「どうした、何が…」
 公爵は言葉を失い、伯爵は卒倒した。公爵は慌てて伯爵を客間のベッドに横にするよう指示を出す。
 「エリアスト、おまえ、自分が何をしているのかわかっているのか」
 「ええ、これでエルシィは私だけのものになるのです」
 冷酷な部分はディレイガルドを継ぐ者として必要だったが、異常性を隠せないことは問題だった。
 「こんなこと、許されることではない」
 公爵は首を横に振り、鋭く息子を見た。
 「許されないとは。誰が許さないのでしょうか」
 「アリス嬢が許すはずがない」
 その言葉にエリアストは昏い目を向けた。
 「エルシィが許さない?おまえがエルシィの何を知っている」
 勝手にエルシィの気持ちを推し量るな。殺気の籠もったオーラが部屋に満ちる。公爵は思わず一歩後退あとじさる。
 「まあそうですね、これではエルシィはとても人前になど出られない」
 両親の目の前でアリスにくちづける。
 「責任を持って私がこの家で守っていきましょう」
 見たこともない、本当に幸せそうな顔で笑った。


*~*~*~*~*


 伯爵の剣幕は凄まじかった。公爵夫妻は頭を下げることしか出来ない。
 「リズをお返しください!責任など取っていただかなくて結構!金輪際ファナトラタ家と関わりを持たないと契約してくだされば!もう、それだけ、それだけでいい」
 娘を返してくれ。最後は力なく座り込み、顔を手で覆っていた。
 エリアストはアリスを離さなかった。力尽くで引きはがそうと近付くと、エリアストは抜き身の剣を構えた。
 「何人たりとも邪魔はさせない」
 出て行け、と絶対零度のオーラを放つ。それでも公爵夫妻は説得を続ける。エリアストは溜め息を一つつくと、剣を下ろした。公爵夫妻は安堵の息を漏らす。
 しかし。
 エリアストは左腕に抱えていたアリスを背後から抱きしめるように抱え直すと、
 「エルシィ、今世では雑音が多過ぎたようだ」
 剣を自分たちに向ける。
 「また来世」
 躊躇ためらいもなくアリスと自身を貫く。しかし、間一髪のところで護衛が横から剣を叩き落とすことに成功した。公爵は安堵の息をつき、夫人は力が抜けて床に座り込んだ。あまりのことに、誰も言葉を発せない。エリアストが酷く不機嫌に護衛を睨む。
 「私の邪魔をしたな」
 護衛は息をのんで後退あとじさる。
 「わかった、とりあえず私たちは下がる。だから早まるな。決して悪いようにはしない。いいな。早まるなよ」
 焦燥が滲む声の公爵を、エリアストは睨む。
 「私とエルシィの邪魔はしない、いいな」
 公爵は何度も頷く。
 「ああ。だからくれぐれも」
 「早く出て行け」
 固く扉は閉ざされた。
 目覚めた伯爵は一部始終を聞いて、半狂乱に叫んだのだ。
 「リズ、リズ、可愛い、私の、りず」
 床に伏して泣き崩れる伯爵に、公爵夫妻は俯くことしか出来なかった。


 *つづく*

 また来世、と言っているエル様は、輪廻転生を信じているわけではありません。
 死んでもまた会えると確信しているほど、アリスを愛しているだけです。
 その考え自体が輪廻転生だろう、というお話は、まあ、そうですね。
 うん、そうですよね。難しいですね。うまく表現出来ずに申し訳ないです。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。

石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。 雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。 一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。 ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。 その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。 愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

番探しにやって来た王子様に見初められました。逃げたらだめですか?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はスミレ・デラウェア。伯爵令嬢だけど秘密がある。長閑なぶどう畑が広がる我がデラウェア領地で自警団に入っているのだ。騎士団に入れないのでコッソリと盗賊から領地を守ってます。 そんな領地に王都から番探しに王子がやって来るらしい。人が集まって来ると盗賊も来るから勘弁して欲しい。 お転婆令嬢が番から逃げ回るお話しです。 愛の花シリーズ第3弾です。

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

処理中です...