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学園編
エリアストの贈り物
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商人率いるキャラバンの行く先は、とある公爵邸。筆頭を掲げるだけあって、その嫡男の婚約者への贈り物を見繕うために呼ばれた商隊は、まさにキャラバン。まだあまり知られていない商会であったが、その品質にいち早く目を付けた筆頭公爵家の夫人が、店の物を丸ごと持って来いと命じた結果だ。
しかし商会の会頭は、嬉しさよりも恐ろしさの方が上回っている。それはもちろん、嫡男の噂のせいだ。冷酷、残酷、残忍。気に入らなければ首と胴体がお別れするかもしれない。だが会頭は、それならそれでいい、ともどこかで思っていた。なぜなら、商品は自分のすべてを賭けて厳選しているからだ。それが認められないと言うことは、商才を否定されることにつながる。商人として生きられないのなら、死んだも同じ。まだ二十代前半であるにもかかわらず、数店舗の店を切り盛りするだけの腕とプライドはあった。
広大な敷地に停められた馬車から次々と大ホールへ商品が運ばれていく。やっとすべての商品を並べ終え、準備が整ったことを執事に伝えると、少しして公爵夫人とその嫡男が現れた。その姿に、会頭始め、サポート役で残した二人の従業員は固まった。
なんという美しさだ。
月のように輝く銀色の髪に、春の空のような透き通った水色の瞳。だがその瞳はなぜか冬の海を思わせるほど、凍てついた印象だ。しかしその美貌には、その冷たさがひどく似合っていた。
執事の咳払いに、ハッと我に返る会頭たちは、慌てて礼をする。
「本日は我がネフェル商会のご利用、恐悦至極に存じます。会頭のティティと申します。こちら二人はサポート役として連れて参りました。ディレイガルド公爵令息様のご婚約者様のご卒業とお誕生日に贈るお品とのこと。商会の威信を賭けて、必ずやご満足いただける品をお持ちいたしました」
夫人が嬉しそうにゆっくり頷き、エリアストの背中に手を添えた。
「エリアスト、しっかり選びなさいな」
エリアストは頷くと、商品の方へ足を向けた。夫人は側のソファに座ると、ティティを呼び寄せる。
「いいこと、エリアストに話しかけてはダメよ。向こうから声をかけられたことにのみ、簡潔に答えるの。距離は必ず五メートルは取るようになさい」
わかったわね、と夫人に念を押され、ティティは一礼してエリアストの方へ向かった。それを見て、夫人はサポート役にあれこれと注文をして自分の元へ商品を並べさせながら、買い物を楽しんだ。
一方エリアストは。
愛しい大切な人への贈り物。綺麗に陳列された商品を一通り見て回ることにした。正直なところ、品物の善し悪しというものはわからない。だが自分の母親が推している商会。どれを選んでも間違いはないだろう。
商品を三分の一ほど見たあたりだろうか。エリアストはひとつの商品を手に取った。その商品を見て、ティティは目を丸くした。
「会頭、これは髪飾り、でいいのか」
「はい。東の国のものです。かんざし、と言います」
この国の貴族たちは、華美を好む。しかしこのかんざし、派手さはないが、意匠を凝らした逸品なのだ。一本かんざしというタイプのかんざしで、棒の部分は黒く、桜の花弁が無数に彫り込まれている。先端には、七連、五連、三連になった銀製の桜の花が二本ずつ、チャームとなって揺れている。光があたる度、棒部分に彫り込まれた桜の花弁が不思議な色をゆらめかせ、チャームの桜を幻想的に彩る。チャームは揺れる度にシャラシャラと美しい音を奏で、妖精が囁いているようだ。
「どう使う」
ティティはサポート役を一人呼び、実際に使い方を見せた。
「エルシィ、エルシィ」
いつも通りアリスを迎えに行きエリアストの部屋に入ると、いつも通りアリスをソファに座らせた。しかしいつもであればすぐ隣に座ってしばらくまったりするのだが、エリアストは机の引き出しから美しい箱をひとつ、そしてアリスの前に膝をついた。
「これ」
「まあ、なんて美しいのでしょう」
薄い木に彫刻が施されている。ちょうどネックレスが収まるサイズの長方形の箱は、四方を囲む短辺と長辺の一辺ずつと、フタの部分の四分の一から四分の三あたりを斜めに分割した半分に、見事な桜が彫り込まれていた。
「いや、エルシィ、中を。中を見て欲しい」
「中、ですか」
