美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛

らがまふぃん

文字の大きさ
上 下
35 / 68
デビュタント編

しおりを挟む
 「エリアスト!魔女の魔法は解けたかしら?!」
 部屋に入って来たエリアストを見るなり、サーフィアは飛び出さんばかりの勢いでエリアストに話しかける。カルセドが押さえていなかったら、実際飛びついていただろう。
 「サーフィア!いい加減にしろ!!」
 カルセドの怒気を孕む声に、サーフィアは怯えるどころか睨みつける。
 「お兄様たちの魔法が解けていないのはわかってますわ!聖刻せいこくを刻んだというのに魔法に惑わされるような弱いお兄様たちなどもう知りません!わたくしはエリアストさえ救えればそれで良いのです!」
 王子たちは、もうどうにもならないと悟った。
 「よい、カルセド。放してやれ」
 ディアンの言葉に、カルセドはきつく瞼を閉じると、サーフィアを放した。サーフィアは急ぎエリアストに駆け寄る。しかしエリアストは、手にしていた剣の切っ先をサーフィアに向けた。
 「エリアスト?」
 不安そうに瞳を揺らすサーフィアは、ひどく冷たい目をしたエリアストと目が合った。本能が、サーフィアの足を一歩後退させた。
 「誰が私の名を呼ぶ許可を与えた」
 温度のない声が、サーフィアを不安にさせる。
 「エルシィに何をした」
 「え?」
 「同じ質問をさせるな。時間の無駄だ」
 剣の切っ先が喉に触れる。サーフィアは震える。
 「な、ぜ?あの、魔女に、聖刻を」
 間違いなく聖刻を刻んだ。それなのに、なぜ誰も魔法が解けないのか。それほどまでに強力な魔法なのか。それとも、もっと大きなものを刻まなくてはならなかったか。
 「聖刻?」
 エリアストの言葉に、サーフィアはハッとした。この刻印を身につければ、魔法を解くことが出来るかも知れない。
 「これ、これですわ!エリアスト、これを!」
 その刻印を受け取るよう懸命に手を伸ばす。エリアストはカルセドを見た。カルセドはビクリと全身を震わせる。エリアストがサーフィアの持つ物を見て、再度カルセドを見ると、ようやく意図を察してサーフィアからそれを取ると、恐る恐るエリアストに渡す。サーフィアは期待の籠もった眼差しをエリアストに向けた。
 「焼きごて、ね」
 エリアストはそう呟くと、その指輪を指で潰した。四人はギョッとして息を呑む。何という力だ。常人ではあり得ない。また、サーフィアは別の意味で驚いた。聖刻が効かない。何て強力な魔法か、と。
 エリアストは天井を仰いだ。
 「なぜこうも次から次へと」
 エリアストは呆れて溜め息を吐く。
 「私は言った。エルシィに関わるな、と」
 手にした剣が妖しく光る。
 「エルシィを傷つけたのはその手か」
 ただの動作のように剣がひらめく。トン、とサーフィアの右腕が落ちた。
 「え?」
 次いで、おびただしい量の血が流れる。
 「あああああああ゛あ゛あぁぁ!」
 腕を押さえてのたうち回るサーフィアに、
 「黙れ」
 剣を突き刺す。
 かひゅ、とサーフィアの息が漏れた。
 首の横から喉を刺された。パクパクと口が開閉するが、音が出てこない。声帯を切られた。喉を押さえる手からは血が溢れ出す。
 「どうした。早く手当てをせんと失血死するぞ」
 表情が一切変わることなく、抑揚のない声が部屋に響く。
 ガクガクと震える膝を叱咤し、カルセドはサーフィアに近付く。かみ合わない歯の根がカチカチと嫌に耳に届く。あまりのことに意識を失ったサーフィアの、二の腕の真ん中辺りから無くなった腕を縛って血を止めようとするが、震えてうまくいかない。どんどん広がる血の海に、カルセドは顔色を無くす。ディアンも手伝って、何とか止血を施すが、首はどうすればいいかわからない。急ぎ医師を呼びに走っているメラルディを待つしかない。とにかく傷口を押さえ続けることしか出来ない。
 カツリと硬質な足音がした。カルセドの背後に恐ろしい男の気配がする。恐る恐る振り向き見上げると、エリアストが見下ろしていた。カルセドとディアンの喉が引きつる。
 血の付いた剣の柄を手の中でクルクルと回している。
 「エルシィとただ一緒にいたいだけなんだがなあ」
 そう呟くと、医師を連れたメラルディが大急ぎで入ってきた。二人の医師は、エリアストと足下にいるサーフィアを見て足を止める。デビュタントでその美貌は知っていた。だが噂でしか聞いていなかったその残酷さに、医師は息を呑んだ。
 「早く手当てを!」
 ディアンの言葉にハッとし、慌ててサーフィアに駆け寄る。応急処置として麻酔をかけて首を縫合している時、
 「邪魔だな」
 溜め息と共に吐かれたエリアストの言葉に、王子たちと医師は身を固くする。
 その時だ。部屋の入り口に一人の少女が姿を見せた。その姿を見た途端、
 「エルシィ!」
 喜びの声を上げるエリアスト。剣を投げ捨て、手袋を脱ぎ捨て、アリスに駆け寄ろうとして、エリアストは止まる。
 「エルシィ、怒って、いるのか」


