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デビュタント編
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「サ、サーフィア!何を言っているの!」
母である側妃が冷や汗を流しながらサーフィアを諫める。
「王族の護衛よ。エリアスト、嬉しいでしょう!」
側妃の言葉など耳に入らない。自分の世界に入り込んだサーフィアは、“可哀相な王子様を救おうとしている自分”を、正しいと信じている。エリアストの纏う空気が冷気を放っていることに気付かない。
「サーフィアは、た、体調が優れないようだ。少々失礼する」
カルセドは急ぎ立ち上がり、サーフィアを引きずるようにその場から引き離す。
「ちょっと、お兄様?!なんですの?!」
騒ぐサーフィアを無視して、カルセドはサーフィアと共に退室した。王たちはあからさまに安堵の息を吐く。
「ああ、騒がせたな、ディレイガルドの。今宵は、楽しんでいってくれ」
引きつりそうになる顔をどうにか宥めながら、王はそう口にした。
エリアストは貼り付けた笑みを浮かべる王族を睥睨した。王族の顔色は悪い。背中は大量の冷や汗が伝っている。
「ありがとうございます」
ややあってエリアストがそう言うと、王族は明らかにホッとした表情を浮かべた。内面を悟らせない教育を施された者たちが、その教育の意味を成さない事態が異常だ。
「ああ、そうだ」
立ち去ろうとしたエリアストが言った。王族は緊張が緩んだ瞬間だったので、肩が思い切り跳ねた。
「エルシィ、ああ、私の婚約者に、関わらないようにしてくださいね」
エリアストから殺気が漏れる。
「わかったな」
王族は、全力で何度も頷いた。
「行こう、エルシィ」
隣の愛しい婚約者の腰を更に引き寄せ、優しい声で、愛おしそうに見つめるエリアストに、王族は恐ろしいはずなのに、顔を紅潮させた。
「御前、失礼いたします」
アリスの優しい声音に、王族は自然と肩の力が抜けた。
何という二人だろう。
王族は戦慄した。
百聞は一見にしかず。
何という、二人か。
あれほどまでの美貌。あれほどまでの脅威。あれほどまでの狂気。エリアストという存在自体が人外。ゆえに、鮮烈。触れてはいけない。触れていたい。相反する激情。叫び出したい衝動に駆られる。それは恐怖からか、喜びからか。
そんな者を、当然のように受け入れ、愛し、愛された存在。深く美しい声音は、天上のものか。儚く見える控えめな少女。楚々としたその存在は、正しくエリアストのためにあった。
「あれが、次代のディレイガルド」
王太子ディアンの呟きに、王族は返す言葉がなかった。
*つづく*
母である側妃が冷や汗を流しながらサーフィアを諫める。
「王族の護衛よ。エリアスト、嬉しいでしょう!」
側妃の言葉など耳に入らない。自分の世界に入り込んだサーフィアは、“可哀相な王子様を救おうとしている自分”を、正しいと信じている。エリアストの纏う空気が冷気を放っていることに気付かない。
「サーフィアは、た、体調が優れないようだ。少々失礼する」
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「ちょっと、お兄様?!なんですの?!」
騒ぐサーフィアを無視して、カルセドはサーフィアと共に退室した。王たちはあからさまに安堵の息を吐く。
「ああ、騒がせたな、ディレイガルドの。今宵は、楽しんでいってくれ」
引きつりそうになる顔をどうにか宥めながら、王はそう口にした。
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「ありがとうございます」
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「ああ、そうだ」
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「エルシィ、ああ、私の婚約者に、関わらないようにしてくださいね」
エリアストから殺気が漏れる。
「わかったな」
王族は、全力で何度も頷いた。
「行こう、エルシィ」
隣の愛しい婚約者の腰を更に引き寄せ、優しい声で、愛おしそうに見つめるエリアストに、王族は恐ろしいはずなのに、顔を紅潮させた。
「御前、失礼いたします」
アリスの優しい声音に、王族は自然と肩の力が抜けた。
何という二人だろう。
王族は戦慄した。
百聞は一見にしかず。
何という、二人か。
あれほどまでの美貌。あれほどまでの脅威。あれほどまでの狂気。エリアストという存在自体が人外。ゆえに、鮮烈。触れてはいけない。触れていたい。相反する激情。叫び出したい衝動に駆られる。それは恐怖からか、喜びからか。
そんな者を、当然のように受け入れ、愛し、愛された存在。深く美しい声音は、天上のものか。儚く見える控えめな少女。楚々としたその存在は、正しくエリアストのためにあった。
「あれが、次代のディレイガルド」
王太子ディアンの呟きに、王族は返す言葉がなかった。
*つづく*
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