箱自体が芸術品のようで、入れ物だと思わなかった。何より、何かが入っていると思えないほど軽いのだ。
どこから開けるのか少し考え、スライドさせるものだと気付く。
「エル様、これ…」
「エルシィ、卒業式で着けてはくれないだろうか」
アリスは飛びつくように、その首に抱きついた。
「エル様、嬉しい、嬉しいです。ありが……うれし…」
涙声になるアリスの背に手を回し、優しく撫でた。そしてゆっくりその体を離すと、流れる涙にくちづけた。
アリスの喜びの涙は、とても温かい。エリアストは微笑んだ。
「本当に美しいな、エルシィ」
エリアストは、箱ごと愛おしそうに抱き締めるアリスをそっと抱き締め、頬に、耳に、首筋にくちづける。アリスと視線を合わせると、そっと唇が重なった。
「エルシィ、これ、つけていいか」
箱を抱き締める手に、エリアストの手が重なる。
「エル様がつけてくださるのですか?ふふ、嬉しいです」
エリアストは鏡をアリスの前に置き、自身はアリスの後ろにまわると、アリスの髪をほどいた。星空色の髪がさらりと揺れる。その髪を一房取ってくちづけると、鏡越しのアリスと視線が絡み合う。真っ赤になったアリスが恥ずかしそうにそっと俯く。
「エルシィ」
アリスの顎に手を当て、首を上向かせると、そのままくちづけた。
「きちんと顔を見せないとダメだろう」
「は、はいぃ」
再びエリアストの手が髪に触れる。丁寧にまとめられていく。
「エル様、器用ですわ」
「これの使用法を教わる時に見ていたからな」
「見ただけで出来ることが凄いのです、エル様」
クスクス笑うアリスに、エリアストも微笑む。
「わたくしのためにしてくださったことが、本当に嬉しいのです。エル様、ありがとうございます」
エリアストは応えるように、アリスの頭にキスを落とし、最後にかんざしを挿した。
「まあぁ」
アリスは感嘆の息を漏らす。かんざしが見えるようにまとめてくれたおかげで、繊細な意匠とチャームが織り成す芸術を、鏡越しに味わえた。
「なんて素晴らしいのでしょう」
うっとりとかんざしを見つめていると、エリアストが鏡とアリスの間に入った。
「エル様?」
「とてもよく似合っている」
そう言ってアリスの唇を塞いだ。何度も何度も角度を変え、アリスが酸欠寸前になるまでそのくちびるを貪った。
「だが、私以外に目を奪われているのは面白くないな」
くったりとエリアストの胸に凭れかかるアリスの耳元で、甘く囁いた。
*おしまい*
しかし商会の会頭は、嬉しさよりも恐ろしさの方が上回っている。それはもちろん、嫡男の噂のせいだ。冷酷、残酷、残忍。気に入らなければ首と胴体がお別れするかもしれない。だが会頭は、それならそれでいい、ともどこかで思っていた。なぜなら、商品は自分のすべてを賭けて厳選しているからだ。それが認められないと言うことは、商才を否定されることにつながる。商人として生きられないのなら、死んだも同じ。まだ二十代前半であるにもかかわらず、数店舗の店を切り盛りするだけの腕とプライドはあった。
広大な敷地に停められた馬車から次々と大ホールへ商品が運ばれていく。やっとすべての商品を並べ終え、準備が整ったことを執事に伝えると、少しして公爵夫人とその嫡男が現れた。その姿に、会頭始め、サポート役で残した二人の従業員は固まった。
なんという美しさだ。
月のように輝く銀色の髪に、春の空のような透き通った水色の瞳。だがその瞳はなぜか冬の海を思わせるほど、凍てついた印象だ。しかしその美貌には、その冷たさがひどく似合っていた。
執事の咳払いに、ハッと我に返る会頭たちは、慌てて礼をする。
「本日は我がネフェル商会のご利用、恐悦至極に存じます。会頭のティティと申します。こちら二人はサポート役として連れて参りました。ディレイガルド公爵令息様のご婚約者様のご卒業とお誕生日に贈るお品とのこと。商会の威信を賭けて、必ずやご満足いただける品をお持ちいたしました」
夫人が嬉しそうにゆっくり頷き、エリアストの背中に手を添えた。
「エリアスト、しっかり選びなさいな」
エリアストは頷くと、商品の方へ足を向けた。夫人は側のソファに座ると、ティティを呼び寄せる。
「いいこと、エリアストに話しかけてはダメよ。向こうから声をかけられたことにのみ、簡潔に答えるの。距離は必ず五メートルは取るようになさい」
わかったわね、と夫人に念を押され、ティティは一礼してエリアストの方へ向かった。それを見て、夫人はサポート役にあれこれと注文をして自分の元へ商品を並べさせながら、買い物を楽しんだ。
