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デビュタント編

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 「エリアスト!魔女の魔法は解けたかしら?!」
 部屋に入って来たエリアストを見るなり、サーフィアは飛び出さんばかりの勢いでエリアストに話しかける。カルセドが押さえていなかったら、実際飛びついていただろう。
 「サーフィア!いい加減にしろ!!」
 カルセドの怒気を孕む声に、サーフィアは怯えるどころか睨みつける。
 「お兄様たちの魔法が解けていないのはわかってますわ!聖刻せいこくを刻んだというのに魔法に惑わされるような弱いお兄様たちなどもう知りません!わたくしはエリアストさえ救えればそれで良いのです!」
 王子たちは、もうどうにもならないと悟った。
 「よい、カルセド。放してやれ」
 ディアンの言葉に、カルセドはきつく瞼を閉じると、サーフィアを放した。サーフィアは急ぎエリアストに駆け寄る。しかしエリアストは、手にしていた剣の切っ先をサーフィアに向けた。
 「エリアスト?」
 不安そうに瞳を揺らすサーフィアは、ひどく冷たい目をしたエリアストと目が合った。本能が、サーフィアの足を一歩後退させた。
 「誰が私の名を呼ぶ許可を与えた」
 温度のない声が、サーフィアを不安にさせる。
 「エルシィに何をした」
 「え?」
 「同じ質問をさせるな。時間の無駄だ」
 剣の切っ先が喉に触れる。サーフィアは震える。
 「な、ぜ?あの、魔女に、聖刻を」
 間違いなく聖刻を刻んだ。それなのに、なぜ誰も魔法が解けないのか。それほどまでに強力な魔法なのか。それとも、もっと大きなものを刻まなくてはならなかったか。
 「聖刻?」
 エリアストの言葉に、サーフィアはハッとした。この刻印を身につければ、魔法を解くことが出来るかも知れない。
 「これ、これですわ!エリアスト、これを!」
 その刻印を受け取るよう懸命に手を伸ばす。エリアストはカルセドを見た。カルセドはビクリと全身を震わせる。エリアストがサーフィアの持つ物を見て、再度カルセドを見ると、ようやく意図を察してサーフィアからそれを取ると、恐る恐るエリアストに渡す。サーフィアは期待の籠もった眼差しをエリアストに向けた。
 「焼きごて、ね」
 エリアストはそう呟くと、その指輪を指で潰した。四人はギョッとして息を呑む。何という力だ。常人ではあり得ない。また、サーフィアは別の意味で驚いた。聖刻が効かない。何て強力な魔法か、と。
 エリアストは天井を仰いだ。
 「なぜこうも次から次へと」
 エリアストは呆れて溜め息を吐く。
 「私は言った。エルシィに関わるな、と」
 手にした剣が妖しく光る。
 「エルシィを傷つけたのはその手か」
 ただの動作のように剣がひらめく。トン、とサーフィアの右腕が落ちた。
 「え?」
 次いで、おびただしい量の血が流れる。
 「あああああああ゛あ゛あぁぁ!」
 腕を押さえてのたうち回るサーフィアに、
 「黙れ」
 剣を突き刺す。
 かひゅ、とサーフィアの息が漏れた。
 首の横から喉を刺された。パクパクと口が開閉するが、音が出てこない。声帯を切られた。喉を押さえる手からは血が溢れ出す。
 「どうした。早く手当てをせんと失血死するぞ」
 表情が一切変わることなく、抑揚のない声が部屋に響く。
 ガクガクと震える膝を叱咤し、カルセドはサーフィアに近付く。かみ合わない歯の根がカチカチと嫌に耳に届く。あまりのことに意識を失ったサーフィアの、二の腕の真ん中辺りから無くなった腕を縛って血を止めようとするが、震えてうまくいかない。どんどん広がる血の海に、カルセドは顔色を無くす。ディアンも手伝って、何とか止血を施すが、首はどうすればいいかわからない。急ぎ医師を呼びに走っているメラルディを待つしかない。とにかく傷口を押さえ続けることしか出来ない。
 カツリと硬質な足音がした。カルセドの背後に恐ろしい男の気配がする。恐る恐る振り向き見上げると、エリアストが見下ろしていた。カルセドとディアンの喉が引きつる。
 血の付いた剣の柄を手の中でクルクルと回している。
 「エルシィとただ一緒にいたいだけなんだがなあ」
 そう呟くと、医師を連れたメラルディが大急ぎで入ってきた。二人の医師は、エリアストと足下にいるサーフィアを見て足を止める。デビュタントでその美貌は知っていた。だが噂でしか聞いていなかったその残酷さに、医師は息を呑んだ。
 「早く手当てを!」
 ディアンの言葉にハッとし、慌ててサーフィアに駆け寄る。応急処置として麻酔をかけて首を縫合している時、
 「邪魔だな」
 溜め息と共に吐かれたエリアストの言葉に、王子たちと医師は身を固くする。
 その時だ。部屋の入り口に一人の少女が姿を見せた。その姿を見た途端、
 「エルシィ!」
 喜びの声を上げるエリアスト。剣を投げ捨て、手袋を脱ぎ捨て、アリスに駆け寄ろうとして、エリアストは止まる。
 「エルシィ、怒って、いるのか」


 *つづく*
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