 *つづく*
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

恋心を封印したら、なぜか幼馴染みがヤンデレになりました?

夕立悠理
恋愛
 ずっと、幼馴染みのマカリのことが好きだったヴィオラ。  けれど、マカリはちっとも振り向いてくれない。  このまま勝手に好きで居続けるのも迷惑だろうと、ヴィオラは育った町をでる。  なんとか、王都での仕事も見つけ、新しい生活は順風満帆──かと思いきや。  なんと、王都だけは死んでもいかないといっていたマカリが、ヴィオラを追ってきて……。

舌を切られて追放された令嬢が本物の聖女でした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

関係を終わらせる勢いで留学して数年後、犬猿の仲の狼王子がおかしいことになっている

百門一新
恋愛
人族貴族の公爵令嬢であるシェスティと、獣人族であり六歳年上の第一王子カディオが、出会った時からずっと犬猿の仲なのは有名な話だった。賢い彼女はある日、それを終わらせるべく(全部捨てる勢いで)隣国へ保留学した。だが、それから数年、彼女のもとに「――カディオが、私を見ないと動機息切れが収まらないので来てくれ、というお願いはなんなの?」という変な手紙か実家から来て、帰国することに。そうしたら、彼の様子が変で……? ※さくっと読める短篇です、お楽しみいだたけましたら幸いです! ※他サイト様にも掲載

初恋に見切りをつけたら「氷の騎士」が手ぐすね引いて待っていた~それは非常に重い愛でした~

ひとみん
恋愛
メイリフローラは初恋の相手ユアンが大好きだ。振り向いてほしくて会う度求婚するも、困った様にほほ笑まれ受け入れてもらえない。 それが十年続いた。 だから成人した事を機に勝負に出たが惨敗。そして彼女は初恋を捨てた。今までたった 一人しか見ていなかった視野を広げようと。 そう思っていたのに、巷で「氷の騎士」と言われているレイモンドと出会う。 好きな人を追いかけるだけだった令嬢が、両手いっぱいに重い愛を抱えた令息にあっという間に捕まってしまう、そんなお話です。 ツッコミどころ満載の5話完結です。

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

外では氷の騎士なんて呼ばれてる旦那様に今日も溺愛されてます

刻芦葉
恋愛
王国に仕える近衛騎士ユリウスは一切笑顔を見せないことから氷の騎士と呼ばれていた。ただそんな氷の騎士様だけど私の前だけは優しい笑顔を見せてくれる。今日も私は不器用だけど格好いい旦那様に溺愛されています。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

処理中です...