一方エリアストは。
愛しい大切な人への贈り物。綺麗に陳列された商品を一通り見て回ることにした。正直なところ、品物の善し悪しというものはわからない。だが自分の母親が推している商会。どれを選んでも間違いはないだろう。
商品を三分の一ほど見たあたりだろうか。エリアストはひとつの商品を手に取った。その商品を見て、ティティは目を丸くした。
「会頭、これは髪飾り、でいいのか」
「はい。東の国のものです。かんざし、と言います」
この国の貴族たちは、華美を好む。しかしこのかんざし、派手さはないが、意匠を凝らした逸品なのだ。一本かんざしというタイプのかんざしで、棒の部分は黒く、桜の花弁が無数に彫り込まれている。先端には、七連、五連、三連になった銀製の桜の花が二本ずつ、チャームとなって揺れている。光があたる度、棒部分に彫り込まれた桜の花弁が不思議な色をゆらめかせ、チャームの桜を幻想的に彩る。チャームは揺れる度にシャラシャラと美しい音を奏で、妖精が囁いているようだ。
「どう使う」
ティティはサポート役を一人呼び、実際に使い方を見せた。
「エルシィ、エルシィ」
いつも通りアリスを迎えに行きエリアストの部屋に入ると、いつも通りアリスをソファに座らせた。しかしいつもであればすぐ隣に座ってしばらくまったりするのだが、エリアストは机の引き出しから美しい箱をひとつ、そしてアリスの前に膝をついた。
「これ」
「まあ、なんて美しいのでしょう」
薄い木に彫刻が施されている。ちょうどネックレスが収まるサイズの長方形の箱は、四方を囲む短辺と長辺の一辺ずつと、フタの部分の四分の一から四分の三あたりを斜めに分割した半分に、見事な桜が彫り込まれていた。
「いや、エルシィ、中を。中を見て欲しい」
「中、ですか」
箱自体が芸術品のようで、入れ物だと思わなかった。何より、何かが入っていると思えないほど軽いのだ。
どこから開けるのか少し考え、スライドさせるものだと気付く。
「エル様、これ…」
「エルシィ、卒業式で着けてはくれないだろうか」
アリスは飛びつくように、その首に抱きついた。
「エル様、嬉しい、嬉しいです。ありが……うれし…」
涙声になるアリスの背に手を回し、優しく撫でた。そしてゆっくりその体を離すと、流れる涙にくちづけた。
アリスの喜びの涙は、とても温かい。エリアストは微笑んだ。
「本当に美しいな、エルシィ」
エリアストは、箱ごと愛おしそうに抱き締めるアリスをそっと抱き締め、頬に、耳に、首筋にくちづける。アリスと視線を合わせると、そっと唇が重なった。
「エルシィ、これ、つけていいか」
箱を抱き締める手に、エリアストの手が重なる。
「エル様がつけてくださるのですか?ふふ、嬉しいです」
エリアストは鏡をアリスの前に置き、自身はアリスの後ろにまわると、アリスの髪をほどいた。星空色の髪がさらりと揺れる。その髪を一房取ってくちづけると、鏡越しのアリスと視線が絡み合う。真っ赤になったアリスが恥ずかしそうにそっと俯く。
「エルシィ」
アリスの顎に手を当て、首を上向かせると、そのままくちづけた。
「きちんと顔を見せないとダメだろう」
「は、はいぃ」
再びエリアストの手が髪に触れる。丁寧にまとめられていく。
「エル様、器用ですわ」
「これの使用法を教わる時に見ていたからな」
「見ただけで出来ることが凄いのです、エル様」
クスクス笑うアリスに、エリアストも微笑む。
「わたくしのためにしてくださったことが、本当に嬉しいのです。エル様、ありがとうございます」
エリアストは応えるように、アリスの頭にキスを落とし、最後にかんざしを挿した。
「まあぁ」
アリスは感嘆の息を漏らす。かんざしが見えるようにまとめてくれたおかげで、繊細な意匠とチャームが織り成す芸術を、鏡越しに味わえた。
「なんて素晴らしいのでしょう」
うっとりとかんざしを見つめていると、エリアストが鏡とアリスの間に入った。
「エル様?」
「とてもよく似合っている」
そう言ってアリスの唇を塞いだ。何度も何度も角度を変え、アリスが酸欠寸前になるまでそのくちびるを貪った。
「だが、私以外に目を奪われているのは面白くないな」
くったりとエリアストの胸に凭れかかるアリスの耳元で、甘く囁いた。
*おしまい*
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